エピローグ
長老が席についたので、お茶を入れると喜んで両手でカップをもってのんでくれた。可愛い。
エルフの里は可愛い人しかいないので、眼福過ぎるなぁ。居心地もいいし、本当に、仕事がなければずっと居たいくらいだと思いながらも、長老が真面目な顔になったので姿勢をただす。
「それで長老、話ってなんですか?」
「うん、これは言いにくいことなんだけど、実はこの里は現在少子化傾向があってね」
「はぁ。聞き及んでおります」
元々エルフは口内性交のみなので他の種族よりできにくいのだけど、最近はエルフも魔力が少ない人が生まれたりして、数が減っているわけではないけど、産まれるペースが落ちている、と言うのはナディアから聞いたことがある。
だからヴァイオレットのことも歓迎してくれたのだろうと思うので、喜んではいけないけど、ちょうどよかったと言う思いだ。
「うむ。だからね。ヴァイオレットさんがこの里にいる間だけでいいから、何人か、子供をあげてくれないかと思ってね」
「は?」
「ちょ、長老!? ななななに言ってるんですか!?」
意味の分からない提案に、ヴァイオレットが何か言うより早く、ナディアが勢いよく立ち上がって机をたたいた。木製の分厚い頑丈なテーブルに、はっきりナディアの手形が5ミリほどの深さでできている。
「落ち着きなさい、ナディア。この里を出るなら、後腐れもないだろう? それぞれ一度ずつでいいし、ヴァイオレットさんほどの魔力なら、一晩で全員を孕ませることもできるはずだ。これは里の為なんだよ」
「さ、里って!」
「な、ナディア、まぁ落ち着いてよ」
さらに机を叩こうとしたので、さすがに壊れると危惧してヴァイオレットは立ち上がって背後からナディアの肩を掴んで落ち着かせようと試みる。だけどナディアはますます激高したように振り向いて眉を逆立てる。
「なに落ち着いているんですか!? 式の間に気になる人でも見つけましたか!?」
「言いがかりだよ。単純に、断るつもりだから、突拍子もない話だなぁって落ち着いているだけだよ」
「そ……そ、そうですよね。ヴァイオレットさんがその気にならないと、意味ないわけですし?」
ヴァイオレットの言葉に、一瞬ぽかんとしてから、急ににやにやしたナディアは、誤魔化すようにそう言って席についた。
何とかなってほっとしてヴァイオレットも再度席につく。
「あの、ヴァイオレットさん、そう言わずに、もう少し前向きに考えてくれないだろうか。里の命運がかかっているんだ」
「そ、そう言われましても。それに、魔力が強いと評価いただいているみたいですけど、実際には、その、ナディアと今も子供ができていないわけですから、一回でとか、一晩でとか、無理ですから」
「んん? そんなわけないだろう? ちゃんと……あ、ナディア、ちょっと」
はっとしたように何かに気づいたみたいなわかりやすいリアクションをとった長老が、机に身を乗り出してちょいちょいとナディアを手招きして内緒話しようとするも、ナディアは嫌そうに身をひいてヴァイオレットに肩をよせる。
「あーん? なんですか長老? 私、長老と話すことなんて何もないですけど」
「いいから、耳を貸しなさい」
「はーい」
いやいや感がすごい、見たことのない顔でナディアが長老に耳を差し出す。長老はごにょごにょと何かを言った。
するとナディア徐々は顔を真っ赤にして、ぎろっと顔の前から見ているヴァイオレットの顔を見返して、右手をそっと自身の口元にあてた。
「そ、それは、その、確かに、魔力、つかってます」
「そうか。それは私から言ってもいいかい?」
「い、いえ……私から言います。ヴァイオレットさん」
「は、はい。なんでしょう」
ぎくしゃくした動きでナディアが今度はヴァイオレットに耳打ちする。
「あの、私がヴァイオレットさんにて……ま、魔力をそそいでもらったら、その、それをすぐに返しちゃったら駄目っていうか、ようは、私がヴァイオレットさんにすぐ魔力を送るから、駄目だったみたいで。その、普通はお互いに送るにしても、別日にするみたいです」
「あ、そ、そうなんだ……」
そう説明を受けて、魔力が強いと言われながら子供ができていない理由も、またナディアがめちゃくちゃに恥ずかしがっている理由もわかった。ヴァイオレットがもそうだし、同じだけナディアがヴァイオレットにしているのも筒抜けになったと言うことだ。
恥ずかしい。だがナディアはヴァイオレットより恥ずかしいだろう。祖父感覚の昔なじみの長老に知られたのだから。
恥ずかしさで固まってしまう二人を見かねたのか、長老はごほんとわざとらしく咳払いをして仕切りなおす。
「ごほん、ま、まぁ。そう言うことだから、改めて頼めないだろうか。人間は魔力より外見を重要視すると聞いているよ? ナディアに似た容貌の子なら、何人もいるんだけどどうかな?」
「……い、いえ、そんな、ナディアのことを好きなのは、ナディアだからであって、容姿は関係ないです。だからそう言ったことはできません」
正直なところナディアの容姿に一目ぼれしたところがないとは言わないけど、実際に中身もあっての今である。あとついでに言うと、ナディアがストライクすぎて他のエルフを一通りみても見ても可愛いとか綺麗とか思いはするけど、ナディアと会った時のような衝撃はなかった。
「ヴァイオレットさん……なんか間が長くないですか? それに、なんでどもったんですか?」
「え、いや、深い意味はなくて、単にそんなこと言われると思わなくて驚いただけなんだけど」
感動してとは言わないけど、まさかきっぱり断ったのにそんな疑惑を向けられるとは。ちょっと嫉妬深すぎでは?
ともあれ、ヴァイオレットの意思が固いことは伝わったようで、長老はため息をついた。
「わかったよ。ヴァイオレットさんにその気がなければ、いくら魔力が強くても無理強いでは子供はできないからね。諦めるよ。無理を言って悪かったね」
「いえ、わかってもらえたなら十分です。私をこの里に受け入れてくださったことは本当に感謝しています。それ以外で、私にできることなら致しますから」
本当に、長老の思惑が何であれ、この里がヴァイオレットを受け入れてくれたことも、それが嬉しかったことも変わらないのだ。だからこの里が少子化で困っていると言うなら、直接は無理でも、できることなら力になりたい。
「そうか……ならせめて、ナディアとの間に、10人は産んでほしいんだけど、いいかい?」
「え、あー……」
それはまぁ、不可能ではないけど、頑張るのはナディアになるわけで。
ちらっとナディアを見る。ナディアはまだ手で口を抑えたままだったけど、じっとヴァイオレットを見ていて目が合う。数秒見つめあい、ナディアはにへら、と目元をにやけさせた。なるほど。
「まぁ、はい。わかりました。可能な限りで。ただ、こちらの里に、となるかはわかりませんけど」
「もちろんだとも。エルフの血を絶やさないことこそ、重要だからね」
長老は笑顔で頷いた。何というか、これを言う為にわざと最初に無理難題を持ち出した気がしないでもない。やはり年の功か。
「じゃあ、そろそろお暇させてもらうよ。これ以上いると、ナディアに嫌われてしまうからね」
「もう嫌いです、あんな非人道的なことを言うなんて見損ないました」
席を立ち、帰ろうと玄関に移動する長老を見送るためについて行きながら、ナディアはそんな風に頬を膨らませて悪態をついた。長老は苦笑した。その表情はまるで孫に困らせられている祖父母そのもので、憎めないなぁとヴァイオレットも苦笑した。
「ナディア、そこまで言わなくてもいいだろう? 魔力が多いものが複数人と婚姻するのは一昔前ならざらだったし、外では魔力関係なく力あるものが何人も囲うことすらあるのだから」
「う。それは、そうかもですけど。でもそれは本人が望むからですし。ヴァイオレットさんは私に夢中なんですからね!」
「はいはい、十分に理解したよ。それじゃあ、ヴァイオレットさん、短い間だけど、うちを楽しんでいっておくれ」
「はい。ありがとうございます」
「それと」
す、と長老はヴァイオレットに半身より、片手で自身の口元を半分隠して続ける。
「もしナディアに飽きたり、別れたら、いつでも他の子を紹介するからね」
「長老の馬鹿!」
が、そんな風に内緒話風にしても、隣にいるナディアには丸聞こえなわけで、ナディアは勢いよく長老を突き飛ばした。長老は開けた玄関の外まで突き飛ばされた勢いで飛び出し、たたらをふんでなんとか転ぶのは回避した。
「な、ナディア、老人を少しはいたわってくれてもいいんじゃないかな」
「ふーん。知りません。ささ、ヴァオレットさん、部屋に戻りましょ」
「う、うん。それじゃあ、長老、また」
ナディアは躊躇わずに玄関ドアを閉め、ヴァイオレットの手をとって腕まで組んで、自室に向かう。
そして部屋に入って、ベッドに座ってもまだちょっと不機嫌顔なので、空いている右手で膨らんでいる頬をつつく。
「ナーディア、私はナディア以外にふらつかないから。そんなに膨らまないの」
「うー、ヴァイオレットさんのことは信じてますけどぉ。……あの、こ、子供ですけど。その、私がしなければ、すぐできるみたいなんですけど……どうします?」
「うーん、とね」
真っ赤な顔で、伺うように言われた。ヴァイオレットが魔力を送ってすぐにナディアが返していたので、子供ができるに至らなかったと言うなら、解決は簡単で、今夜にでもすぐに作ろうと思えば作れるということだ。
だけど、どうだろうか。今日まで子供ができればとたくさんしてきた。だけどそれはいつかできるか、というようなもので、絶対できる、とまで言われてしまうと、何だかすぐに作るのはもったいない気になる。
もちろん歓迎はする。だけど、いつでもできると言うなら、もう少しだけ、子供のいないお互いが一番と言う状態を楽しみたい気もするのだ。
「ねぇ、ナディア。もうしばらく、二人きりで、って言ったら、駄目かな?」
「……私も、考えてました」
「ほんと?」
「はい。私からお願いして申し訳ないんですけど。でも、もう結婚した以上、長老はともかく、他の人は大丈夫かなって思いますし」
「うん……じゃあ、これから、子供ができないように、いっぱいしようね」
子供はまだにしても、もうあの気持ちよさを知ってしまえば、なしで、なんてことはもう考えられない。もっともっと、ナディアと愛し合いたい。
だから気持ちが伝わるよう、ぎゅっとナディアを抱きしめてそう言った。欲望丸出しで恥ずかしいので、顔も見られなくてちょうどいい。
と思ったのだけど、ナディアは顔をあげて正面からヴァイオレットを見つめ返し、妖艶に微笑んだ。
「……えっち。でも、いいですよ。ヴァイオレットさんが、他の人なんて見れないように、私にいっぱい、してください」
「ん」
そして問答無用に口づけた。ここはナディアの実家なのにとか、まだ日も高いのにとか、やめる理由はあったけど、今日と言う日が幸せ過ぎて、ナディアがあまりに愛おしすぎて、我慢できるはずもなくて、ヴァイオレットはナディアを抱きしめる力を強めた。
○
こうしてヴァイオレットとナディアは、長く幸せに、たくさんの子供たちに囲まれて暮らしましたとさ。
おしまい。




