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星は重ならない(一)

▼▼▼


 ーー天上の星が見下ろす中、キルトは意識を取り戻した。


 どうやら、自分は成功したようだと確信し口角が上がる。何も形として残っていない記憶の断片が、キルトに正しい選択をしたと訴えた。


 おそらく一時的にだが、身を包む膨大な魔力は深い青を漂わせ、キルト自身の魔力さえ拒絶し霧散させる。それは同様にゴブリンロードにも起こっており、急激な魔力の乱れは『王の意思』を剥がしていった。


 気付けばゴブリンロードから負わされていたはずのダメージも完全になくなっている。狙い通り、『向こう側』でキルトは生きる為の魔力と魔法を得ていたようだ。

既に傷を治した魔力も魔法も無いが、必殺の一撃を凌げただけでも御の字とする。


 だけど、キルトが必死の覚悟で放った古代魔法はゴブリンロードの鎧を剥ぎ取るだけで終わっていた。


「ミコト!」


 鋭い発声と共に、銀色の一閃がゴブリンロードを襲った。キルトを殺さんとする豪腕を切断。その隙にキルトはゴブリンロードの間合いから離れた。


 もう戦えないと悟る。強化に使う自らの魔力も、『向こう側』からの魔力供給も無い状態では戦闘は続行できない。


 しかし、ここにはミコトがいる。キルトやゴブリンロードよりも遥か高みに存在する彼女ならば、この好機を逃すわけがなかった。


 一閃の残響が消えない内にまた一閃。今度は足を斬り、逃げ道を無くす。そして攻撃手段を狭める為に両腕を切断した。飛び散る血液が凶器となりミコトへ襲い掛かるが、体を回転させる動作の中で回避。更に勢いに乗って魔法を発動した。


 『暴円』。と呼ばれるそれは、円の魔力がミコトを包み、中にあるゴブリンロードの魔力を掻き乱す。防御に使われる事の多い魔法だが、『王の意思』を打ち破るのには効果的だ。


 キルトによって弱体化した『王の意思』が、初めて綻びを見せる。防御力は著しく下がり、欠損した体を修復出来ていない。血による攻撃も意味を失い、まるで無防備な状態になった。ミコトの強化は、『暴円』を使った事により弱くなったが、ただの的と化した『王の意思』を殺すには十分すぎる程であった。


 ここに来ての三重魔法はミコトの負担を更に引き上げる事になるだろうが、その表情は愉悦に歪んでいる。


 全身を切り刻まれ、ゴブリンロードは倒れた。『王の意思』が失われ、ただの動かない死体となったゴブリンロードの頭を剣で貫く。


「ーー悪かったな、ミコト。邪魔した」


 余計な犠牲を出さない為の愚策だったが、ミコトを侮辱してしまった事には代わり無い。彼女の強さを疑い、要らぬ加勢に入ってしまったキルトは謝罪の意味で頭を下げた。


「ま、テメェが錯乱して飛び込んで来なかったら、もう少し傷が増えてたからな。許してやるよ」


 ゴブリンロードに貫かれた腹を押さえながら、剣を鞘に納める。


「傷は大丈夫か?」


「あァ、一晩寝れば治るだろ」


 事もなしげに言う彼女に、心の中で怪物が、と悪態をつく。呼吸をするように複雑な魔力操作を行う彼女は、これから常に治癒の魔法を使うつもりだろう。


「けど、今日は近くの村で一泊しなくちゃな。さすがに陽が昇ってる内は帰れねぇだろ」


 森を抜け、万全の状態でも数時間はかかる道のりを傷を負ったミコトを連れて帰るわけにはいかない。まさかここまで苦戦する依頼と思っていなかった。


 地面に転がるゴブリンの死体を眺めながら、ため息をつく。


「さっさとこんな場所から離れようぜ。この化け物がまた動き出す気がして胸が破裂しそうだ」


「その時はもう一回ブッ殺してやるよォ」


 それでも、この場から去る事には賛成のようで無言で森の出口を目指して歩き出した。


 次に、アリスの方へ顔を向ける。涙目で不機嫌な表情をしている彼女に、キルトは苦笑した。腰を抜かしている彼女へ駆け寄り、明るい笑顔を見せる。


「俺は強いだろ」


「……ばかぁ。死ぬかと思ったよ」


 非難の声を上げるアリスに手を差し伸べながら、記憶の片隅にあった言葉を思い出すように言う。


「お前を置いて居なくなるわけねぇだろ、アホ」


 かつて、キルト自身が言われた言葉をそのまま吐き出した。共にいた彼の言葉は結局、守られる事はなかった。しかし、キルトは彼とは違うのだ。きっと、今の心境は彼と似通っているのだろうが、決定的に違う。


「ーーうんっ。当たり前じゃん」


 あの時のキルトは泣いていた。惨めに、醜い心を隠す事もせず悲嘆に暮れていた。彼と共に立てない自分と、救われない自分に絶望と怒りを抱えながら。


 けど、アリスは笑っている。彼とよく似た笑顔で、だが全く違った笑顔にキルトもまた笑う。


 違ってみせる。いなくなってしまった彼と違う事を、証明してやる。五年前のような思いを、アリスにだけはしてほしくなった。最悪の選択をした彼を呪う気持ちと、彼を失ってしまった悲しみ、そして何も出来なかった自分への憎しみ。そんな醜悪な思いを、アリスにはさせない。


 希望の光に闇を差す行為は、全て否定する。拒絶して、嫌悪して、破壊する。歪な決意の中にあるのは、どこまでも真っ直ぐな思いだった。


 ーーいつか、必ず救ってみせるから……!


 過去に言った決意の形は、手を差し伸べてくれた彼への罪悪感からか。ただ、キルトにはもうそれしか無かった。アリスを守り続ける以外に、自己を保てなくなっている。


 アリスの為、と言いながらキルトは自分の為に行動している。自己を保ちたいから、守りたいから、もうあんな思いなどしたくないから、何をしてでもアリスを守る。


 この世界に悲劇が満ちていても、アリスを取り巻く全てを守って、ハッピーエンドで終わらせる。そうでなければ、あまりにも世界は残酷すぎる。


 過去の悲劇を、弱い自分を責める呪詛に苛まれながらもキルトはこの世界に希望を見ていた。彼が、悪意だけではないと教えてくれたからこそ、キルトの弱々しい心は壊れないでいる。


 あの時のように、今度は優しさを乗せながら手を差し伸べた。


「よし、じゃあ帰るか」


 今度こそ間違えないように、暖かい手を優しく握り締めた。


▼▼▼


 五年前から何も変わっていない。


 アリスは森の中を歩きながら、自分の無力さに怒りを覚えていた。強いキルトに情けなく縋り付くしか出来ない自分は、五年前から何一つとして変わっていない。


 母を亡くし、生きる術も知らない子供だったアリスは、世界の全てを呪った。なぜ母がこんなにも辛い思いをして、救われないままに死ななければならなかったのか。


 心休まる暇もなく、アリスを育てる為に働き続けた母は、病で倒れた。貧しくて薬も買えない状況でも、子を思い続けた母が死んだ時、どれだけ世界を恨んだだろう。優しくあってほしい、そんな母の思いも忘れてしまう程、アリスの心は荒んでいた。


 そんな時に現れたのがキルトだった。アリスを見た瞬間、崩れ落ちて謝罪を繰り返す言ったキルトが今も鮮明に思い出せる。必死に謝る姿に、アリスは何故かかも分からないままに彼を責めてしまった。


 溜まりに溜まった汚泥を吐き出すように、キルトを責め続けた。それでも、悲しい表情で悪意を受け止めた彼に、アリスは会った事もない父親を重ねてしまった。母を捨ててどこかに行った憎むべき人間なのに、優しい父親を幻想の中でいつも見ていた。


 いつしかキルトの重荷を背負えるくらいに強くなろうと、アリスは冒険者としてキルトに着いてきている。


 だけど、今回の一件ではっきりした。アリスは足手まといでしかなく、五年前と同じように彼の重荷だ。自分がいなければ、と考えるのは悪いことなのだろう。キルトは自分を見捨てないし、守ってくれる。それはキルトが自分を愛しているからだと自身を持って言えた。


 それでも隣に立ちたい。後ろで縮こまるだけの弱い存在が、どうやってキルトを救えるのか。彼との間には隔たりがあり、緞帳で仕切られているように遠く感じる。


 いかに魔法の才能があっても、キルトを助けなければ意味はない。アリスを構成する想いのほとんどはキルトが占めている。他には何もいらない、キルトが救われるのならばどんな事でもする。


 無邪気な子供を演じながら、そうあってほしい姿になれと言われれば望むままになる。だから、自分だけのキルトであってほしかった。


 醜い独占欲、依存は気付かぬ内にアリスの清らかな想いを歪にさせていた。純粋に誰かを愛する気持ちは清濁

、両面の性質を持ち合わせる。損得勘定無しで、その人に全てを捧げても良いいう気持ちと、誰にも渡したくないという正常な独占欲、そして利己的でありながら純粋であろうとする醜い心。


 キルトが知ればどんな反応をするだろう。綺麗な子供だと思っていた存在が、実は醜怪な心で自分を保っているだけの存在だったのだ。


 だけど、キルトが望まぬ限り決してその心の内を見せることはない。そして彼は絶対にアリスへそう言うことはないだろう。


 頂点から沈むだけの太陽が陰りを見せる中、アリスは許されない間違った決意をした。




 

 


 

 

 

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