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いったい、どれほどの時間が私をすり抜けていったのだろう?
身体に力が入らない。食事をする気力が湧かない。絵本を読みたいと思わない。睡眠や排泄、呼吸などの生理現象もしかたなく行うだけ。私は、人として最低限の存在に成れ果てた、生きた屍と化していた。
——この「箱庭」は、美しいものだけで作られている。
以前の私なら、そうであると信じて疑わなかった。きれいなもの、きたないもの、目に見えるもの、目に見えないもの、命のあるもの、命のないもの、意味のあるもの、意味のないもの——箱庭という世界のあらゆる存在は、どんな形であれ、どんな性質であれ、価値があると信じていた。全ては肯定すべきものなのだと。
しかし今の私には、世界は全く美しくない、醜いものだけで溢れているのだと思えてならなかった。あんなに輝いていたものは全て光を失っていた。美しいもので満たされていたはずの世界は、よくよく見れば真逆でしかない、汚穢に塗れていた。虫や黴の類は生命の巡廻ではなく、単純な嫌悪に変わり果てていた。床や壁の汚れは遥かなる時の流れを感じさせず、ただ不快感を与える事物に成り下がっていた。そして、かつては純粋に美しいと感じていたものにさえ目を瞑った。視界に映る全てが穢れそのものだった。
つまるところ、世界が美しいか醜いか、その良し悪しを判断するのは、物質そのものではなく、それを見つめる者が持つ眼——心の眼差しであるのだろう。汚れ曇ったレンズで覗いた世界は、きれいなレンズのものとはかけ離れており、本質を欠いている。同じ物体を見つめようが、磨かれたレンズと曇ったレンズでは視覚に差異が生じるのは当然である。
では、その場合、本物の世界とは果たして「どちらのレンズ」なのだろうか。美しいと感じる私、醜いと感じる私、そのどちらが真実なのだろうか。あるいは、そのどちらも正しくない場合、本物の世界とは一体どのようなものなのだろうか。 世界という、意味の有無を抱えた巨大な箱庭は、どうすればその全貌を捉えることができるのだろうか。
答えのない問題に思考を巡らせる時間は、私にとって現実逃避でしかなかった。
『パパの日』は相変わらず続いていた。抵抗する気力などは微塵たりとも起こらなかった。ただただ惰性的にそれを受け入れていた。身体中を疾走していく痛みさえも、夢と現の間をまどろんでいるせいか、人ごとのようだった。私の胸の中はすでに空っぽになっていた。棒で打ち付ければ、さぞかし良い音を鳴らすだろう。パパはそれを私にやって喜んでいるようだった。
私の中に詰まっていたはずの私はどこにいったのだろう。おそらくあの時の「かげおくり」の際に、影となって空へ昇っていってしまったに違いない。あるいは、私が眠っている合間に、本体の私に愛想を尽かし、扉の下口から勝手にすっ飛んで行ったはずだ。
今ごろ、彼女はどこにいるのだろう?
この家の外に出て、その世界の広さに驚きながらも、真上に輝く青空と太陽がすぐそこで見守ってくれていることを嬉しく思っているのか。素足の下に広がる砂利道を痛いと思いながら、草原の青をくすぐったいと思いながら、その感覚から彼女がほんとうに生きていることを理解するのか。手折った一輪の花を宝物のように持ち、明日の風が吹く方へと闊歩していくのか——。
なんてことのない妄想だ。叶わないことへの諦めに対する、せめてもの空想的な手向けでしかない。私は、自由になりたいのだろう。できることならば、この身体を抜け出し、私を飛び出した彼女になりたいのだと。
そんな妄想は、しかし私を救っていたのは事実だった。今ある現実から目を背かせてくれる、その心的な余地が今の私には必要だった。
——もしも、私に子どもが産まれたならば、こんなことを我が子に対して四六時中考えてしまうのだろう。まるで私がその子の目となり、手となり、足となり、耳となり、口となり、頭となり、心となり、私自身が世界を歩いていくような想いになって。
鏡の前でワンピースを脱ぐと、あざは全身に増えていた。もはや人の肌とは思えない色で私の身体は塗りつぶされていた。動かなくとも激痛が走るようになっていた。骨は折れているのか、分からなかった。過大評価するならば、三本くらいは折れていると思った。折れた中指はまっすぐに治っていたが、曲げにくくなっていた。顔はひどく腫れ、まるで朝食に出された着色料入りのロールパンのようだった。唐突に食欲が湧いた。頬に触れると火傷のようなヒリヒリとした痛みが走り、とても食べられそうになかった。
唯一傷のついていない手のひらは、物を触る喜びを私に教えた。触り心地という刺激は、私を蝕む痛みの残り香を忘れさせた。万物は醜いものだと思いながらも、私はその手触りを感じていった。この部屋にある物は全て触った。天井とランプだけはどう頑張っても触れなかったが、一つ一つ違う手触りや似ている手触りに、私の心は安穏を取り戻していった。
すべすべしていたり、ざらざらしていたり、ぬめぬめしていたり、ごつごつしていたり、ふにふにしていたり、つるつるしていたり、きゅるきゅるしていたり、ごわごわしていたり、ちくちくしていたり、さらさらしていたり、ふわふわしていたり、べたべたしていたり——。
部屋の中には実に様々な感触が溢れていた。特に、冷たくてすべすべとしたドアノブの感覚は一番心地がよかった。これは穢れた物なんだと思いながらも、私はずっとそれを触っていた。深夜になっても、朝になっても、それを触り続けていた。
ふと、どこまでも堕ちていけるような気がした。かつての友達は私の頭の中から去ってしまい、顔さえも思い出せなくなっていた。それだけではなく、声も、髪の色も、肌のぬくもりも、話した内容も、今まで過ごした時間も、何もかもを忘れていった。
それでもいいと思った。ひとりになったが、それでも平気だった。前と同じように独りに戻っただけで、壊れた「箱庭」の中に身を置いているだけだ。ここからまた、世界を創り直せばいい。醜い世界を再び、私なりの美しい世界に戻そう。どんなに時間がかかろうとも、できると思う。
全てを捨て、ゼロから始めよう。
これ以上傷つかないためにも。
これ以上壊れないためにも。




