閑話 第一六二回 王立魔導学院 学内武術競技会 -四年次- 第13話
閑話 四年次の武術競技会編 第13話、
ついにフレイドとアリスの剣術部門の決着です。
間合いを再び大きく開けたことで張り詰めていた攻防の圧がわずかに緩み、アリスは荒れかけていた呼吸を抑え込みながら今までの一連の攻防を冷静に考察する思考へと意識を切り替える。
耳に残る金属音の余韻と腕に伝わる衝撃の残響がまだ消えきらず、その感覚が直前の攻防の激しさを否応なく意識へと引き戻す。
フレイドとアリスは互いの間合いを詰めることなく、視線を外さないまま左回りにゆっくりと弧を描くように動き続ける。
足裏が石畳を擦る微かな音が一定の間隔で繰り返され、そのわずかなリズムの変化が踏み込みの予兆となり得るため、双方の意識がそこへ集中する。
円を描くような移動の中で肩の揺れと重心の移動、呼吸の間がわずかに変化するたびに、次の一手の可能性が無数に分岐していく。
アリスはフレイドから二枚の軽量アーマーを脱着させているという結果を視界の端で捉えながらも、その内訳と過程を瞬時に反芻することで状況を冷静に分析する。
二枚目に関しては確かに有効打として成立しているが、あれは流れの中で押し切ったものではなく一瞬の判断に賭けて通したものであり、再現性のある優位とは言えないと理解する。
(……二枚取ってる……でも二枚目は……あれは賭け……通っただけ……)
腕に残る衝撃と呼吸の乱れがわずかに意識へ浮かび上がり、受け続けていた負荷が確実に蓄積していることを自覚する。
フレイドの動きは崩れていない。
呼吸も乱れていない。
体勢も安定している。
(……流れは……まだ向こう……)
自分が押しているように見えて実際には主導権を握り切れていないことを認識し、その差がどこにあるのかを思考の中で即座に整理する。
(……このまま同じ形を続けても崩せない……別の形を作らないと……)
アリスはわずかに呼吸を整えながら視線を逸らさずフレイドを見据え、その内側で次の一手を組み立てることで自分がまだ劣勢にあることを受け入れる。
だがその認識は迷いではない。
次へ進むための判断として、確かに定まっていた。
アリスとフレイドは間合いを保ったまま互いの重心の揺れと呼吸の間を読み切った瞬間に同時に踏み込む。
張り詰めていた空気を切り裂くように一斉に連続攻防を開始する。
足裏が石畳を強く叩く乾いた音が鋭く響き、その踏み込みで生じた反発が膝から腰、背筋へと連動して推進力へと変換され、両者の身体が弾けるように前方へ加速する。
最初にぶつかるのは中段の斬撃と斬撃であり、互いの刃が同一の軌道へ収束することで正面衝突が発生し、その瞬間に生じた衝撃が腕から肩へと一気に伝わる。
――ガァンッ。
重く鈍い衝突音が結界内に響き、振動が空気を震わせる中で両者は反動を逃がさず制御しながら次の動作へと移行する。
アリスは刃を下へ滑らせることで流れを切らずに足元を刈り取る低い斬撃へ繋げ、石畳すれすれを走る刃が空気を裂きながらフレイドの足場を奪いにいく。
フレイドは剣の角度をわずかに変えることでその軌道を受け流し、刃同士を擦らせることで力を外へ逃がしながら体勢を維持する。
その瞬間、アリスは下段からの流れを止めることなく体幹の回転を加えて切り上げへ転じ、刃を下から上へ鋭く振り抜く。
フレイドは半身になることで軌道を外しつつ同時に上段から斬り下ろしを重ねることで攻撃を返し、上下の軌道が空間内で交差する。
――キィンッ。
鋭い金属音とともに刃と刃が擦れ合い火花が散る。
アリスはその衝突の感触を利用して手首を返し剣を弾き上げることでフレイドの軌道を外し、そのまま横一閃へと繋げる。
踏み込みと回転が重なることで遠心力が加わり、横方向へ振り抜かれる刃が空間を薙ぎ払うように迫る。
フレイドは重心を落としながら剣を横へ差し込むことで正面から受け止め、受けた瞬間に関節を緩めることで衝撃を分散し足元へと逃がす。
――ガァンッ。
衝撃が石畳へと抜け床がわずかに軋む。
しかし均衡は崩れない。
フレイドは受け止めた剣を押し返すのではなく滑らせることでアリスの剣の軌道を外側へ流し、その反動を利用して一直線の突きを放つ。
踏み込みと連動した突きは鋭く、刃が空気を裂く音が耳に残るほどの速度で伸びる。
アリスはそれを紙一重で外しながら身体を捻り、刃を下から巻き上げるように当てることで突きの軌道を弾き、そのまま横方向への斬撃へと繋げる。
フレイドは足を止めず踏み替えと同時に体勢を入れ替え、刃先同士を合わせることで衝突させ、その反動で距離と角度を微調整する。
――キィンッ、ガァンッ。
連続する衝突音が重なり反響が結界内を満たす。
アリスはさらに踏み込みを強め右からの斬撃をフェイントに左側へ軌道を変え、視線の外から切り込むように攻撃を重ねる。
フレイドは肩の動きと視線のわずかな揺れからその意図を読み取り、最短の軌道で剣を差し込むことで再び受け止める。
刃がぶつかるたびに衝撃が蓄積し腕へ伝わる振動が細かく残る。
呼吸は浅く速くなるがどちらも崩れない。
(……読まれてる……でも通る……まだ通る……!)
アリスは攻撃を止めず上下左右の軌道を絶え間なく切り替えながら防御の基準を揺さぶり続ける。
(……速い……正確だ……だが……崩せないわけじゃない……!)
フレイドもまたすべての攻撃に対応し続け、受け流しと受け止めを使い分けながら反撃の機会を探る。
互いの剣が何度も交差し、そのたびに刃と刃が激しく衝突して火花が散ることで衝撃が連続して発生する。
弾かれた軌道は即座に滑りへと変換され、その流れのまま次の斬撃へ繋がることで攻撃と防御が一体となった連続動作として成立する。
すべての動きが一つの流れとして連続し、攻撃と防御の境界が曖昧なまま高速で入れ替わり続けることで主導権が固定されない状態が維持される。
均衡は崩れず完全に拮抗した状態が続き、アリスとフレイドは互いに一歩も譲らないまま互角に渡り合っていた。
激しい攻防を続けたことで両者の呼吸は明らかに乱れ、肩で息をするほどに消耗が蓄積していることが動きの端々から伝わる。
踏み込みのたびにわずかに重くなる足取りと、振り抜いた後に残る微かな遅れが、これまでの負荷の大きさを物語る。
アリスとフレイドは互いに視線を外さないまま、ゆっくりと間合いを開け、張り詰めていた距離を意図的に緩めることで一度流れを切る。
石畳を擦る足音が静かに響き、数歩分の距離が確保されることで空間にわずかな余白が生まれる。
荒くなった呼吸を整えるために胸郭が上下し、吐き出される息が熱を帯びて空気を揺らす。
フレイドが一度大きく息を吐き、そのまま深く吸い込むことで呼吸のリズムを整えながらアリスへ視線を向ける。
「……ここまで楽しい試合は初めてだ。ここまで読み合いが噛み合う相手と剣を交えることになるとは思っていなかった。本当にありがとう」
その声音には作為のない率直な感情が滲み、戦闘の最中であるにもかかわらず純粋な喜びがそのまま言葉として表れている。
アリスはその言葉を正面から受け止め、荒れた呼吸を抑えながらもわずかに口元を緩める。
「……こちらこそです。こんなに全力でぶつかっても崩れない相手は初めてで、正直すごく楽しいですし、まだ終わらせるつもりもありません」
短い言葉の中に確かな意思が込められ、その瞳には疲労を押しのけるような熱が宿る。
「……このまま、最後までやり切りましょう」
フレイドは小さく頷き、その表情にわずかな笑みを浮かべる。
「……ああ、望むところだ」
その言葉と同時に空気が再び張り詰める。
呼吸が整う。
視線が固定される。
次の瞬間。
アリスとフレイドは同時に踏み込む。
踏み込みと同時に発生した加速は直線ではなく、互いに半歩ずらすように斜め方向へ展開されることで正面衝突を避けながら間合いの内側へ侵入する軌道を描き、足裏が石畳を強く叩く乾いた音が重なって空間に鋭く響く。
最初に放たれるのは斬撃ではなく間合いの圧を崩すための牽制であり、アリスは剣先をわずかに揺らして視線を誘導しながら相手の反応を引き出し、その反応がわずかに遅れた瞬間に踏み込み角度を切り替えて別軌道へ侵入する。
フレイドはその揺らぎを見逃さず、剣を振るのではなく一歩引くことで間合いの基準をずらし、攻撃の成立条件そのものを崩すことで流れを制御する。
距離がずれるが止まらない。
アリスは踏み込みをさらに深くし、相手の軸の外側へ回り込むように移動することで側面からの攻撃線を構築し、その過程で空気を切る風圧が頬をかすめる。
フレイドは即座に回転し身体ごと向きを合わせることで死角を作らず、その回転の中で剣を振り上げるが、その軌道を途中で止めることでフェイントとし、次の瞬間には切り返しとして横から鋭く走る。
アリスはその変化を読み取り、踏み込みを止めることなく、さらに前へ入り込むことで攻撃線の内側へ侵入し、剣ではなく身体の位置で軌道を外すことで直撃を回避する。
距離が極端に詰まる。
だが接触はしない。
互いに剣の有効距離を維持したまま最短の軌道で刃が交差する。
――キィンッ。
鋭い衝突音が短く弾け、その振動が腕から肩へと伝わる。
そこからは連続ではなく断続となり、一撃ごとに間を作りながら互いに読みを重ねていくことで、攻撃そのものが探り合いへと変質する。
アリスは上段へ構えたまま動かず視線だけをわずかに動かすことで踏み込みの起点を隠し、呼吸のリズムを一定に保つことで意図を悟らせない。
フレイドはその呼吸の間を測り、わずかな胸郭の動きと重心移動から踏み込みの瞬間を見極めようとする。
同時に両者は踏み込み、わずかな間も置かずに再び動き出すことで先ほどまでの静止状態から一気に戦闘へと移行する。
今度は互いに軌道をずらさず真正面から直線的に踏み込むことで、回避ではなく正面衝突を前提とした攻防が成立する。
刃が交差する瞬間、踏み込みの速度と体重の乗った力がそのまま衝突へと変換されることで重い打撃音が響き、衝撃が腕から肩へと伝わりながら床へと抜けて石畳がわずかに軋む。
――ガァンッ。
アリスは弾かれた勢いを逃がさず、その反動を利用して身体を回転させることで軌道を変化させ、正面から外れることで背後側へ回り込むように攻撃線を構築する。
フレイドは振り向くことなく足運びのみで位置を修正し、重心移動だけで角度を調整することで視線と攻撃線を一致させる。
次の瞬間には再び両者の刃が最短距離で交差し、鋭い金属音とともに衝突が発生する。
――キィンッ。
互いに一歩も譲らず、攻撃と防御が連続ではなく断続的に繰り返されることで一撃ごとの読み合いが支配する構造へと変化していく。
(……さっきとは違う……この人、形を変えてきてる……!)
(……いい、読みが深くなっている、だがまだ崩れない……!)
戦闘の質が変化し、単純な速度勝負ではなく精度と選択の積み重ねによって一手ごとの価値が増していく。
均衡は崩れず維持され続けるが、先ほどとは異なる形で拮抗が成立し、互いに主導権を奪い切る決定打には至らない状態が続く。
アリスとフレイドは、再び互角のまま別の領域で渡り合っていた。
そしてついにアリスはフレイドが一瞬だけ間を開けたわずかな隙を逃さず捉え、その刹那に踏み込みの速度をさらに引き上げることで左胴体のわき腹へ向けた斬撃を正確に差し込む。
踏み込みと同時に振り抜かれる刃は低く鋭い軌道を描き、体幹の回転と連動した力がそのまま斬撃へと乗ることで空気を裂く音を伴いながら一直線に迫る。
フレイドはその隙を突かれたことで攻防へ移る初動がわずかに遅れ、その一瞬の遅延が致命的な差へと変わりかける。
それでも反射的に腕を引き上げながら剣を脇元へ差し込むことで防御位置を極限まで引き寄せ、崩れかけた体勢を強引に修正しながらアリスの刃を受け止める。
――ガァンッ。
鈍く重い衝突音が結界内に響き、刃と刃が正面から激しくぶつかることで生じた衝撃が腕から肩、背筋へと一気に伝播する。
しかしその衝撃の主導権はアリスにあった。
踏み込みの勢いと回転によって生まれた斬撃の力が防御の上から押し込み、フレイドの剣にかかる負荷が瞬時に限界へと達する。
フレイドの剣が押し切られる。
防御が崩れる。
わずかに開いた空間へアリスの斬撃の軌道がそのまま滑り込む。
その剣戟はフレイドに直撃し、踏み込みと回転によって増幅された衝撃が防御の上から叩き込まれることでわき腹の判定部位へ正確に到達する。
衝突と同時に軽量アーマーの制御が反応し、衝撃を有効打として認識した瞬間に最後の一枚の装甲が弾けるように外れ、空中へと浮かび上がる。
――決まった。
観客席の空気が張り詰める。
だがその結果が確定するよりもわずかに早く、ほんのコンマ0.2から0.3秒、先行する形で別の異変が起こる。
アリスの手に伝わる感触が変わる。
重さが消え、抵抗が抜ける。
次の瞬間、これまでの死闘に耐え続けていた模擬剣が内部から限界を迎え、蓄積された負荷に耐え切れずに崩壊することで刀身が一気に砕け散る。
――バキィンッ。
鋭く乾いた破砕音が結界内に響き渡り、刃は形を保てないまま無数の破片となって空中へと飛び散ることで光を反射しながら軌跡を描く。
衝撃の余韻の中で勝敗を決定づけたはずの一撃と武器の崩壊がほぼ同時に成立することで、その場の時間が一瞬だけ引き延ばされたかのような感覚が生まれる。
アリスの手には、砕けた柄だけが残っていた。
「え?」と両者は同時に思考を止めるほどの違和感を覚え、目の前で起きた模擬剣の粉砕という予想外の事象に反応が遅れる。
同時にフレイドの最後の軽量アーマーが衝撃の余韻に押し出されるように地面へ落下し、そのまま石畳の上を転がりながら乾いた音を響かせて停止する。
アリスは手に残った柄の感触と消えた重量の差に一瞬理解が追いつかず、視線が無意識にその転がった装甲と自分の手元を行き来する。
フレイドもまた視線をわずかに落とし、砕け散った破片と転がる装甲の双方を同時に捉えながら状況を把握しようとする。
観客席もまた同様に静まり返り、誰もが目の前で起きた二つの出来事がほぼ同時に成立した事実を理解しきれないまま息を呑むことで空気が凍りついたように止まる。
主審はその光景を前に一瞬言葉を失いながらも判定を下そうと口を開くが、視線がアリスとフレイド、そして砕けた模擬剣の残骸と転がる最後の装甲へと行き来することで判断が揺らぐ。
「し、勝者……アリ……」
言葉が途切れる。
次の瞬間主審自身も事態の異常性に気づいたかのように言葉を止める。
「……え?」
その一言は場にいる全員の疑問と完全に一致していた。
観客がその光景にざわめき出し、張り詰めていた空気が一気に崩れることで競技場全体に波のような騒ぎが広がる。
どちらにしろ試合は終了となったが、問題となったのは軽量アーマー脱着のタイミングと武器破損のタイミングのどちらが先であったかによって勝敗が変わるという点であり、その判断が即座には下せない状況であった。
主審は一度判断を保留し、副審へ視線を送りながら確認を取るが、その表情には明らかな迷いが浮かび、即断できない事態であることが周囲にも伝わる。
やがて副審、さらに学院の講師たちが次々と結界内へ集まり、十名近くが輪を作るようにして状況の確認と議論を開始する。
「今のは同時に見えたが、わずかに剣の破損が先だったようにも見える」
「いや、装甲の脱着が先だ、衝撃が入った瞬間に外れていたのを確認している」
「問題は有効打の成立タイミングだ、接触した瞬間で判定するのか、それとも装甲の離脱をもって成立とするのかで結論が変わる」
「衝突と破損の時間差は極めて小さい、肉眼での判断は限界に近い」
それぞれが視点を共有し、どの瞬間が先であったのかを言葉と身振りで再現しながら検証を重ねるが、衝突と破損がほぼ同時に発生していたために意見が分かれ、結論は容易には出ない。
その一方でアリスとフレイドは中心からわずかに外れた位置に立たされたままとなり、議論の輪から距離を置かれた状態で状況の推移を見守るしかなく、完全に置き去りにされたような空気が漂う。
互いに言葉を発することもなく、ただ自分の呼吸を整えながら視線だけを交わし、その奇妙な静けさの中で結果を待つことになる。
観客席でも同様に議論が巻き起こり、それぞれが自分の見た瞬間を主張しながら周囲と意見をぶつけ合うことで、競技場全体がひとつの討論の場へと変わっていく。
「今の絶対同時だろ、どっちが先とか分かるかよ」
「いや違う、わき腹の一撃が入った瞬間に装甲が外れてた。そのあとに剣が砕けたように見えた」
「いやいや、剣の方が先に砕けてたぞ、だからあれは無効になるんじゃないのか」
「どっちにしても判定難しすぎるだろ、あれは普通じゃ判断できないって」
議論が続く中で、やがて観客と主審たちの双方に一つの事実が浮かび上がる。
有効打でなければ、軽量アーマーは脱着しない。
「……待て、そもそも有効打じゃなければ装甲は外れないはずだ」
「そうだ、制御は判定と連動している。衝撃だけでは外れない仕様だ」
「つまりあの脱着が起きた時点で、有効打は成立しているということになる」
その理解が共有された瞬間、議論の方向が一斉に収束し始める。
フレイドはその結論を聞き終えるとゆっくりと息を吐き、肩の力を抜きながらアリスへ向かって歩み寄る。
戦闘時の緊張がわずかに解けたその足取りは静かで確かであり、その表情には納得とわずかな清々しさが混ざっている。
「……参った、これは完全に俺の負けだ。最後の一撃は間違いなく有効だったし、その時点で勝敗は決まっていた」
淡々とした言葉でありながら、その中には結果を受け入れる潔さが滲んでいる。
アリスはその言葉を受け取るが、すぐには反応できない。
視線がわずかに揺れ、砕けた模擬剣の柄とフレイドの外れた装甲を交互に見つめる。
「……え、でも……その……私の剣も……砕けて……」
言葉がまとまらない。
思考が追いつかない。
「……納得できないです。……これで本当に勝ちなのか、まだ判断がつかないです」
アリスの中では結果と感覚が一致しておらず、勝利という結論をそのまま受け入れることができないまま立ち尽くす。
フレイドはそんなアリスを見てわずかに苦笑し、その迷いごと受け止めるように静かに言葉を返す。
「……その迷いも含めて、君の強さだよ」
そのとき一人の講師がマジックビジョンを片手に主審たちの輪へと割って入り、やや息を整えながらも確信を帯びた表情で装置を掲げる。
その視線は主審へ真っ直ぐ向けられ、言葉と同時に装置の表面に淡い光が走り、場内のざわめきがわずかに静まる。
「……これを見てください」
提示された映像には先ほどの衝突の瞬間が拡大された状態で再現されており、肉眼では捉えきれなかった時間の流れが極めて緩やかに引き延ばされている。
結界内の空間がそのまま切り取られたかのような映像の中でアリスの斬撃がフレイドのわき腹へと到達する直前の軌道が鮮明に映し出され、観ている者の呼吸さえも止まるほどの緊張が場を支配する。
次の瞬間刃が接触し、衝撃が伝わることで軽量アーマーの表面にわずかな歪みが生じ、その内部制御が反応を開始する兆候がはっきりと確認できる。
だがそのさらにわずか前、アリスの模擬剣の刀身に細かな亀裂が走り、内部から崩壊が始まっている様子が映像の中で明確に捉えられることで、時間の順序が視覚的に突き付けられる。
接触が起き、衝撃が伝わり、そしてアーマーが外れる。
時間差はほとんどないが、しかし確かに順序は存在していたと誰もが理解せざるを得ない形で示される。
主審たちはその映像を食い入るように見つめ、誰一人として言葉を発さないまま数秒間の沈黙が流れ、その沈黙がかえって事態の重大さを浮き彫りにする。
やがて一人が小さく息を呑み、その音さえもはっきりと聞こえるほど場内は静まり返っている。
「……これは……」
別の者が目を見開き、視線を外さないまま映像を追い続ける。
「……剣の方が、先に崩壊している……」
さらに別の講師が映像を指差しながら声を上げ、その声には驚きと理解が同時に滲む。
「……だが、その直後に打撃が成立している、有効打の判定がどこに置かれるかで結論が変わる……!」
驚きと理解が同時に広がり、主審たちは互いに顔を見合わせることでそれぞれの認識を共有し、再び判断を下すための議論へと入っていく。
そして数分を有し結論を告げることとなる。
主審は前へ出て姿勢を正し、競技場全体へ届くよう声を張り上げながら判定の説明を開始し、その声音には迷いが消えている。
「マジックビジョンによるスロー再生の結果、軽量アーマーが脱着する前に模擬剣が破損し始めていたことを確認した」
その言葉が静まり返った場内へと響き、観客の誰もがその結論を飲み込もうとする。
「よって本試合は剣の破損による試合続行不可能と判断する」
わずかな間が置かれ、その一瞬がやけに長く感じられる。
そして。
「よって、勝者はフレイド・クレイス!」
その宣言が結界内に響き渡り、場内の空気が再び大きく揺れる。
フレイドはその瞬間に目を見開き、理解が追いつかないままその場に立ち尽くし、思考が一瞬停止したかのように動けなくなる。
「……は?」
思わず漏れた声は驚愕そのものであり、周囲の空気と同じ温度を帯びている。
次の瞬間フレイドは我に返ったように一歩踏み出し、主審たちへ向かって声を上げ、その声には納得できないという強い意思が明確に乗る。
「いや、それはおかしいぞ!今の一撃は確実に入っていたし、有効打として成立していたはずだ!」
その言葉は鋭く場内に響き、観客のざわめきが再び強まる。
だが主審と講師たちは落ち着いた様子でその言葉を受け止め、手を軽く上げて制することで感情の高まりを抑え込む。
「判定としては妥当だ、感覚と結果が一致しないのは理解できるが、ここは規定に従いなさい」
その言葉を受けてもなおフレイドは食い下がり、一歩も引かないまま主審たちへ詰め寄るように前へ出て、その表情には納得できないという強い感情がはっきりと表れている。
肩で息をしながらも視線は鋭く、先ほどまでの戦闘の熱がそのまま言葉へと乗り、わずかに震える呼気が空気を揺らす。
「いや、それでもおかしいだろ!あの一撃は確実に入っていたし、あれを無効にするのは納得できない!」
その声は競技場全体に響き、静まりかけていた観客席のざわめきが再び波のように広がり、張り詰めた空気が揺れ戻る。
そのとき。
アリスが静かに前へ出る。
まだ呼吸は荒く胸が上下しているが、その足取りは迷いなく、手には砕けた柄しか残っていないにもかかわらずその立ち姿には揺るぎがない。
フレイドの隣へと並び立ち、わずかに視線を上げることで真正面からその言葉を受け止める姿勢を示す。
「……これは競技である以上、ルールがあるわ、ルール上の解釈がそういう結果を出すなら、私はそれに従うわ」
その言葉は静かでありながら確かな重みを持ち、戦闘で示した力とは別種の強さとして場に落ちる。
フレイドはその言葉に目を見開き、一瞬言葉を失いながらも感情を抑えきれず胸の奥から噴き上がるものを押し出すように声を上げる。
「君はそれでいいのか!我々の正真正銘の戦いを、こんな形で終わってしまっていいのか!」
その声には悔しさと納得できなさが混ざり合い、戦士としての純粋な思いがそのままぶつけられることで場の空気がさらに強く揺れる。
アリスはその言葉を真正面から受け止めるが、すぐには返せずにわずかに困ったような表情を浮かべ、ほんの一瞬だけ視線が揺れる。
それでも逃げずにフレイドを見続け、呼吸を整えながら言葉を選ぶ。
「……でも、これは競技ですよ、フレイド先輩」
もう一度同じ言葉を繰り返すことで、その意味をよりはっきりと示す。
その声は柔らかいが決して揺れておらず、決意と受容が同時に込められている。
フレイドはその言葉を受け、しばらく沈黙することで内側の感情を押し留める。
拳がわずかに握られ、歯を食いしばることで感情の行き場を抑え込む。
だがやがて大きく息を吐き、その呼気とともに力を抜いていく。
「……分かった、納得はできないが……それでも規定がそういう結果を出すなら、従うしかないな」
しぶしぶではあるがその言葉には受け入れる意思が確かに込められていた。
やがて議論と応酬の余韻が静まり、競技場全体に再び秩序が戻り始める中で主審が改めて一歩前へ進み出ることで場の視線が一斉に集まる。
張り詰めていた空気を整えるように一度深く息を吸い込み、そのまま競技場全体へ届くよう声を張り上げる。
「これにて本試合の判定は確定する、剣術部門優勝はフレイド・クレイス、第二位はアリス・グレイスラーとする」
その宣言が結界内に響き渡り、遅れて観客席から大きな歓声と拍手が巻き起こることで試合の終結がようやく現実のものとして広がっていく。
フレイドはその言葉を静かに受け止めながらわずかに視線を落とし、納得しきれない感情を胸に抱えつつも結果として受け入れる姿勢を崩さない。
アリスもまた砕けた柄を握ったままその場に立ち、複雑な思いを抱えながらも競技としての結末を受け止めるように静かに息を吐く。
試合後。
競技場の喧騒が徐々に落ち着きを取り戻していく中で、アリスは控え席の端へと足を運び、そのままレティアの隣へと腰を下ろすことでようやく張り詰めていた緊張を解く。
手に残った砕けた柄を無意識に見つめながら大きく息を吐き、その呼気とともに抑え込んでいた感情が少しずつ外へと溢れ出していく。
「……はぁ……なんなのよあれ……あんな終わり方、納得できるわけないじゃない……」
その声には悔しさと戸惑いが混ざり合い、戦闘とは別の意味で消化しきれない思いがそのまま滲んでいる。
レティアはその様子を静かに見つめながら何も遮らず、ただ隣にいることでアリスの言葉を受け止める姿勢を崩さない。
わずかに頷きながら視線を合わせ、言葉を急がせることなくそのまま聞き続ける。
「……最後の一撃、ちゃんと入ってたのに……それで負けって言われても、頭では分かってても気持ちが追いつかないのよ……」
アリスは視線を落としたまま拳を軽く握り、言葉を吐き出すことで自分の中に残った感情を整理しようとする。
「……でも、競技だし……ルールがそうなら従うしかないって分かってるのも、また腹が立つし……」
吐き出しながら苦笑が混じる。
レティアはそんなアリスを見て小さく息を吐き、わずかに肩をすくめるような仕草で応じる。
「……まあ、あれは誰でも納得できないと思うわよ、むしろあそこで納得してたら逆に怖いわ」
柔らかい声でそう言いながら、アリスの感情を否定せずに受け止める。
「……でも、アリスはちゃんと最後までやり切ってたし、あのフレイド相手にあそこまで追い込んだのは事実よ、それは誇っていいと思うわ」
その言葉は慰めではなく、事実として静かに置かれる。
アリスはその言葉を聞いて一瞬だけ黙り込み、ゆっくりと顔を上げる。
そして表情が変わり、悔しさを残したままその奥に新たな熱が灯る。
「……そうね……だったら――」
アリスは立ち上がる。
その動作には迷いがない。
そして視線が前を向く。
「総合部門は絶対に優勝してやる!!」
こうして激闘の末に決着した試合は、最後まで波紋を残したまま幕を下ろすこととなった。
どうだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただけていれば嬉しいです。
このストーリーは、予約投稿は行わず、出来上がり次第、即投稿していきます。
そのため、投稿時間や日時は未定となります。
次のお話は、これから書きます。
少しずつの更新になりますが、気長にお付き合いいただければ嬉しいです。
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本編も引き続き、よろしくお願いいたします。




