芥川・直木の嘆き――「泥臭さ」を忘れた文壇に贈る、若獅子へのエール
芥川・直木の嘆き――「泥臭さ」を忘れた文壇に贈る、若獅子へのエール
1. 菊池寛が両賞に込めた「無私の原点」
現在の芥川賞・直木賞をめぐる議論を見ていると、どうしても原点からの「軌道修正」が必要な時期に来ているのではないか、と感じざるを得ない。
そもそも昭和十年に菊池寛がこの両賞を創設したときの目途は、至極シンプルで純粋なものだった。亡き友の記念であり、何より「食えない無名の新人作家を世に出し、飯を食わせてやるための援助」であった。そこには、本を売るための商業的な下心など微塵もなかった。
2. お汁粉の悶絶と、血を吐く前借り
その原点たる両先生の姿は、今のスマートな文壇とはかけ離れた、泥臭い執念に満ちていた。
芥川龍之介は、大のお汁粉好きで何杯もおかわりしながら文学を論じ、たった一文字の「てにをは」が気に入らないだけで、夜通し部屋を転げ回って悶絶したという。
直木三十五にいたっては、三十一歳から毎年「三十一」「三十二」と年齢に合わせてペンネームを変えるいい加減さがありながら、最後は結核で血を吐きながら病床で「原稿料を前借りさせろ、俺はまだ書ける」と金を無心し、文字通り命を削って大衆娯楽を書き殴った。
二人が見つめていたのは、世間の評判や売れ行きではなく、己の表現という名の深淵だったはずだ。
そしてこの「何が何でも書き殴る」という泥臭い執念は、現代の文壇よりも、むしろ毎日キーボードを叩き続けるウェブ小説の書き手たちにこそ、色濃く受け継がれているのではないだろうか。
3. 昭和の終わりまで守られた「一線」
昭和の終わり頃までは、文壇の選考委員たちもその「格」と「品位」を死守していた。レベルに達していなければ、両賞ともに「該当者なし」を叩き出す冷徹なプライドがあった。時代に合わせて変化することは大切だが、当時の大人たちは「迎合」だけは決して許さなかったのだ。
4. 商業主義への「迎合」と、軌道のズレ
ひるがえって現代の運営はどうだろうか。
出版不況やSNSのバズに背中を押され、半年に一度の「お祭り」を維持するために、どこか無理やり受賞作を捻り出しているような、商業主義への迎合が見え隠れする。結果として、純文学と大衆小説の境界は蒸発し、お洒落で小綺麗な、しかし「骨太な中味」を欠いた作品が並ぶようになった。元々の原点から、だんだんと軌道がズレてきているのだ。
5. 若き才能を傷つけない「大人の配慮」
しかし、ここで本当に批判されるべきは、小綺麗にまとまった作品を書く若い作家たちではない。彼らは時代の空気を敏感に吸い、全力を尽くしているだけだ。運営の都合による「格のインフレ」の犠牲者とも言える彼らを、決して傷つけてはならない。
いま、文壇に足りないのは「洗練さ」ではなく、読者を強引に牽引する「熱量」だ。型にハマらない、剥き出しのエネルギーを持った作品が、既存の文学賞から弾かれてしまう現状は歪んでいる。
そこで提案したい。もう「芥川・直木」という大正・昭和の重すぎる看板に縛られるのはやめにしないか。
6. 「該当者なし」の誇りと、「若獅子賞」の提案
例えば、本賞である「芥川賞・直木賞」は、原点に立ち返って選考基準を極限まで厳しくする。本当に対象となる器がなければ、堂々と「該当者なし」とすればよい。その代わり、未来の才能をすくい上げるために「若獅子賞」のような新たな賞を併設するのだ。
この「若獅子賞」には、本賞と同程度の栄誉と賞金、手厚いバックアップを約束する。これならば、本賞の「品位と格」を汚すことなく、これからの時代を担う若い作家たちに「お前たちは次世代の獅子だ」と、堂々と光を当てることができる。スマートにまとまる必要はない、傷だらけで吠えるからこそ、彼らは本物の獅子になれるのだ。
7. 看板の重みに自沈する前に
時代の波に迎合し、看板の重みで自沈していく運営を見過ごすわけにはいかない。両先生の嘆きを止めるためにも、今こそ制度の、裏付けのある「骨太な配慮」が必要なのではないだろうか。
そして、もし既存の文壇がその看板の重みで自沈していくというのなら、次の時代を作る「若獅子」たちは、この広大なウェブの海から現れるはずだ。スマートにまとまる必要はない。私たちはここで、傷だらけで吠え、己の文学を書き殴ればいい。
口先だけで終わらせるつもりはない。
あとがき 吠えただけで終わるなら、紙の上の評論家と同じだ。
私はまだまだ、ウェブの土俵に上がったばかりの序二段の書き手にすぎない。しかし、安全地帯から口を開くのではなく、実際に毎日泥にまみれて書いている人間として、いま現在のささやかな戦果をここに置いておく。
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noteでは俳句とエッセイを毎日一本。今日のこの一本も、その延長線上にある。




