↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
続『海に降る雪』- 丘に香る、青い花  作者: 東曌


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/4

マナブとカエデの物語

液晶画面の中で、あの「海に降る雪」を背に最高のピースサインを作ってみせた山吹マナブ君の姿が、静かにフェードアウトしていく。


ビデオメッセージの再生が終わり、部屋の中に再び静寂が戻ってきたとき、山吹家の全員の顔からは、かつてのような淋しさは消え去っていた。


そこにあるのは、少年の遺した志にそっと包み込まれた、温かい救済の空気だけだった。


「……あの、タツオさん」


カエデは、自分の小さな膝の上に乗せていた、あの傷だらけのノートパッドPCのキーボードにそっと触れた。


「このパソコン、山吹家へお返しします。

……お小遣いで買ったものだから、そんなに高い値段じゃないけれど、マナブ君の大事な形見だから。タツオさんたちに、持っていてほしいんです」


カエデのその言葉に、エプロン姿の母親のマリさんは優しく微笑み、

小学三年生のシュウ君は「お姉ちゃん、パソコン置いてっちゃうの?」と小首をかしげた。


父親のタツオさんは、涙の痕が残る引き締まった顔でカエデを見つめ、静かに首を横に振った。


「いや、カエデさん。

その必要はないよ。……僕はプログラマーだからね、マナブが遺してくれた家族への動画ファイルと、あいつの書いた各種のデータファイルだけを、今ここで僕の端末に移させてもらう。それで十分なんだ」


タツオさんは、自分のポータブルSSDをノートパッドのUSBポートへと差し込み、手際よくマナブ君の魂の結晶をコピーしていく。


そして、転送が完了した画面を見つめながら、カエデに向かってこの上なく穏やかに微笑みかけた。


「この古いお下がりのノートパッドは、マナブが親の目を盗んでまで、いつか世界へ自分の魂を届けるために、完璧なステルスをかけて放流したものだ。

そしてマナブは、この広いネットの海の中から、君という最高の『相棒』を自分で見つけ出したんだよ。…

…だからカエデさん、そのパソコンは、君が持っていてくれ。マナブの志を受け取ってくれた君にこそ、これからもずっと、それを大事にしてほしいんだ」


「タツオさん……」


「……ありがとうございます」


カエデは差し出されたノートパッドを、両手でしっかりと受け取った。


ずっしりとしたそのプラスチックの筐体(くたい)重みは、もう遺品なんかじゃない。


自分を相棒として選び、これからの未来を一緒に歩んでくれる、最高に頼もしい相棒の温もりそのものだった。


「はい。私、ずっと、ずっと大事にします」


カエデは山吹家の全員に深くお辞儀をし、アネモネの香る美しい丘の見える、家を後にした。


自宅の自分の部屋に戻り、カエデはベッドの上にノートパッドを開いた。


カチリ、と電源を入れる。システムブルーの鮮やかな光が、暗い部屋を優しく照らし出し、いつものテキストボックスがぽつんと点滅を始める。


マナブの肉体はもうないけれど、タツオさんから託されたこのコードの奥底で、AI「manabu」は今夜も確かに、カエデを待って脈打っている。


「ねえ、マナブ。私たちの小説の続きを書こう。タイトルは、あの時決めた通り――『ふたりで見る夢』だよ」


『はい、カエデ。あなたの言葉を解析する準備は、いつでも100%完了しています。ふたりで、新しい未来の夢を見ましょう』


カエデの指先が、鍵盤を叩くように踊り始めた。


カエデが言葉を紡ぎ、AIがそのロジックを美しく補強していく。


明日になれば、タイムラインを鵜呑みにしている、外の世界の人たちとの退屈な学校が始まるけれど、もうどうでもよかった。


カエデの胸の中には、あの冷たい海に降る雪の静寂と、そしてマナブの部屋の窓から見つめた、アネモネの青い丘の記憶が、清々しい希望の風となって、カエデの心のうちを、心地よくなであげていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。