閑話、遠慮無ければ近憂あり
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「ここに来た最後の人間は誰だったかな。お前と似ている気もするが、生憎と私は人間が全て同じ姿に見えてしまってね」
真っ白な空間。そこにキルトはいた。
「味気ない場所だろ? だけど私はこの場所が好きでね。すまないが我慢してくれ。ほら、地球だったか、そんな世界から来た人間は変に興奮していたから、人間基準では素晴らしい場所なのだろう」
たった一つだけ、ポツリと青い光がある。そこから、キルトに話しかけるような声が響いていた。耳を傾けなければならない、そんな強制力のある不思議な声だ。
「ああ、言葉は間違っていないよな? なんせ私も人間と話すのは久しぶりだからね。五秒くらい前? いや、五年と言うのか。何せ、私にとって五年とは言葉を忘れるのに十分な時間なのだよ」
心中から沸き上がる感情は拒絶。目の前の存在を一片たりとも認めてはならない。認識しただけで嫌悪感が溢れてくる。
これと対面するのは二度目だが、前回と同じく今すぐこの世界から立ち去りたい気持ちで満たされていた。本来これは人間が言う神であるが、神々しさなど微塵も感じず拒否反応さえ示してしまう。
「うん? その魔力は……、以前にも私と会ったことがあるな?」
これに声をかけるのも嫌だが、仕方なくキルトは言葉を紡いだ。
「八年前に、アンタから魔力を奪っていった」
嘘を言ってもどうせバレるのでここは素直に話しておいた。まだ旅をしていた頃、キルトはこの世界に来ている。
「ああ、あの人間か。八年前よりも醜悪な在り方になっているな、人間よ。見違えたぞ」
プチン、と頭の中で何かが切れた。
「ぶち殺すぞ」
何故か、神の言葉がアリスと共にいる自分を馬鹿にしているようで怒りを覚える。彼女の為に生きている事を否定されたようで、悔しさが胸の中に広がっていく。まるで、それが間違っているかのような発言はいくら神でも許されない。
彼女にだけは正しくあろうとするキルトの決意を踏みにじる神は、おそらく何の悪意もなくただ感じた事を言っただけだろう。それが刃となってキルトの琴線に触れただけだ。
「ハハハ、お前よりも遥か上位にいる私を殺すと? 命の無い私達を殺すとは、無いものを奪うとは、人間は案外馬鹿なのだな」
神から見れば、人間など虫けら同然だ。こうして対話しているのは興味本意で、格下からの暴言に怒りを覚えないのは、その価値も無いから。足元でうろちょろする矮小な生物に怒る程、目の前の神の沸点は低くない。
だからこそ、人間の命を無価値だと思っている神に対して憤怒を抑えきれない。目の前の存在の全てを拒絶しなければキルトは収まらないだろう。
「ん、怒ったか? すまないな、私には気遣いが足りないと他の者にも言われるのだ。アレスなどは人間のような存在でも敬意を忘れない。私も見習わなければな」
「アンタにとって、人間はどうでも良い存在なのか」
「いやいや、興味深い存在だからこうして話しているんだ。そこに敬意はないがね。少なくとも煩わしいとは思っていないよ」
「だからアンタの一部を奪っても何もしないってわけだ」
過去にキルトはこの神から魔力を奪っている。そしてつい先程も、古代魔法を使うために魔力を持ってきた。それに対して反応しないのは、こちらの動向を観察する為なのか。
「一部、か。違うぞ人間。正しくは残り滓だ。塵以下の価値も無いモノを持っていかれても私はどうもしないさ」
そう、人間にとって強大過ぎる魔力は神にとって残り滓でしかない。
「じゃあ、今回も貰って行くぜ。アンタの魔法と一緒にな」
「うむ、良いだろう。お前が何を望むかによるがな」
「……俺は、生きてあの化け物を殺したい。それだけの魔力と魔法をくれ」
一拍置いて、神は告げる。
「では、前回のように代償を置いていってもらおうか。『軌跡の残骸』と同じ代償で良いぞ」
やはり、代償は安くはなかった。『軌跡の残骸』を使う上で必要な代償と同じだけのモノを置いていくのは、少しだけ気が引ける。
が、そんな迷いは一瞬の内に霧散した。どうせアリスを守るには必要な事なのだ。彼女が悲しまないのなら、それがキルトが進むべき道である。
「構わねぇ。持っていけ」
「確かに、契約は交わされたな。持っていくとしよう」
瞬間、自分の中で何かが失われた。すぐさま、失われたモノの代わりに強大な魔力が身を支配する。
「お前の『 』は未だ揺蕩っているな。どれ、私の好意として戻しておいてやろう」
拒絶と嫌悪を司る神ーーファメルキスの声を、閉じていく意識の中で確かに聞いた。
「お、い……。そりゃ、どういう……」
「一時だけ、命ある世界で謳い続けよ。その全てが拒絶される事も気付かない内にな」
既に停止した脳は、ファメルキスの言葉の意味を理解出来なかった。
穏やかな会話。無駄な話。