第二話 初動
日が変わる頃になって、パーソナルシェアからメッセージ着信通知が届いた。
発信者名は――野本玲。メッセージにはこうあった。
『なんか小池さんから紹介されたんだけど、優佳のこと知りたいんだって? 優佳の知り合いか何か?』
こちらを訝しむような、少しトゲのある文面だ。だが不審がるのは当然の状況だし、自分が逆の立場なら不審に思って連絡をしないかもしれない。連絡がもらえただけありがたいと思おう。
『初めまして。突然すみません。一年の花菊聡恵といいます。横江さんとは知り合いというわけではありませんが、何か困っていることがあるという噂を耳にしたので、お力になりたいと思っています。横江さんに何か変わった様子がないかどうか知りたいんですが、ご存じないですか?』
聡恵は失礼のないように推敲をした文面を送信した。
向こうもリアルタイムで見ているらしく、すぐに返事があった。
『もしかして、あの書き込みのこと気にしてんの? あれなら単なる気まぐれだって。本人がそう言ってた』
『そうなんですか? では、横江さんは普段とお変わりないんですか?』
『この前会ったときは、別にいつもと同じ感じだったけど。まあ、ああいう書き込みしたってことは何かあったんだろうけど、もう解決したんじゃない?』
送られてくるメッセージを見た限りでは、なんだかあまり親身に心配しているようには感じられなかった。ここで、じゃあ問題ないですね、で引き下がってはいけない気がした。
『そうですか。でもできれば、横江さんと直接お会いしてお話したいと思っているんです。私を横江さんに紹介していただけないでしょうか?』
聡恵は強気に切り出した。面と向かっては難しいが、文面上のやり取りだからこそなせる業だった。
『は? 何でそこまでするわけ? 怪しすぎんだけど?』
明らかに警戒されたことがわかった。しまったなあと思っても、もう後戻りはできない。
聡恵は、自分がココロ・プロブレム・ソリューションという、心の問題を抱えている人を助けるための団体でバイトをしていること、横江さんのパーソナルシェアでの書き込みの話を聞いて、彼女が何か悩んでいるのではないかと思い、助けになるために動こうとしていることを、つらつらと書き連ねて送信した。
しかし、大いに偏見であるが、野本さんのようなタイプの人は、KPSの理念に興味を示すことは無いような気がした。
しばらくして、返事がきた。『まあなんでもいいけど、あんたが思ってるより優佳は全然平気だと思うよ。赤の他人に心配されるなんて、ウザイと思われるのがオチだよ。変にあんたを紹介して、あたしまでウザイと思われたら嫌だしさ』
随分素っ気ない返事だった。聡恵の長ったらしい説明文は読み飛ばされてしまったのかもしれなかった。
聡恵は怯まず交渉を続けた。『でも、横江さんは今、大学に来ていないそうです。何か事情があるからではないでしょうか?』
『そうなの? 前からそんなに行ってなかったんじゃないの。学部違うからわかんないけど』
どうやら、野本は横江と大学で顔を合わせないらしい。
『横江さんとは、いつもはどこでお会いになるんですか?』
『ダンススタジオ。あたしらチーム組んでて、一緒に練習してるから。この前会った時も、別にいつもと変わりなかったよ。そんな深刻な悩みがあるんだったら、ダンスの練習しに来る余裕なんてないと思うけど』
この言い分には十分な説得性があった。これ以上しつこく聞くのは野暮に感じた。
聡恵は最後にお礼のメッセージを送ったが、返事はなかった。
電池残量が少なくなったスマホを充電器につなげて、聡恵は冷静に考えた。横江さんとダンスチームを組むほど仲のいい野本さんが、大丈夫だと言っている。それを疑う余地はあるだろうか。それに考えてみれば、何か心に大きく影響する出来事があって、その思いをどこかにぶつけたくなって、思わずネット上に吐き出してしまうなんてことはよくある話だ。小池さんや合田さんの話を聞いて、勝手に騒ぎを大きくしているだけなのかもしれない。そうだとするなら、まさに横江さんにとって迷惑以外の何物でもない。
聡恵は急に自分が恥ずかしくなって、野本からの話をメールにまとめて風山に報告すると、身を隠すように布団にもぐりこんだ。