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後日談 水族館へ行きました

「緋路さん見てください! 今日もペンギンさんが見事な跳びっぷりですよ!」


 私と緋路さんは水族館に来ています。

 パンダ怪獣さん出現の余波もようやく落ち着き、予てからお約束してた緋路さんとのお出掛け。何処でも連れて行ってくれると言ってくれたので、水族館をリクエストしました。


 人生初のデートなんです!


 希未と陽菜に相談し、夏だし水族館だよね! と場所を決定しました。

 陽菜からは「とりあえず生足でスカートだ!」とやけに具体的な服装指定をもらい、希未からは「信じよ、さすれば道は開かれん」という意味不明のアドバイスをもらいました。

 陽菜のアドバイスに従って、今日は短め丈の花柄ワンピースの中に薄いペチコートを重ねて素足。いつも一人だと脚力勝負でセールスを振り切ったりするので、レギンスを合わせたりするのだけれど、ぐっと我慢して裸足にヒールのあるサンダルです。頑張りました。


 目の前ではさんさんと照りつける太陽にも負けず、屋外柵の中のフンボルトペンギンさん達が、組体操のピラミッドを組み上げている。頂上にいる砲丸役のペンギンさんが天辺砲丸跳び出しで、見事に柵を越えてこちらに跳んできた! 最初に跳んで失敗したチームが悔しがる中、そのままの威力で床を腹ばいで滑ってきた砲丸役のペンギンさんは、胸を反ってみせる。しゃがんで頭を撫でてあげると、満足げに自ら柵の方に帰って行った。ペンギンさんは柵の中の仲間達に迎えられ、どや顔で祝福を受けて鼻高々だ。もちろん私の想像だけど、あながち外れてないと思う。

 飛ぶではなくて跳ぶ辺りが力技で頼もしい。


 周りからも歓声と、惜しみない拍手が送られてる。

 これだけの事が出来るのだから、この水族館はもっと有名になってもいいのにって、いつも来る度に思うんだよね。


「あれ、緋路さん。どうしました?」

 ふと見上げると、隣にいた緋路さんがポカンと口を開けてペンギンさん達を凝視している。


「いや……ペンギンって、組体操が出来るものなのか」

「凄いですよねー。水族館の子達ってみんな芸達者で、いつ来ても感動します」

「――そう、だったのか。水族館なんて子供の頃以来だからな」

「本当ですか! ここには家族で何度も来てますから、案内は任せてくださいねっ!」


 いっつも面倒ばっかりかけてしまう私が、緋路さんをリード出来るかと思うと嬉しくて、思わず先に立って歩き始めてみた。三歩で追いついた緋路さんに「はぐれるといけないから」と手を繋がれて、顔が熱くて仕方ない。以前だったら子供扱いをされたと思って、面白くなかったかもしれないけれど、今ならちゃんと私を彼女として扱ってくれているって思えるから大丈夫。でもその分手汗も気になるし、頬に熱が集まるのが恥ずかしくって、あんまり顔を合わせられなかった。世の恋人達は恥ずかしくないのでしょうかっ!?




「はい! 緋路さんどーぞ」

 イルカショーの席につき、鞄からこの為に用意していたビニール合羽を取出し緋路さんに渡す。


「これは合羽? ずぶ濡れゾーンじゃないのに何故。しかも自前……」

 ここのイルカショーは予約入れ替え制で、専用の予約端末でチケットを取らなければならない。私と緋路さんが着いた時には、丁度良い時間帯の回は後方よりのB席とC席しか残っていなかった。やっぱり人気は最前列と見やすい中央寄りのS席とA席だ。


「ずぶ濡れゾーンはSとAって説明には書いてありますけど、どこの席でも結構ざばっとくるんですよ、ざばっと! ですから我が家では、水族館に行くときは必ずマイ合羽持参が常識です」

 一々買ってたら、勿体無いですしね!


 ざばぁっ!!


 案の定B席だというのに、ものすごい勢いの水しぶきに襲われる。

 やっぱりね!


「円奈……ここだけ(・・・・)集中砲撃受けてないか?」

 緋路さんに言われて周りを見渡すと、確かに他のB席のお客さんや、S、A席のお客さんでもここまで濡れてはいないみたい。


「尾びれの調子でも悪いんですかね? でもいつもこんな感じですし……」

 そう言うと、緋路さんがはっとした顔をして分かった! と叫んだ。


「サービスだ!! これはイルカ的にはサービスなんだな!? おもてなしっ。しかし誰も頼んでないっ。 しかも一頭勢い余ってプールから跳び出したぞ!?」


「ああ、新人の子ですかね。良くありますよね、勢い余っちゃうの」


 ビチビチしてるイルカさんに、係のお兄さん達が駆け寄る。初めてじゃないからか、担架を扱う姿も手馴れている。

 ここの水族館の子達って元気過ぎるのか、わりとはみ出しちゃう子が多いんだよね。


 それにしても緋路さんがこんなに食い付いてくれるなんて……。

 好きな人の意外な一面を発見できて嬉しいなぁ。



 その後、館内カフェでランチをした時、見事に付け合せの野菜を残そうとする緋路さんに、「あーん」としてみたら予想外に完食してくれたので、野菜嫌い克服の光明を見つけたり。ただし耳まで真っ赤にした緋路さんに、二人きりの時だけと懇願されました。

 大水槽前で、魚たちが寄り過ぎて大渋滞を起こす様を見た緋路さんが、「ここまで……」と遠い目をしてたので、いつもは彼らが頑張って文字を描こうとする事実は伏せておきました。

 久しぶりの水族館は緋路さんにとって刺激が強かったようです。水族館ってサーカスに負けないアクロバティックさだよね!




 水族館の中では終始手を繋いでいた私達。

 建物から出たところで、夕方の人通りの多さにふと気が付く。

 あの中では平気だったのに、何だか急に恥ずかしさを思い出して、そっと手をほどこうとしたら、緋路さんは少し屈んで覗き込んできた。


「嫌だったか?」

「違いますっ!! 何と言うか、急に恥ずかしさが臨界値突破しましてですね……」


 恥ずかしいけど嫌じゃない。勘違いされたくなくて全力で首を振ったら少しくらくらした。


「じゃあ止めない」

 逆に指と指をしっかり絡ませて繋ぎ直された。

 嬉しそうに、それでいて面白がるように緋路さんに笑い掛けられて、私はくらくらが治らない。



「隙ありーっ!!」


 背後から聞き慣れた声と共に、繋いだ手を目がけて手刀が振り下ろされる。

 急いで手を振りほどこうとしたけれど、気が付いたら緋路さんの胸元に引き寄せられていた。流石の身のこなしですね緋路さん!


「チィィッ!!」

「お祖父ちゃんっ何で居るの!? 今日はお仕事でしょう?」


 そこには盛大に空振りして舌打ちをする祖父と、電柱の陰から手を合わせて謝っている弟の龍弥がいた。


「円奈の初デートを見守らずに、祖父バカを名乗れるかぁっ!」

「じいちゃん、それ自分で言っちゃダメなやつだからっ」


 祖父は龍弥に羽交い絞めにされている。でも、本気を出したら素手で怪獣さんを砕いてしまう祖父が、龍弥に押さえられているってことは、手加減をしているってことで。

 分かりました! 久しぶりの小芝居ですね。


「ああっ! お祖父ちゃん、どうして愛し合う二人を引き裂こうなんてするの!?」

 緋路さんにギュッと抱きつきながら、私も小芝居に参加してみました。


「円奈!? お祖父ちゃんはお前の事を心配してだな……」


「嫌だなあ、草薙総帥。許可も頂きましたし、貴方の出したノルマに加えて、来月の案件まで処理したじゃありませんか」


 眩しい笑顔でそう言いながら、緋路さんは私の肩を抱き寄せる。

 遂に緋路さんも参戦ですね! ようこそおいでませ、草薙家小芝居ワールドへ!


「許可は出した! しかし付き合うと言ったらまずは交換日記からだろう!? いきなりデートで手を繋ぎっぱなしなんて、しかも円奈がわし以外に食事を『あーん』なんてっ! お祖父ちゃんは、お祖父ちゃんは円奈をそんな破廉恥な娘に育てた覚えはないっ」

「お祖父ちゃん破廉恥って! 今時の女子高生は付け合せだけじゃなく、全おかず食べさせ合いっこだって普通なんだからね?」

「そんなに!? いや、俺だって人前であれはかなり恥ずかしかったんだが……」


 私達三人の言動を少し離れて見守っていた龍弥が、呆れた様な顔をして口を開いた。

「まずじいちゃんは姉ちゃんに『あーん』なんてして貰った事ねえだろ! 勝手に妄想混ぜてくるな。

 姉ちゃん、全おかず食べさせ合いっこはスタンダードじゃねえ! それと衆人環視でいちゃこらすんな! こっちはお年頃だ、見てるの辛すぎるっ。

 あと緋路さん、姉ちゃんの言動をいちいち受け止めないでください。突っ込みが入らないと姉ちゃんは地の果てまででも走り続けるんです!」


「緋路さん、食べさせ合いっこはやっぱり迷惑でしたか?」

 緋路さんの胸に手をついて、見上げるように目線を合わせると、夕日で頬が染まって見えた。


「いや、二人きりなら! 二人きりならいくらでも大丈夫だっ。毎食でも、何なら口移しでも……」

 両手を腰に回されて、囲いこむように抱きしめられる。

 毎食でもっ!? これは野菜嫌いを克服して食べてくれるって事ですか、やったあ!

 大喜びでさらに抱きつこうとしたら。


「それ以上はマジで禁止っ!!」

 龍弥に両肩を掴まれて、べりりと緋路さんの腕の中から剥がされた。


「じいちゃんがチワワみたいにうるうるしながら慰め待ちしてるからっ! これ以上やったら幽体離脱とか闇落ちとか、俺の手に負えなくなるからやめてっ!?

 姉ちゃんは楽しんでるんだろうけど、小芝居だと思ってんの姉ちゃんだけだから。ここ、めっちゃ路上! 俺は今度の登校日がほんとにこええよ。

 それに緋路さん、二人だけで口移しって何の計画ですか…………青少年保護何ちゃらに引っかかんぞコラ」


「円奈、お祖父ちゃんにも『あーん』てやって……」

「そうだった路上だった……またしても周りを忘れるなんて……」

「――うーわー!! 突っ込みが追いつかねぇ~!」


 チワワ風の祖父が電柱の陰からこちらを見つめる中、緋路さんと、お年頃の龍弥が頭を抱えてしまったので、今日の小芝居は強制終了となりました。残念!




 夕日も沈み始めた帰り道、祖父と龍弥も一緒に帰ることになって、少し離れた駐車場までの道程をゆっくりと歩く。朱色の太陽は辺りを染め上げ、少しだけもの悲しさを感じさせる。

 歩調を緩めて龍弥と、龍弥に説教されてる祖父から距離を取る。ゆったりと後ろから付いて来ていた緋路さんに並ぶ。


 さっきから無言だった緋路さんが口を開こうとしたけれど、人差し指を自分の口元に当てて『しーっ』とゼスチャーでお願いする。

 困惑気味に頷いた緋路さんの左手に、そっと指を絡めて繋いでみる。


 吃驚したような顔をされたけれど、すぐに目を細めて微笑んでくれた。私よりもずっと大きくて、ゴツゴツした掌。一瞬だけ強く握って、その後は優しく包み込むように繋いでいてくれる。痛くはないように、それでも振りほどけない絶妙な加減で。




 私も、私の家族もきっと普通じゃないのかもしれない。

 それでも一緒に付き合って、呆れもせずに微笑んでくれる貴方が大好き。


 今日のヒールに感謝をして、背伸びをして耳元でそう囁けば、私達の影が一瞬だけ重なった。



 お読み頂きありがとうございました。



 きっとこの後、振り返って目撃した祖父により、緋路さんは草薙家出入り禁止令を発動されることでしょう。円奈は気にせず会いに行くので失敗に終わりますが。

 一番の被害者は、祖父の反応が過剰過ぎて、シスコンをいまいち主張出来ない龍弥だったりします。憧れの人と実姉の恋愛は、お年頃には複雑。でもきっと、煩悩を昇華して新必殺技を編み出してくれることでしょう。


 以上です! 少しでも楽しんで頂けれたなら幸いです。

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