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第九部 第三章 第22話

 アリスがじっと考え込みながら言葉を紡ぐその横で、レイラの表情は少しずつ柔らかく変わっていった。

 噴水の水音が静かに夜気へ溶け、月明かりが二人の間に淡い銀の膜を張る。

 黒鉄色の外套の端が風に揺れ、その下でわずかに緊張していた肩の線が、ほんの少しだけ緩んだ。


 普段はあまり感情を表に出さない彼女だが、アリスの言葉に呼応するかのように、目の奥にかすかな温もりと懐かしさが宿る。

 それは長い時間を閉じ込めていた扉が、静かに軋みを立てて開くような変化だった。


「そう……やはり、私のことをここまで考えてくださるのは、レティシア様だけです。

名が変わっても、立場が変わっても。

あなたはいつも、本質を見抜こうとなさる。

それは三百年前も、今も、何一つ変わっておられません」


 静かに告げられたその一言は、誓いのようであり、祈りのようでもあった。

 月光に照らされた青白い瞳が、まっすぐアリスを見つめる。


「他の誰もが肩書きや功績を見る中で。

あなたは、ただ“そこにいる者”を見ようとする。

それがどれほど救いであったか……きっと、あなたは覚えておられないのでしょうけれど」


 言葉の端に、微かな笑みが混じる。

 それは責めるものではなく、ただ遠い記憶を慈しむような柔らかさだった。


 レイラはかすかに微笑みを浮かべ、少しだけ肩の力を抜いた。

 その表情には、長い年月を一人で背負い、隠し続けてきた本当の自分をようやく認めてもらえた――そんな、わずかな解放感がにじんでいた。


 頬を照らす月明かりが、その笑みをいっそう柔らかく映し出す。

 硬質だった輪郭が、今はどこか人間らしく、温かな陰影を帯びている。


 アリスは目を細め、ゆっくりと眉をひそめながら考え込んだ。

 胸の奥に浮かんだ感情は、懐かしさとも、戸惑いとも、安堵ともつかない。

 ただ、胸の深い場所に小さな波紋が広がり続けている。


「……私は、そんなに立派じゃないわ。

ただ……気になるだけ。

あなたが、どうしてそんな目で私を見るのか。

どうしてそこまで、変わらずにいられるのか」


 問いというより、独り言のような響き。


 レイラは静かに首を振る。


「変わらないのではございません。

変われなかったのです。

誓った日から、ずっと。

あなたの背に刃が届かぬようにと。

それだけを胸に、生き延びてまいりました」


 その声音に、誇張はない。

 淡々とした事実のように告げられる忠誠。


 アリスの胸が、かすかに締めつけられる。

 目の前の彼女を、ただの「レイラ少尉」として見ることは、もはやできなくなっていた。


 月光の下に立つその姿は、確かに今を生きる騎士でありながら。

 同時に、遠い戦場を共に駆けた影を背負っている。


 夜風が再び吹き抜ける。

 噴水の水面が揺れ、二人の影がわずかに歪む。


 だがその歪みは、もう不安ではなかった。

 過去と現在が重なり合う、その静かな証のように思えた。


 深く呼吸を整え、言葉を慎重に選ぶようにして、アリスは静かに口を開いた。

 胸の奥でまだ熱を帯びる記憶の欠片を、壊さぬように両手で包むかのように。


「レイ……レイリス・セリンドリス……だったかしら?

違うかもしれない。

でも、その響きが……胸の奥に、引っかかってるの。

まるで、ずっと昔に何度も呼んだことがあるみたいに」


 ――そう言いかけたところで、唇がかすかに震え、音が途切れる。

 視界の端で噴水のきらめきがほどけ、夜の石畳が遠のいていく。


 代わりに、脳裏にふっと立ち上がったのは、三百年前の、陽だまりの匂いを含んだ空気だった。


 若木の葉がこすれ合う微かなささめき。

 苔むした土の、湿り気を帯びた匂い。

 遠くで小川が石を撫でる水音――。


 そこは、森の奥。

 柔らかな木漏れ日が斑に降り注ぐ中で、二人の少女が肩を寄せ合っていた。


 一人は、まだ幼さの残る横顔。

 耳はすらりと長く尖り、光を受けて透けるように白い。

 揺らぐ髪の一房が頬にかかるたび、恥ずかしそうに指で払っては、また小さく笑う。


 もう一人は、すでに美しく成長した面差し。

 落ち着いた眼差しで幼い方の手を包み、何かを諭すように静かに言葉をかけている。

 まるで、本当の姉のように――。


「大丈夫。

あなたは一人ではありません。

私がいる。

必ず、守ります。

だから、怖がらなくていい」


 森の中で響いたその声は、今の自分の声とよく似ていた。

 幼い彼女は、その手をぎゅっと握り返していた。


 不安げだった瞳に、徐々に光が戻っていく。

 頬がほどけ、ほっと安堵の笑みがこぼれる。


「……うん。

レティシア様がいるなら、怖くない。

ずっと、そばにいるから」


 風が通り抜けるたび、二人の髪が同じ方向へ揺れ、木漏れ日のきらめきが肩口を跳ねた。

 距離の近さも、互いに向けるまなざしの温度も、疑いようがない。


 ――信頼。

 ――庇護。

 ――そして、約束。


 その情景に、現在の像がふわりと重なる。

 あどけなさを残した横顔は、いま目の前に立つ彼女の凛とした輪郭へ。

 幼い瞳の揺らめきは、青白く澄んだ光を宿すいまの瞳へ。


 時を跨いで、二つの像が重なり合い、ひとつの面影へと結ばれていく。


 胸の奥で、何かが静かに合致した。


 アリスはかすかに肩を震わせ、噴水広場の夜へ帰ってくる。

 指先に残る、あの「手の温度」の記憶――森で交わされた約束の余韻が、現実の肌理にそっと滲んだ。


 彼女は息を吸い、ゆっくり吐きながら、長い睫毛の陰からレイラを見上げる。


「……覚えていないはずなのに。

でも、森の匂いがするの。

あなたと並んで歩いた気がする。

怖がっていたあなたの手を、握った気がする。

違うと言われても……胸が、否定しない」


 夜風が二人の間を通り抜ける。

 噴水の水音が、遠い森の小川の音と重なる。


 言葉は続かなかった。

 だが、名を呼びかけた未完の響きと、瞳に宿った確信が、雄弁にすべてを語っていた。


 レイラのまぶたが一度だけ震える。

 それは大きな動揺ではない。

 だが、長い時間を越えて届いた合図を、ようやく受け取った人の反応――そんな繊細なゆらぎだった。

 青白い瞳がわずかに潤み、月光を受けて淡く揺れる。

 次の瞬間には、その揺らぎは静かな微笑の形へと落ち着いていく。


 胸の奥で何かが解ける音がしたのは、きっと彼女の方だった。


 アリスは金の前髪をそっと耳へ払う。

 指先がこめかみをかすめ、ひやりとした夜気が肌を撫でた。

 胸の奥に広がる深い感慨と、運命めいた結び付きの手触りを確かめるように、言葉のない肯きをひとつ。


 それだけで、十分だった。


 夜風が二人の間を通り抜け、噴水の水音に柔らかな弦の音のような余韻を添える。

 石畳の上で二人の影が重なり、かすかに揺れた。


 さらに、その断片の奥には、鋭く記憶に焼きついた戦場の光景も浮かんだ。

 静かな森とは対照的な、血と焦土の匂い。

 空を裂く咆哮と、魔力の爆ぜる轟音。


 《エーテルソード》を片手に、まだ幼さを残しながらも凛とした姿勢で魔人族の群れへと斬り込んでいく少女の姿。

 蒼銀に澄んだ魔力が刃を包み、閃光のように煌めく。

 敵の攻撃を紙一重でかわしながら、一刀ごとに正確無比な軌跡を刻んでいく。


 足運びは軽く、無駄がない。

 呼吸は静かで、視線はぶれない。

 その小さな体を包むのは恐怖ではなく、決意と冷静な眼差しだった。


 若さを超えた技量と胆力。

 それは戦場のただ中でひときわ際立ち、味方の士気を押し上げ、敵の動きを鈍らせる。


『退くな。

陣を崩すな。

私が道を開く』


 戦場に響いたその声は、迷いのない統率の声。

 誰よりも前に立ち、誰よりも冷静に状況を見極める。


 そして、時は流れる。


 大戦末期。

 空と地が裂け、世界そのものが崩れかけていたあの日の記憶が鮮烈に甦る。


 レティシア様――かつての自分が創り上げた《ワルキューレ》の九番機を身に纏い、敵陣の深奥へと単身突撃した光景。

 銀白に輝く魔導神器がまるで生き物のように応答し、装甲の隙間から蒼銀の光が脈打つ。

 背部の出力翼が放射エネルギーを解き放ち、空間を切り裂く。


 機動は風のように軽やかでありながら、雷鳴のように鋭い。

 敵の大軍を翻弄し、包囲を無効化し、陣形そのものを崩壊させていく。


 爆炎と魔力の奔流が空と地を裂き、世界が音を立てて崩れていく最中でも、彼女は一歩も退かなかった。

 むしろ、前線を切り開き、進撃の矢印そのものとなっていた。


『私がいる限り、ここは落ちない』


 その宣言は誇張ではなく、事実だった。


 その勇姿は、まさに伝説として刻まれるに相応しいもの。

 誰よりも強く、誰よりも前へ。

 だが、その背に立つ者の存在を決して忘れない指揮官。


 記憶はゆっくりと現在へと重なる。


 噴水広場の夜。

 月明かり。

 静かな水音。


 アリスの瞳に、わずかな光が宿る。

 それは確信ではない。

 だが、否定できない何か。


「……私は、あんなふうに戦っていたのかしら。

あなたの前で。

あなたを守ると、言いながら」


 問いかける声は静かだった。


 レイラはゆっくりと首を垂れる。


「はい。

そして私は、その背を守ると誓いました。

あなたが前へ進む限り、私は後ろを固める。

それが、あの時の約束でございます」


 夜は深い。

 だが、失われていた時間は、確かに今へと繋がり始めていた。


 「……あの時、十三歳くらい。

確か、リディアを姉のように慕っていた……」


 アリスは小さく息を吐きながら呟く。

 吐息は夜気に溶け、白くはならないが、胸の奥の熱だけを静かに残した。


「それに、あの頃ですでに《エーテルソード》を扱えるほどの魔力を持っていたことも……思い出したわ。

未熟だったはずなのに、あの剣は応えてくれた。

怖さよりも、守らなきゃいけないって気持ちのほうが強かった。

あの感覚……今も、指先に残ってる」


 視線を遠くに向ける。

 夜の噴水広場を見ているはずなのに、その瞳には過去の霧に沈む断片の数々が揺れていた。

 石畳の上に落ちる月明かりが、いつのまにか森の木漏れ日へと重なる。


 今と過去の輪郭が重なり合い、断片的な記憶が静かに繋がりはじめていく。

 若木の匂い。

 戦場の焦げた空気。

 白銀の魔力が走る感覚。


 ひとつひとつの言葉を丁寧に紡ぎながら、その複雑で神秘的な名前が、胸の奥でしっかりと結びついていくのを感じていた。


「そんな若さで、それだけの力を保持し、使いこなせるって……やっぱりハイエルフの特性としか思えない。

長命種特有の魔力容量。

感応の鋭さ。

それに、あの落ち着き……十三歳の少女が持つには、あまりにも完成されすぎていた。

だからこそ、あの複雑で神秘的な名前がぴったりくるのね……」


 アリスはゆっくりと息を吐き、確信に近い思いを胸に刻み込んだ。

 再びレイラの顔を見つめる。

 その輪郭の中に、かつての少女の面影が、淡く、けれど確かに浮かんでいるように思えた。


「……レイリス・セリンドリス」


 名を呼ぶ声は震えてはいなかった。

 けれど、その一言に至るまでの迷いや逡巡、そして深い感慨がすべて宿っていた。


「やっぱり……あなたのことだわ。

あの森で、私の隣にいた少女。

戦場で、私の背を守ってくれていた騎士。

どちらも、あなた。

時間が流れても、変わらないまま」


 確信に満ちた言葉は、夜の静けさに溶け込むように広がった。


 その響きを受け止めたレイラの瞳が、かすかに揺らぐ。

 長い年月、誰にも明かさず胸の奥に押し込めてきた“本当の自分”を、ついに名で呼ばれたのだ。


 その瞬間、彼女の胸を締めつけていた孤独が、少しずつほどけていく。

 外套の内側で、指先がわずかに震える。

 月光が頬を照らし、その輪郭を柔らかく縁取った。


 微笑みは深くはなかった。

 だが――確かに救いを宿していた。


「はい。

……レイリス・セリンドリスです。

やっと……やっと思い出してもらえた。

あなたの声で、もう一度その名を呼んでいただける日が来るとは……思っておりませんでした」


 その声は震えていた。

 けれど、崩れない。


「三百年。

名を伏せ、役目だけを抱えて生きてきました。

覚えていただけなくても構わないと、自分に言い聞かせながら。

それでも……どこかで、ずっと待っていたのです」


 レイラ――いや、レイリスの目には大粒の涙があふれ、光を宿して揺れている。

 頬を伝う前に、瞬きとともにこぼれ落ち、石畳へ小さな痕を残す。


 長い間、胸の奥に秘め続けてきた感情が堰を切ったように溢れ出し、ずっと繋がらなかった記憶の断片が、今ようやく結ばれた。


 それは哀しみではない。

 喜びと安堵に満ちた涙だった。


 噴水の水音が、祝福のように夜へ響く。

 月明かりの下、三百年の時間が、ようやくひとつに重なった。


 その様子を見つめるアリスは、優しく柔らかな微笑みを浮かべながら、そっと彼女の肩に手を置いた。

 指先に伝わる体温が、確かに今ここにいる“彼女”のものだと告げる。

 夜気に冷やされた空気の中で、そのぬくもりだけが不思議なほどはっきりと感じられた。

 まるで長い旅路を共に越えてきた戦友を労うかのように、ゆっくりと、確かめるように。


「だって……変わりすぎでしょ? あの頃とは全然違うのよ。背も伸びたし、雰囲気も落ち着いたし……あんなに必死で私の後ろを追いかけてきた子が、いまはこんな立派な騎士なんて。……成長したって言うべきかしらね」


 軽やかな声音に、レイリスは涙を拭いながら、少し照れくさそうに小さく笑った。

 月明かりが濡れた睫毛に反射し、きらりと光る。

 普段見せることのない無防備な一面が、ふと零れ落ちた瞬間だった。


「……あの頃は、本当に必死でした。あなたの背中は、いつも遠くて……でも、振り返ってくださるたびに嬉しくて。置いていかれたくなくて、必死に食らいついていただけです」


 声はまだわずかに震えているが、その響きには誇りが宿っていた。

 過去を恥じるのではなく、抱きしめるような響き。


 するとアリスは、ふざけた調子で肩をすくめてみせる。

 金の髪がさらりと揺れ、噴水の水音がその合間を縫うように流れた。


「……あ、ごめん。目上の人だったわね。年齢的にも、立場的にも、いまは私の方が子ども扱いされそうだもの」


 一瞬、レイリスは目を丸くし、ぽかんと固まった。

 次いで、くすりと笑みがこぼれる。

 涙の痕を残したままのその笑顔は、どこかあの森の少女の面影を宿していた。


「いいえ……そう言ってもらえるのは嬉しいです。昔の私よりも、今の私の方が――あなたにふさわしいでしょうから。あの頃は守られてばかりでした。けれど、いまは違います。隣に立てます。あなたの剣が振るわれるなら、私はその影を断ちます。あなたが迷うなら、私は支えになります」


 その言葉は静かだったが、確かな決意を帯びていた。

 誇りと安堵、そして長い孤独をようやく越えた温もりが、胸の奥からにじみ出ている。


 アリスは一瞬だけ目を細める。

 胸の奥に、静かな共鳴が広がった。

 三百年という時間の隔たりが、いまこの瞬間、音もなく縮まっていく。


「……そう。じゃあ、これからは頼りにするわ。騎士様」


 冗談めかした調子でそう告げながらも、視線は真剣だった。

 レイリスはその視線をまっすぐに受け止め、深く頷く。


「はい。何度でも誓います。あなたの傍に在ることを」


 夜風が二人の間を通り抜ける。

 噴水の水面が揺れ、月光が砕けた銀の粒のようにきらめく。


 言葉はもう多くを必要としなかった。

 静かな夜の広場に満ちる空気が、それだけで十分に語っている。


 互いに失われたと思っていた時間。

 それでも途切れなかった絆。


 その証が、いま確かに、二人の間に息づいていた。


 アリスはふと顔を上げ、その瞳にやわらかな光を宿して言った。

 噴水の水面に映る月が揺れ、その反射が蒼い瞳の奥で淡く瞬く。

 先ほどまでの涙の余韻を含んだ空気は、いつの間にか穏やかな夜の気配へと溶けていた。


「そういえば……クラリスも、あなたが知っている人よ。きっと、会えばすぐに分かるわ。あの人は、隠すのが下手だから」


 どこか含みを持たせた声音。

 からかうようでいて、確かな確信が込められている。


 レイラは一瞬、驚いたように目を伏せる。

 青白い睫毛が影を落とし、胸の奥にしまっていた記憶がわずかに揺れる。


 ほんのわずかな沈黙の後、静かに言葉を紡いだ。


「誰とは申しませんが……なんとなく、そんな気がしておりました。あの方の魔力の揺らぎは、どこか懐かしくて……理知的で、けれど不器用で。あの時代を知る者特有の“静けさ”を感じておりましたから」


 その声には、どこか安堵にも似た微かな響きが混じっていた。

 長いあいだ胸に抱えてきた秘密が、ほんの少し共有されたことで、心の重さがやわらぎ、呼吸が深くなる。


「やっぱりね」


 アリスはくすりと笑う。

 月光に照らされた横顔は、少女の無邪気さと王祖の静かな威厳を同時に宿していた。


「全部言わなくても分かるなんて……三百年って、伊達じゃないわね」


「ええ。ですが、こうして同じ夜に立ち、同じ月を見上げられることの方が、奇跡のように思えます」


 その言葉は小さく、しかし確かな温度を持って夜気に溶けていく。


 その時、遠くから賑やかな一般人の声が聞こえてきた。

 市場帰りの笑い声、酒場からこぼれる歌声、家路を急ぐ家族の談笑。

 石畳を踏む足音が重なり、灯りに集う人々の気配が王都の夜を生き生きと満たしている。


 焼き菓子の甘い匂いと、炭火の香りが風に乗って漂った。

 生き生きとした日常の音が、まるで別世界のように二人の静かな時間へと溶け込んでいく。


 二人は自然と顔を見合わせ、無言のまま微笑みを交わした。

 目に宿る優しさは、言葉以上の絆を語っている。


 アリスが静かに囁く。


「じゃあ……また今度。今度は、ちゃんと三人で。昔話の続きをするのも悪くないでしょう?」


 軽やかな口調だが、その奥には確かな約束が込められていた。


 レイラも、口元をわずかに和らげて応える。


「はい。必ず。その時は、今度こそ隠し事なしで参ります」


「それはどうかしら。あなた、まだ色々隠してそうだもの」


「……否定はいたしません」


 小さな笑いが、二人の間で重なる。

 それだけの短い言葉が、彼女たちの間に深い約束を結んだ。


 やがて、ゆっくりと、しかし確かな歩調で、二人はそれぞれの帰路につく。

 並んで歩くわけではない。

 だが、背中を向けても不安はない距離。


 夜風が柔らかく頬を撫で、灯火に揺れる影を長く伸ばす。

 石畳に落ちた影は一瞬だけ重なり、そして静かに離れていく。


 今日という一日の終わりを告げるように、静かで優しい時間が、王都の夜を包み込んでいた。

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