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3時の卸売業者

ここはダンジョンコンビニ


数千点の商品を、24時間売り続けるブラックコンビニ。店員の男は飲料水の保冷庫棚に聖水を並べ終えると、ふと小さなため息をついた


「そろそろ、店員を増やしてほしいのですが」


男は、店の奥にある休憩室のコタツでくつろいでいる父親と母親に眉毛ひとつ動かさず懇願してみた


「あらーうちの店員ってマーちゃんだけだったかしらぁ?」

小さな赤子をあやしながら、天然の母親がくびをかしげて、父親の方を見上げる


「ブホオオ・・ブオ?」

「あらーそうだったのねー気づかなかったわぁ。ママったらおドジね〜。自分でめっ!ね」


こんな天然の母親だから、自分が皇国ではけっこう有名な聖女だったのに、勇者一行の回復師として同行した際に、ダンジョン内で迷子になって、オーガである父に攫われて背後からワッショイされたのを強引な求婚と勘違いし、結婚まで至った経緯のある人だし、息子が24時間働いているのに気づかないのもしょうがない

「ブフォブブフォーフォ」

「やーねーあなたったら。そんな天然なところもカワイイなんてぇ・・・んっ・・・だめよ、ここじゃ・・息子ふたりが見てるわ」

「ブオ・・・ブホオオ・・っ!!ブオ」

「やっ・・だめ・・・そこは・・あぁぁん」


だめだ。今日も話にならない。


ふと、休憩室の時計を見ると針は午後2時55分をさしていた


「店に戻ります」


午前3時と午後3時の2回卸業者が店の裏口からやってきて商品を卸してくれる。午後3時は食品関係の業者がくる時間だ


ピロピロピロリン♪


何かを獲得したような音が、裏口から聞こえるが、卸業者が入ってくるとき鳴る入店音だ


「ちわーっす。まいどケットシロネコヤマタイトでーすニャァ」

「お疲れ様です」


長いひげと、少しだけ折れた猫耳が特徴の女の子が、荷馬車を率いて、忍び足で音もなく入ってくる。自由気ままなネコ科にしては、時間は正確だし、毛の一本も商品に混ざっていないのはプロを感じさせるお得意様の業者だ


「今日は、新商品もおもちしましたーニャア」

しかし、なんでネコ科って語尾にちゃんとニャアをつけるのか、それとも律儀にわざとつけているのか


「そこの陳列棚にお願いします」

「はーいニャァ。しかし、ここのお店は毎度売り切れになるから助かりますニャー」


一日で一階階層に数百人の冒険者が集まるダンジョンは、食品がいくらあっても足りないくらいで、最後はすっかからかんになりそうになる。あ、24時間だから最後はなかったわ


「こんなに商品が多いと店員さん一人だと大変ですニャー」

新商品のスライムゼリーあんこ添えを並べながら、ちらちらとこっちを見る猫さんのひげが何か言いたそうにぴくぴくと小刻みに動いている


「仕事ですから」


「店員さんも休む暇もないんじゃないんですかニャー」


「そうですね」


もう少し声を大にして、店の奥でアンアンいちゃついている夫婦に聞こえるように言ってほしいものだ。幻覚魔法の効果も届かない休憩室で、聖女とオーガが夫婦仲睦まじい姿を弟もベビーベットの上できっと冷めた目をして見ているのだろう


「も・・もしですにゃ、もし他に従業員が欲しいときは・・・わ」


テッテレー♪ガー


「いらっしゃいませー」


自動ドアが開くと同時に、すかさずレジの前に立つ店員を見て、ケットシー娘は折れた耳をさらに垂らしてうなだれながら、トボトボと裏口から帰って行った


午前2時55分

店の奥では、相も変わらず夫婦仲睦まじい声が聞こえるが、店員はそれを気に留めることもなく、賞味期限間近の商品を確認していた


そろそろ、卸業者が裏口から入ってくる時間だ


ピロピロピロリン♪


「・・・お・・お疲れ様です。ま・・毎度、魔導薬局ニコリです」


緑と白のストライプ柄に【ニコリ】と書かれた帽子をかぶった少年が、裏口から顔だけのぞかせた


「・・・あ・・ち・注文のお品・・おおお持ちしました。・・の・・のののの納品書はこちらです。」

「いつもありがとうございます」


納品書に印鑑を押すと、少年は顔と手を引っ込めドア越しで納品の品名を伝えてくる

薬品から日用品を魔導会館に入っている魔導薬局ニコリさんに頼んでいるが、日ごろは研究室に籠って薬品の実験をしており、どうも配達要員でも対人関係スキルが低いらしい


それでも、自分たちで実験しているおかげか、効能効果はどの店よりも保証されており、品質も間違いないから、魔導薬局ニコリは顧客からも信頼が厚い


「ニコリさんの回復薬はよく売れて助かります。特に、新製品の22番の跳躍ポーションは商品を陳列する際に私も愛用させていただいています」

「あわわわわあわわ・・・」


少年はガタガタと振るえながら、肩掛けのショルダーバッグから小さな小瓶を取り出し、中の錠剤を一気に飲み干した


ゴキュんっという飲み込み音とともに少年の身体が光ると、帽子がふっとび、緑の髪は静電気を纏うように逆立っていた


「まず初めにあれはですね、我々魔導研究会の中でも最高傑作でして、跳躍の元であるラビットドルフの足とフラマキスバタフライの鱗粉を解体し結合するための呪文を解読するまでに、22年かかりまして、あ、それで22番なんですけど、それがまた一介の魔導士では1回で結合することが難しく、潤滑剤としてミスリ鉱山の洞窟にあるヒデンダケを混ぜることで、粘度がますことが分かったのはいいものの、瓶に詰め持ち込むには、それを液体状に変化させるという高度魔法が必要でして」


テッテレー♪ガー


「いらっしゃいませー」


「そして結晶化させたダンデ華を粉砕し約54時間硬化するまで混ぜて、あ、その方法と魔解読の呪文名は極秘なんですけど、お得意様である山田様のご依頼とあれば、一度魔導協会の方に見学へきていただいて」


午前4時05分


魔導薬局ニコリから帰りが遅いと向かえにきた研究員に配達員を引き渡し、受け取った商品を陳列棚に並べていく


しかし、あの夫婦もいつまでやっているんだ。長すぎておなかを空かせた弟が、こちら側にごはんを求めてハイハイまで覚えてしまった



今日もダンジョンコンビニには数千点の商品が、陳列棚に正確に美しく並んでいる。


「・・・はやく店員を増やしてほしい」


【24時間ブラックコンビニ山田店、アルバイト募集中】

男は店の窓に急募の紙を貼り、今日も無表情でレジに立つ

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