第十一部 第一章 第7話
二日後の早朝――まだ白い朝靄が建物を包み込み、石造りの回廊や窓枠の輪郭を柔らかく滲ませている。
外では小鳥のさえずりがかすかに響いているが霧に吸われるように遠く、どこか夢の中の音のように感じられる。
静まり返った滞在施設の廊下に沈黙が満ちていたが、その静寂を突如として破る音が響いた。
ガンガンガンッと重い木扉が激しく揺れ、衝撃が廊下に反響する。
「アリス・グレイスラーさん! アリス・グレイスラーさん、至急正面玄関へ! 正面玄関です! 緊急搬送物資到着しました!」
怒涛の連打と慌ただしい声が重なり、廊下全体に騒がしさが広がる。
その喧騒に叩き起こされて布団がもぞりと動き、アリスは掛け布団の中から顔だけを出して目をしょぼつかせたまま上体を起こす。
「……んー……すぐ行きまーす……五分……いや三分……」
気の抜けた返事の声はまだ寝息混じりで、寝癖で跳ねた金髪があちこちに広がり片目はまだ完全に開いていない。
ベッドの端に足を下ろすと床の冷たさが伝わり、わずかに眉をしかめながら小さく息を吐く。
「う~ん……こんな時間から何なの……まだ日も昇ってないじゃない……」
小さく愚痴をこぼしつつ制服の上着に袖を通し、ボタンをかけながらぼんやりと手を動かす。
「あ、逆だ……」
気づいて留め直し、腰のベルトを締める手つきもどこかぎこちない。
鏡を一瞬見ると寝癖がひどく残っているが、そのまま軽く肩をすくめる。
「……まあいっか」
櫛でざっと整えて最低限の身支度を済ませると、まだ眠気の残る足取りのまま扉へと向かう。
――だが玄関で彼女を待ち構えているものが、ただの朝の呼び出しではないことをアリスはまだ知らなかった。
数分後、学院の滞在施設正面に出たアリスの視界に、朝靄の中で重々しく停車する魔導車両の姿が映り込む。
魔力駆動の車体が低く唸りながら青白い排気光を揺らめかせ、その周囲には小型とは言い難い金属製コンテナがいくつも積み上げられていた。
側面には王国兵站局の紋章が刻まれ、その上からさらに二重三重に施された魔導封印の搬送印が淡く光っている。
アリスが姿を見せるや否や、運送担当らしき男性が慌てた様子で駆け寄ってくる。
「ええと、アリス・グレイスラー様ですね!? こちら王都より緊急輸送された特殊装備品になります、兵站局直送扱いです! ――このマジックビジョンにサインをお願いします!」
差し出された魔導式認証パネルが淡い光を脈打たせる。
アリスは軽く頷いて簡潔に署名を走らせ、魔力認証が一瞬で照合されると同時に封印符が一段階緩むのを確認する。
「ご苦労さまです、早朝からこんな霧の中で大変だったでしょう?」
「い、いえっ……王都からの緊急指定でしたので……ではコンテナはこちらに下ろしておきますので確認だけ……っ!」
そのやり取りの最中に背後から鋭い声が飛び込む。
「待ってください! 正面玄関での荷下ろしは規則違反です!」
学院スタッフが慌てて駆け寄り、周囲の空気がざわりと揺れる。
早起きの学院生たちが窓から顔を出し、ひそひそと視線を向けてくる。
アリスは一瞬で状況を把握する。
「すみません、この荷は施設裏の荷物置き場に回していただけますか? ここだと目立ちすぎるので搬送経路も記録されますよね?」
「は、はいっ! 承知しました!」
運送担当は慌てて仲間に指示を飛ばし、魔導車両が再起動して車輪が石畳を震わせながら低く唸る。
重いコンテナ群はスタッフの案内に従い、施設裏の専用荷置き場へと順次搬送されていく。
霧の中へ消えていく搬送車両の背を見送りながら、アリスは小さく息を吐き背後のスタッフへ軽く会釈する。
「ご指摘ありがとうございます、助かりました、正面で騒ぎになるのは避けたかったので」
「いえ、こちらこそ……ご協力感謝します、あれかなりの重量でしたよ……」
正面に集まりかけていた好奇の視線も、荷が移されたことで徐々に散っていく。
その直後、別の管理部門スタッフが寝不足気味の顔で駆け寄り、明らかに困惑した様子で声を上げる。
「グレイスラーさん……これ学院で正式に受け取ったものですけど早急に何とかしてください、これ以上置いておく場所もありませんしうちの管理リストにも載らない代物ですから……!」
封印印を見て青ざめている。
アリスは穏やかに微笑む。
「了解です、ちゃんと片づけますよ、責任は私が持ちます」
「本当にお願いしますよ……王都直送なんて前例が……」
「大丈夫、問題にはしません」
アリスはコンテナへ歩み寄り、魔導封印をじっと見つめて紋様の構造と識別コードを順に確認する。
封印符の紋様が重なり合い、複数の識別コードが刻まれ、その中に騎士団系統と技術局系統の複合印がはっきりと混在している。
――中にあるのはクラリスとレイラ、そしてティアナが協力して準備してくれた特別装備一式だと確信する。
防御外套と補助ユニットに加え干渉耐性強化装備が揃い、さらにまだ名もない“切り札”が収められているはずだと理解する。
朝靄の中でコンテナの封印紋が淡く光り続けていた。
アリスの瞳が静かに細められ、この演習の本当の意味での“本番”はここから始まるのだと確信する。
施設裏の専用荷置き場に小型コンテナが置かれた後、アリスは足早に女子棟へと向かった。
朝靄はまだ薄く残り石畳の隙間に溶けるように漂いながら、宿舎の窓から差し込む淡い光が長い廊下に薄青い帯を描いていた。
建物の内部は静まり返り寝静まった建物特有の呼吸を潜めたような空気の中で、遠くから誰かが寝返りを打つ気配と微かな木材の軋みが重なっていた。
その静寂の中でアリスの足音だけが規則正しく響き、廊下に淡く反響していく。
最初に向かったのはミレーネの部屋であり、アリスは迷いなくその扉の前に立つ。
軽く指先でノックすると、コツ、コツと控えめな音が静寂の中に落ちていった。
「……ミレーネ、起きて。いいもの届いたわよ、王都直送」
囁くような声で呼びかける。
数拍の沈黙が続いた後、室内から布擦れの音と押し殺したあくびがかすかに漏れてきた。
「……アリス? 朝、ですか……? まだ霧……」
少し寝ぼけた声が返る。
やがてかちゃりと鍵が外れる音がして扉がわずかに開き、乱れた金髪を後ろでひとつにまとめ直しながらミレーネが顔を出した。
半分眠そうな目と頬に残る枕の跡が朝の空気の中に浮かび、まだ完全には覚醒していない様子がはっきりと見て取れる。
「ごめんなさいね、もう少し寝ていたいだろうけど……すぐ支度して裏まで来て、例の装備が届いたの、しかも想定より豪華」
その言葉を聞いた瞬間、ミレーネの目がわずかに見開かれる。
「……例の、って……あの補助ユニットですか? それとも――」
「全部」
短い一言で答える。
その瞬間に眠気が完全に飛び、表情が一気に引き締まる。
「……分かりました、すぐ支度します」
「さすが」
アリスは小さく笑うと、そのまま次の部屋へと向かって歩き出した。
続いてレティアの部屋へ向かい、アリスは扉の前で軽く指先を当ててノックする。
すぐに内側から返事が返り、その声音は落ち着いて澄んでいる。
「どうしたの? こんな時間に」
規律正しい反応から、すでに起きていたのだと分かる。
やがて扉が開き、栗色の髪は整えられ簡素な寝間着姿ながら姿勢は崩れておらず、その瞳はすでに冴え渡っていた。
「――届いたのね」
察しの早さに、アリスはわずかに口元を緩める。
「ええ、裏の荷置き場に集まって。兵站局印付きで、かなり本気のやつ」
レティアがわずかに目を細め、その言葉の意味を即座に噛み砕く。
「なるほど、国家規模の“演習支援”というわけね」
「ええ、正面で騒ぎになりかけたから裏に移したわ」
「賢明だわ」
短いやり取りで状況は完全に共有される。
「すぐ向かう、着替えてくるわ」
「お願い」
アリスは安心して頷くと、そのまま最後の部屋へと足を向ける。
リゼットの部屋の前に立ち、静かに指先で扉を叩く。
コツと小さく音が響くが、返事はすぐには返ってこない。
しばし耳を澄ませると布団の軋む音とわずかな気配が伝わり、確かに中に人の動きがあると分かる。
「……リゼット? 起きて。大事な荷物が届いたの、深層想定の装備」
少し間を置いたあと、かちゃりとゆっくり鍵が回る音がする。
扉が静かに開き、乱れた髪を片手で押さえながらまだ眠気を引きずった碧眼でアリスを見つめる。
「……朝……?」
「ええ、でもただの朝じゃないの。裏へ、兵站局直送で封印付き」
リゼットの瞳がわずかに細まり、言葉の重さを受け止める。
「……了解」
短い返答のあと扉は静かに閉じられる。
こうして三人を順に起こし終えたアリスは、軽やかな足取りで再び廊下を戻っていく。
その足音が朝の静けさを小さく震わせ、胸の奥でわずかな高鳴りが生まれていく。
王都直送の物資と特別装備、そして未踏の深層という要素がひとつに繋がり、これから始まる出来事を強く予感させていた。
――仲間たちを裏手の荷置き場に集めるために。
一方で問題だったのは男子棟の二人――ラースとザックだった。
学院の規定では時間外に異性棟へ立ち入るには面倒な書類申請と許可証の提示が必要になり、通常なら最低でも半日はかかる。
アリスは廊下の壁に掛けられた時計へ視線を向け、まだ早朝であることと針が容赦なく進んでいる現実を同時に確認する。
小さく舌打ちし、このままでは間に合わないと判断する。
即座に方向転換し、棟の端にある管理人室へ足早に向かった。
廊下の角を曲がり扉の前に立つと深呼吸をひとつ挟み、すぐにノックする。
中から低い声が返る。
「入ってよい」
扉を開ける。
室内には白髪交じりの初老の管理人が帳簿をめくりながら魔導灯の明かりの下で静かに仕事をしていた。
「すみません!」
アリスはきびきびと頭を下げる。
「男子棟エントランスのところまでで構いませんので緊急呼び出しをお願いできますか、演習関連の装備が届いたんです、至急班全員で確認が必要で」
管理人はペンを止めゆっくりと視線を上げる。
「緊急呼び出し、ですか……手続き上、理由が明確でなければできませんな、規定は規定です」
渋い顔で腕を組む。
アリスは一歩踏み込み声音を柔らげながらも目を真剣に向ける。
「理由は充分です……おそらくティアナ騎士団と王国軍からの支給物資です、兵站局印付きで封印二重です」
空気が変わる。
管理人の眉が跳ね上がる。
「な……それを早く言いなさい、そういう事情ならば確かに緊急扱いだ、王国軍絡みなら規定第二項が適用できる」
慌ただしく立ち上がり呼び出し用の魔導拡声管を手に取る。
術式を走らせ魔力を込める。
「男子棟、該当室――ラース・エルヴァン、ザック・ミルドレイ! 至急エントランスまで来なさい! 繰り返す、至急だ!」
拡声管から響く声が廊下に反響し石壁にぶつかって低く震える。
アリスは胸の内で安堵の息をつく。
「ありがとうございます、本当に助かりました」
「任務のためだ、しっかりやりなさい」
「はい」
頭を下げて管理人室を後にし、そのまま男子棟エントランスへ向かう。
やがて足音が近づきドタドタと慌ただしい音が響いてくる。
姿を現したのは寝起き丸出しのラースとザックであり、寝間着の上に上着を羽織っただけの格好でラースの髪は跳ね放題でザックは眼鏡をかけたまま目をこすっている。
「……緊急って、まさか敵襲か……? それとも深層崩落か……?」
ラースの声はまだ半分夢の中にある。
「まだ夜明け前だぞ……」
ザックもぼそりと呟く。
アリスは肩を竦めて答える。
「違うわよ……でも別の意味で“緊急”、例のブツが届いたの、王都直送で兵站局印付き、今すぐ確認したい」
一瞬で空気が変わる。
ラースの目が見開かれる。
「マジか……! やっぱり、あの“最大のコネ”経由か? いや、それ以上の匂いがするぞ……」
アリスは唇の端を上げる。
「そうね、正確には“ダブル最大”かしら、技術局と騎士団の両方」
「……嫌な予感しかしない」
ザックが淡々と呟くが目は完全に覚醒している。
「場所はどこだ?」
ラースが低く問う。
「施設の裏手、荷物置き場のコンテナ前で集合、封印はまだ解いてない」
アリスは即答する。
それを聞いたラースは一瞬絶句し、その直後に状況を理解して声を張り上げた。
「……この格好で行けるわけないだろ! 寝巻きのままじゃ恥ずかしすぎる! しかも王国軍印だぞ!? ザック、戻るぞ!」
「了解……三分で戻る」
二人は踵を返し、そのままドタバタと足音を立てながら男子棟の中へ走り去っていく。
その背を見送りながら、アリスは思わず小さく笑みを漏らした。
約五分後、男子棟のエントランス前にはまだ朝の冷気が石床に残っていた。
腕を組んで立っていたアリスは、待たされた不満を隠さず頬をふくらませて声を上げる。
「おそ〜い! 三分って言ったよね!? わたし、ちゃんと数えてたんだから!」
つま先で床をとんとんと突き、待ちくたびれた気配をあからさまに示す。
ラースは肩で息をしながらも反論し、その動きには急いで戻ってきた疲労が滲んでいる。
「いや、これでも最速だったと思うけどな……! 寝間着から正装に着替えて、髪整えて、ブーツ履いて、武装チェックして五分だぞ!? むしろ褒めてほしいレベルだ!」
跳ねた後ろ髪をぐしゃぐしゃと直すが、一部はまだ反抗的に立ったままだ。
ザックは眼鏡をかけ直し襟元を整えながら淡々と補足し、その言葉には冷静な分析がそのまま乗っている。
「同意する。男子棟二階からエントランスまでの最短動線を走破し、途中二度の角を曲がり、階段を飛ばし降りて五分。統計的には驚異的速度だ」
「統計いらない!」
アリスは即座に突っ込みを入れるが、その口元にはしっかりと笑みが浮かんでいる。
ラースは息を整えながら状況を切り替え、これからの動きへ意識を向けて提案する。
「よし、合流するか。女子たちは正面玄関のロビーだよな」
三人はそのまま裏手の通路を抜け、石壁の間を流れる冷たい空気を切りながら歩みを進める。
朝日がようやく建物の縁を越えて差し込み、淡い金色の光が通路に伸び始めていた。
やがて正面玄関へ回り込み、広いロビーへと足を踏み入れる。
磨き上げられた大理石の床が光を反射し、高い天井から吊るされた魔導照明がまだ柔らかな光を静かに落としていた。
だが――女子たちの姿はなく、ロビーの中に見慣れた三人の気配は存在していなかったとアリスは確認し、視線を巡らせながら状況を把握する。
「あれ……まだ来てない?」
周囲には他班の学院生が数名見え、早朝訓練に向かう者や資料を抱えた術科生が行き交っているが、肝心の三人だけが欠けていると判断する。
ラースが顎を上げながら問いかけ、状況整理のための時間感覚を確認する。
「アリス、最後の女子の部屋から男子棟に来るまでどれくらいかかった?」
「んー……だいたい十分くらい?」
ラースは天井を仰ぎながら即座に結論を出し、現状を強めの言葉で指摘する。
「だったら来るわけないだろ! 女子ってのは準備に時間かかるんだからよ! 俺たちとは工程が違うんだよ工程が!」
腕を振りながら言い切る。
ザックが冷静に口を開き、行動の差異を数値で補足することで判断を補強する。
「合理的判断だ、化粧と髪の整形に加えて装備確認と細部の身だしなみ調整を含めれば平均して男子の1.7倍は時間を要するというデータがある」
「そこまで正確に言わなくても」
アリスは苦笑しながらも納得する。
「いや、あいつら真面目だからな、たぶん装備の下に着るインナーまで完璧に整えてるぞ」
ラースが補足する。
「……それは否定できない」
ザックが頷き、見解を共有する。
ロビーの一角にあるガラス張りのカフェルームへ視線が向き、待機場所としての合理性が自然に浮かび上がる。
「……仕方ないな、じゃあロビーのカフェでお茶でも頼んで待ってようぜ、どうせすぐ来る」
ラースが提案する。
「賛成、立ちっぱなしも疲れるし」
アリスが同意する。
三人はカフェへ移動し、木製のテーブルに着くと朝日が窓から差し込みテーブルの縁を金色に染めていることを視認する。
椅子に腰を下ろしたところで店員が来て、自然な流れで注文へ移る。
「ご注文は?」
「紅茶三つ、あったかいやつで、あと軽い菓子」
ラースが即答する。
「了解しました」
ほどなくして紅茶が運ばれ、白磁のカップの中で琥珀色の液体が揺れながら立ち上る湯気がゆらゆらと漂い、甘い焼き菓子の香りが周囲に広がることで場の空気が和らぐ。
アリスはカップを両手で包み込み、その温もりを指先で確かめながら緊張の緩和を自覚する。
ラースが一口啜りながら息を吐き、身体の感覚が戻るのを言葉にする。
「ふぅ……生き返る、朝一の紅茶ってなんでこんなにうまいんだろうな」
ザックは端末を取り出して何やらメモを取りながら紅茶を口にし、後の分析に備えて情報整理を始める。
「装備到着時刻と搬送経路、それから兵站印の確認も後で照合する、無駄な混乱を避けるためだ」
「さすが真面目」
アリスが笑う。
湯気の向こうで三人の表情が少しずつ柔らぐ一方で、胸の奥では王都直送装備と深層任務に対する緊張が消えずに残っていると全員が感じ取る。
王都直送の装備と騎士団および軍の支給、そして深層演習という要素が重なり、穏やかな朝の光の中で嵐の予感が静かに芽吹いていると認識する。
「ふぅ……とりあえず女子組が来るまでは待機だな」
ラースが言う。
ザックは静かに頷き、現状維持を選択する。
アリスはカップを両手で包み込みながら仲間たちの到着を思い浮かべ、小さく笑みを浮かべて気持ちを整える。
そして約十五分後、正面玄関の大扉が重い音を立ててゆっくりと開き、朝の光が一気にロビーへ流れ込んで床に長い影を落とすことで場の空気が変化する。
「お待たせ! ごめんね、思ったより時間かかっちゃった!」
明るい声が弾む。
最初に姿を現したミレーネは肩までの髪を後ろで簡単にまとめ、少し息を弾ませながら手を振りつつ合流し、頬には寝起きの柔らかさが残るが瞳は完全に覚醒している。
「ほんとごめんね、急いで用意してきたけどやっぱりちょっと時間かかっちゃった、装備の下に着るインナーの調整やり直しちゃって」
続いて現れたレティアは裾を整えながら穏やかに笑い、制服のブーツや髪の整え方から準備に妥協がないことが明確に伝わる。
「申し訳ないわ、急いだつもりだったのだけれど細部が気になってしまって、装備が届いた以上こちらも整えておかないと失礼でしょう?」
最後に姿を見せたリゼットは落ち着いた足取りで乱れ一つない制服のまま合流し、状況を既に処理済みであるかのように短く結論だけを告げる。
「……遅延時間、許容範囲内」
ラースが肩をすくめながら評価を返し、場の緊張を緩める。
「いや十分早いよ、俺たちのほうが騒ぎすぎだったかもしれないな」
紅茶を一口啜りながら笑う。
ザックが眼鏡を押し上げて補足し、客観的評価を付ける。
「うん、これ以上早かったらそれはそれでこわい、統計的に言っても十五分は優秀だ」
「ひどいなぁ」
ミレーネが笑うが、その表情には安堵が含まれている。
「まあでも待たせたのは事実よね、ごめんねアリス」
レティアが改めて言う。
アリスは苦笑しながら大きく伸びをひとつして身体をほぐし、意識を次へ切り替える。
「いいのいいの、どうせ急いだってコンテナは逃げないし……それよりみんな揃ったし」
ふっと息を吸う。
「例の“ブツ”、見に行こっか、王都直送で封印付き、中身はまだ確認してない」
一瞬で空気が変わり、全員の意識が同時に任務へと切り替わる。
ラースの視線が鋭くなる。
「封印は何重だ?」
「二重、兵站局印と術式封印、簡易じゃない」
ザックが端末を閉じ、解析準備へ意識を向ける。
「解析準備はできている、開封時は干渉波に注意」
レティアが小さく頷き、行動確認を行う。
「裏手の荷置き場ね、人目は?」
「最小限に抑えた、今なら問題ない」
リゼットが周囲を一瞥し、安全性を確認する。
「……移動」
全員の視線が自然と裏手の荷物置き場へ向けられ、朝の柔らかな空気がわずかに張り詰めていくと同時に、場の空気が完全に任務モードへ移行する。
穏やかなカフェの香りと紅茶の余熱、焼き菓子の甘さが一瞬で遠のき、代わりに胸の奥に灯るのは戦場前の静かな高揚であると全員が無言で共有する。
王都と騎士団、そして軍の支給という要素が重なり、ただの演習ではない現実が明確に意識される。
アリスは小さく笑みを浮かべ、その瞳に蒼い光を宿しながら次なる展開へと意識を向ける。
空気は一気に引き締まり、次なる展開への期待が静かに高まっていった。




