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セイレーンは狼と終わりをうたう  作者: 梨鳥 
カインとリリスのちアシュレイ
26/143

カインの歯車①

かなり間が空いたので、すこし前回のあらすじ。


超絶美形のカインが、片思いのリリスにボロカスにフラれ、凄く気まずい雰囲気。

 カインとリリスは、お互い気まずい気持ちでカウンター越しに視線を合わせずに向き合っていた。

 カインがサッと席を立とうとすると、リリスが縋る様な目で彼を見た。


「待って」

「いや、……また来る」

「服は? これから洗うのに」

「これを羽織って行く」


 カインは先ほどリリスに渡された男物のシャツを、肩にひらりとかけた。洗う際にか、乾かす際にか分からないが、故意に付けられたであろう甘い香りにイラつきながら、彼は席を立ち、出口へ向かった。


「ねぇ、あの頃のままではダメ?」


 追って来た声に、彼は立ち止まり、すぐに再び動いて彼女の家の外へ出た。


「カイン!」


 閉まるドア越しから聞こえるリリスの声を無視して、彼はずんずん歩いた。彼女の家の近辺の、出鱈目さが彼は嫌いだった。なので早足で通り抜け、整然とした街並みへ入り込むと、ホッとした。

 それから、街並みの中からでも良く見える丘の上のリリスの家を見上げた。


 あの頃っていつだ?

 だって俺は、出会った時からなんだ……。


 おかしな峠の集落の、一番小高い所に建つ小さな建物から、ぽっぽと煙が立っている。


*   *  *  *  *  *  *


 カインは子供の頃からどこか冷めていた。

 何不自由無い暮らしをし、一人っ子だったのと、美しい見た目に生まれた為にちやほやされて育ったけれど、それに影響をされずに黙々と育った様な子供だった。他の子供達の様に泣いて駄々をこねたり、甘えたりという事も無かった。いわゆる『育てやすい子供』だったのだが、『感情があるのだろうか?』と心配される事もあった。

 また、それを鋭く感じ取ってもいた。両親や、世話を焼く侍女たちがたまに寂しそうな顔をするのも、わかっていた。

 だから、少し困っていた。どうすればいいか分からなかったから、彼はなるべく周りの者達が気に入る様に、『従順』でいた。


 こういう場面では微笑もう。

 こういう場面では喜ぼう。

 こういう場面では少し怒って見せればいい?

 こういう場面では軽く皮肉じょうだんを……


 別に苦痛では無かったし、周りがそれで少なからずとも自分の情緒に安心するならば、そうして過ごしてやろう、と思っていた。

 

 歯車が動き出したのは、十の時。

 カナロール国では、封魔師の資質探しの為、毎年一年がかりで十になる子供を任意検査する。国の誇りである仕事に就けたがる親は多く、カインの親も、それにならってカインを検査した。

 検査は簡単だった。封魔師には封魔に必要な印が判るのだ。(なので、封魔師の子供はこの検査を受けない)集められ、係の封魔師に額に触れられるだけの事だった。

 その結果、カインには資質がある事が判ると、一年に一度行われる『解封式』への出席があれよあれよと言う間に決まり、カインは何だか他人ごとの様な気分でカナロール城へ召される事となった。


 王の間は、子供には息が詰まりそうな程重苦しい場所だった。

 青いすべらかな糸束を縁取った、重苦しいダークグリーンの布が四方の壁に飾られている様は威圧的だ。 何の意味があるのか、天井まで届いていない円柱の石柱が向かい合って何本か並び、その間を赤い絨毯が真っ直ぐに通っている。高い天井からは、モスクに有る様な鉄の同心円状の蝋燭立てが幾つもぶら下がり、鉄の円に沿って並ぶ蝋燭が煌々と王座に明かりを落としている。

 そこで息を殺す様に十数人の子供達が親に手を引かれ集まり、カインも大人しく両親の傍で王を待っていた。

 すると隣に、とても身なりの良い親子が並んだ。カインの家も裕福な方だったが、明らかに格が違うと感じさせられるものを持った親子だった。否、その雰囲気を持っているのは、親――父親の方で、「立派」という言葉が立派な服を着て歩いている様な、そんな威厳のある男だった。その横に何故かよそよそしそうに佇んでいる男の子と、全然似ていなかった。男の子は茶色い髪を撫でつけられ、キチンとした恰好を「させられて」いる様子だった。

 親子のちぐはぐさに、カインが退屈しのぎになんとなく男の子を見ていると、髪と同じく茶色の瞳と目が合った。

 男の子は、少し反抗的にふい、と目を逸らせて俯いた。

 なので、カインも顔を伏せた。


 やがて王が現れ王座に着くと、子供たちの名が次々に呼ばれた。

 一人一人が王の御前に跪いて、


「カナロールに忠誠を捧げます」


 と誓うと、王が


「印の場所を」


 と促す。その際、「印」は大抵額にあるので、王は既に腕を額へ向けて上げている。そうして子供が額を差し出し、王が手の平でそっと撫でると、子供の額に隠された封魔の力の封が解かれ、「印」がパッと輝いた。それは、人によってさまざまな形をしている。大抵何かに揶揄する程の事でも無い、ティーカップをひっくり返して出来るシミの様な形だ。カインのものも、そうだった。


「アシュレイ・ナザール」


 と、誰かが呼ばれた。

 横の男の子が、父親に肩をきつく揺さぶられ、半ば突き飛ばされる様に、王座へ一直線にひかれた赤い絨毯の上へよろめきながら進み出る。

 カインは目を見張った。他の者も、男の子に注目した。

 ナザールという名前が、皆にそうさせた。


*  *  *  *  *  *  *


 この一族は、王族と血の繋がりがある唯一の一族で、ほぼ王族と変わらない。封魔の力は遺伝で引き継ぐ事は出来ないが、王族の血なら別だ。故に、王族は力を絶やさない。ただし、力を持って生まれるのは長子のみだった。もちろん、力を子に継承出来るのも、長子のみだ。

 ナザール一族は何代か前に、その長子の種を手にいれた。

 厳格に血統を守って来た王族が、どうしてそれを許したかと言えば、当時の皇子が原因不明の病になったからだった。皇子の容態は絶望的で、別の跡継ぎを考え様にも、王妃は既に亡くなっていた。王は亡き妻への愛と息子を諦め、血を絶えさせない為、王子の看護を務めていた美しい貴族の娘を妻にした。皇子の命を預けると共に、王もこの娘に心を癒されていたのだろう……。

 しかし、娘の懐妊の知らせと共に、皇子はみるみる回復をしていった。

 娘―――新王妃が、王へ言った。


 それでは、私とお腹のお子はもう必要ありませんね。

 家へ戻ります。そして、この尊き血をお守りするよう、お誓い申し上げます―――。


 王は迷った。しかし、王族に長子が二人いるのは例が無い。前妻と、皇子を裏切ってしまった様な気持ちを、娘の子供の顔を見る度に味わう気がして、それも厭だった。

 王は、弁えのある娘に地位と財産を与え、離縁した。

 忠義をもって深く頭を下げている様に見せかけて、娘が磨き上げられた床に映る自分に微笑んでいた事も知らずに。


 それから、娘の一族は封魔の力が絶えない一族となった。

 娘の名は、プーラーン・ナザール。


  *  *  *  *  *  *  *

 

 この人が、とカインは厳しい目で男の子を見守る――と言うよりかは監視している―――男を仰ぎ見た。

 ロスタム・ナザール。歴代一封魔の力に優れた男で、国では英雄や、カナロールの誇りと呼ばれている。 堂々とした彼は、まるでそうすれば操れるかの様に、唇を引き結んで男の子を見据えている。


 男の子は、始めよろめいたものの、しゃんとした足取りで王の御前に額ずくと、顔を上げた。


「……」


 黙って王の前に膝を付いている男の子に、傍にいる従者が「カナロールに忠誠を」と、促した。

 男の子はあろう事か、首を振った。

 前代未聞の反応に、王の間が忍びやかに騒めいた。

 隣で、男の子の父親が怒りに身体を震わせ、ギリ、と奥歯を噛みしめる音が聞こえた。カインは彼の怒りの覇気に、恐ろしくてそちらを見る事が出来なかった。


「アシュレイ・ナザール。では、何故ここに来た」

「僕はアシュレイですが、まだナザールではありません。それでもこの名で誓っていいですか」


 王が怪訝そうな顔をした。


「僕は、この儀の後、ロスタムさんの養子になります」


 王は今度は困惑顔で、集まった人々の中からロスタムの顔を探し出し、眉を少し上げた。ロスタムはと言うと、冷静を保とうと必死の形相で、王へ頷き、男の子の言葉を肯定した。

 

「……今後アシュレイ・ナザールとなるならば、その名で誓って問題無い」

「わかりました。あと、僕はカナロール人になりたくないです。妖魔も怖い」

「それでは無理だ。下がれ」


 王の苛立ちに、男の子は気付いているのかいないのか、やっぱり駄目か、と言う様に少し肩を竦めると、


「いえ、図々し過ぎました。『カナロールに忠誠を誓います』!」


 と、さっさと終われとばかりに宣言してしまった。


 ……一体、何がしたかったんだ?


 カインは、否、その場の誰もがそう思った。


 王が彼をしばらく見詰め、もう一つの契約を彼に課した。これも異例な事だった。


「アシュレイ・ナザール。私はお前が信用ならないと判断する。よって、私の妖魔にお前の血の味を覚えさせる。お前が先ほどの宣言を顧みなければ、妖魔は直ぐにお前の血を干からびさせる」

「ええと……必要ならば。でも、契約違反は元々自分の妖魔に八つ裂きの刑ですよね?」

「そうだ。だがそれには猶予がある。自害をするな……。しかし、この血の契約にはその猶予は無い。また、天へ召されると思うな。……それでも解印を望むか」


 王は、男の子の辞退を促したつもりだった。

 ロスタムには長男がいたハズだ。でも、この子供は自分はそうじゃないと、王に伝えた。……多分、最初の宣言拒否は、その為の振りだった。そして、自分はカナロール人でも無い、封魔師を望んでもいない、と伝えて来た。

 封魔師になる、ならない、という意見は、尊重せねばならない。なりたく無い者を無理矢理封魔師にさせた所で、害にしかならない。

 王はそう考え、では、と周りの同情を引く選択権の様なものを与えてやったつもりだが、男の子は朗らかに「はい。喜んで」と儀式を呪いごと受け入れたのだった。


 カインは、そんな不思議なやり取りを見て、首を捻っていた。横では「英雄」と言う名からかけ離れた様子でロスタム・ナザールが顔を青くしている。


「アシュレイ・ナザール。左手の小指を」


 王はうねる深紅の液体の蛇の様な妖魔を額から召喚し、妖魔は男の子の小指の指先に鎌首を寄せ、チュッと音を立てた。

痛かったのだろうか? 男の子の身体が少しだけビクンと跳ねた。妖魔は仕事を終えると直ぐに宙へと掻き消え、王が男の子の額へ手を伸ばす。

 

「あ、僕はここです」


 男の子が自分の左腰を指差した。


「ほう……。『つるぎ』か」


 王は頷いて、彼の腰に手をかざす。皆が珍しい位置の印を見ようと、首を伸ばした。額の印は珍しく無いので『額』だが、腰の印は『つるぎ』と言われる。他にも、腕の場合は『腕飾り(バングル)』、足の場合は『足飾り(アンクレット)』などと呼ばれている。

 

「あ、王様……僕……」


 男の子が言い掛けるよりも早く、男の子の腰が光った。黄金の光は服の布地を突き抜けて、添えた王の手を伝い、腕に纏わりついた。


 ―――それから―――

 辺りが小物の妖魔で溢れかえった。

 男の子が初めて居心地の悪そうに、背筋を丸めた。


「僕、もう封魔しちゃってるんです……。ただ、印が解けないと召喚出来ないみたいで……」


 大騒ぎの城内で、呆気にとられている王と男の子をカインが盗み見れば、男の子の腰の印には、神の一文字が浮かび、輝いていた。


暫くカインの青春話になります。ただ、視点をどうしようか迷っています。

投稿したら、よろしくお願い致します。

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