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女神の彼氏は死霊使い?  作者: き・そ・あ
本編 鮮血の姫君
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8 ジーク

 スローモーションで動くルナ。

 ルナの手元からゆっくりと抜け落ちるロープ。

 急ぎ緩んだロープから溢れだそうとする群衆。


「ヴァ、ヴァレット!!」


「あぶなかったな。間一髪だ」


 ルナの手から離れた瞬間、俺はロープの先に手を伸ばし、掴んだ。

 溢れだそうとした群衆は急に張り詰めたロープに押し返されるようにして後退した。


「あ、ありがとう。助かりました。」


 俺を見上げ、少しハニカム彼女。横目でルナの無事を確認するとその笑顔に思わず見とれ、またニヤケそうになるのを必死にこらえると、平然を装う少し大人の男のフリをしてしまった。そして、今はよく見えないがこの半月のように伸びきったロープの反対側でいつ『キレル』かわからないもう一人の女神が心配でしょうがない。俺はすぐにルナに次の指示を出した。


「まだ終わってはいない。マナも大変だろう。あいつがキレる前に助けてやれ。死人が出る。こっちは任せろ」


「う、うん。ありがとう!行ってきます!」


 軽く頭を下げると、ルナはロープ伝いに反対側へと走っていった。なぜか、揺れる髪、あの細い指先。ルナを構成するすべてが妙に愛おしく見える。

 姿が見えなくなったあとも少し惚けていると、急に引っ張る力が強くなった。

 どうやら合流したらしい。

 少し、俺も力を入れるとロープが切れるのが先か、群衆が引くのが先か。

 少しづつ半月形のロープは引っ込み始め、ルナとマナの姿が見えるようになった。

 王子様御一行はまだこちらにはたどり着いていない。

 ギリギリせーふ。のようだ。


【ドクンッ】


(うぐっ!・・・)


 脈など打ってはいない我が心臓が、何かに怯えたような、警戒しているような、生物としての危険信号を送ってきた。

 胸のあたりが締め付けられるような感覚。もし、俺が生命あるものであれば心臓を掴まれる感覚とは、このような事を言うのだろう。

 少し荒くなる呼吸。

 にじみ出る冷や汗。

 何者かが、俺を「魔の物」として認識、把握しているような感覚だった。


「キャー!!ジーク様!こっちむいてくださいませー!!」


「すてきですー!!」


 思考回路がまともに動かない中、視界もボヤけ、焦点が定まらない俺の耳に甲高い声が響いてくる。

 顔を上げてみると、王子様御一行が既に俺の目の前まで近づいてきていた。

 先頭には旗を掲げた人間。その隣でまた違う旗を掲げている者がもう一人。

 自国と相手国の国旗か?人間はそうゆうことを大事にするからな。

 近すぎた俺は騎馬隊が邪魔で、あまり中が見えないかったが一瞬見えた王子様の姿は痩せていて、下っ端の骸骨兵のように剣をひとふりすれば砕けそうな印象だった。


「っおっと・・」


 不意に、俺はよろめいた。

 何かに背中を押されたような感じ・・・。背中を押された?

 まさか。とは思いながら俺はゆっくりと後ろを向くと、ロープと人間の隙間から小柄な女が抜け出してきた。栗色の髪の、20歳前後に見える小柄な女。

 そいつは、他の女とは違い王子様御一行を「歓迎」している素振りはなかった。


「お、おい。待て。こっちに戻るんだ。」


 俺はこいつの雰囲気が気になって声をかけた。

 まずい。まずいと思う。ここにこいつを残すことは非常にまずい。魔族としての感が言っている。


「・・・」


 呼びかけに反応もしない。その様子に気がついた周囲の空気がざわめき始めた。


「ほら、こっちこい」


 騒ぎになる前にこの女を群衆の中に放り込もうと俺は手を伸ばした。

 片手でも、こんな奴なやつならじゅうぶん放り投げることはできる、人間離れはしているがこの際そんなことを気にしている場合でもないのだ。これ以上変に目立っても仕方ない。


「ジ、ジジ、ジィィィクウゥゥウ!!!」


 見た目からは想像できないような荒っぽい口調の甲高い声が超音波のような、不快な音を発して轟く。


「・・・・・」


 あたりはいきなり現れた奇声を上げた女に驚き、歓声も静かになり、誰もがその場から動けずにいる。

 問題の女の最も近くにいた俺は、女から目が離せないでいた。

 その表情は既に正気のものとは思えず、一人我が身もかまわずに王子一行に向かい突入していく。


「逃げろ!!」


 誰かが叫んだ言葉を皮切りに、周囲が騒然となる。

 王子を取り囲む兵隊たち。

 警護係のギルド連中は観客の誘導。

 俺は、目の前を走り出したばかりの女を捕獲すべく走り出す。

 女は、右手に小型の短剣を持っていた、その鈍色に光る刀身を表すと女はさらに加速し王子へと進む。

 悲鳴が飛び交い、兵隊たちの声が交差する中、俺はただ目の前に現れた女を捕まえることだけを考えていた。


 ガギィィィンン


 金属のぶつかる鈍い音が響く。

 先頭に立つ老兵が迫る短剣を受け止めた音だった。

 あごひげが長く、見た感じ60歳近いのか。そろそろ兵士としては限界な気もするが・・・。剣筋を見る限りかなりの手練と見える。やるな、じいさん。


「我が主に刃を向けた罪、その身を持って償うが良い!」


「ジィイィィクウゥウゥゥ!!」


 女は短剣を考えなしに老兵に向かい振り下ろし続ける。全く相手にしている様子はない。

 老兵は考えなしの単調な攻撃に余裕の表情で短剣を受け止め続けていく。

 その、女の後ろでどう手を出していいかチョロチョロ動く俺。


「貴様ごときが、我が主、ジーク様の名を口にするでない!」


 ギイィィン!!


 一際大きな音がすると、じいさんが大きく溜めて振り払った一閃が短剣ごと女を弾き飛ばした。

 短剣を手放し、はじかれたショックで転がり、仰向けになったまま動かない女を俺はここぞとばかりに捕まえるとそばに落ちていたロープで手足を縛ることにた。

 口元に手をやると空気の流れを感じる。

 まだ生きているようだ。

 気を失っているだけのようだ。全身にスリキズができてしまっているが大きな怪我はなさそうだ。

 俺は老兵の方に視線を送ると老兵は何かを悟ったのか手に持つ長剣を鞘に戻す。

 王子を囲む兵隊も少しづつ陣形を戻し始めていた。

 動かなくなった女を見て、周囲の緊張も和らぎ始めてきた。

 俺は、万が一に備えて動かなくなった女を押さえつけている。

 辺りを見回すも、怪我人はいなそうだ。

 少し離れた人ごみにルナたち3人の姿も見える。目立った怪我はないようにみえる。


「そこの、名はなんというか。」


「はっ。ヴァレット。・・・ヴァレット・レオユスと申します。」


 魔王の腹心と同じ名前ではまずいかと、咄嗟とっさに偽名を使ってしまった。

 老兵が自慢のヒゲをさすりながら歩み寄ってくると同時に、俺は普段部下がやるように膝まずき頭を下げる。

 ここは、そのへんの冒険者風情の俺が圧倒的弱者だ。それは誰でもわかる。

 郷に入っては郷に従え、ということだ。ここは人間の世界だからな。


「ふむ。ヴァレット。いい働きだった。危険を顧みず、自らの命を惜しまずに行動できたその勇気。今が急ぐ場でなければ満足な褒美も出たろうに、すまないが、今なにか我らにできることはあるかな?」


「いえ、褒美など、もったいない。お言葉をいただけただけでもとても光栄であります。」


「ふむ、殊勝な心がけだ。それでは王子!お怪我はありませんか?」


 俺の前から老兵が遠ざかっていく。

 その後ろ姿を確認すると、不思議とため息が出る。

 おそらく、本気を出せばここの人間を全員殺すことなど造作もない。

 それをしなくてよかった安心のため息なのか、なんのため息なのか自分でもわからない。

 道端ではティグを筆頭にトラブルに対して応急的な措置がとられている。

 けが人の有無、各ギルドの安否の確認。街の中、外を問わず警備の強化、及び偵察に既に何人か動いているようだ。

 相変わらず手が早い。

 ルナたちもけが人を探したりで何かをしているようだが、3人とも怪我がなくて何よりだ。


「・・・んん・・。あ、あれ?何??これ!」


「気がついたか。何も覚えていないのか?」


「ど、どきなさいよ!こんなところ私に何するつもりなのよ!!?」


 俺の隣で地面に押し付けられたままの女が意識を取り戻した。自分の状態が飲み込めずに縛られた手足を見てジタバタとその場で暴れている。

 その様子を離れていった老兵も気がついたようだ。


「おとなしくしないか。お前、王子に斬りかかったんだぞ」


「わ、私がジーク様に!?冗談はやめてよ!わざわざ隣街から1日かけて歩いてきたのよ!?ジーク様を見るためだけに!あこがれの王子様にそんなことするわけないわ!」


 俺の目を見て不満な顔をしながら睨み返してくる。

 その表情は先ほどとはまるで別人だ。

 明るく、艶やかな頬、覇気に溢れるその声は最初の印象とは全く違うものだった。

 俺と女のやり取りを見ていた老兵は再びこちらに近づいてくる。


「意識が戻ったのか?」


「はい。そのようです。しかし、記憶がないようで、いささかどうにも」


「女、先ほどの我が主に対しての無礼、非礼極まりない行為。死刑に値するものが記憶にないというのか?」


「し、死刑!!?わわわわ、あたしがなにを、一体何をしたって言うんですか!!気がついたらこんなこと

されて、いきなり死刑だなんて・・・、わたし、なんにもしてないです!!」


 大地に転がる女を見下ろしながら、老兵は淡々と問い詰めていく。

 女は自分に起きたことが理解できず、いきなりの死刑宣告に動揺しさらに体を上下左右にゆさぶりながらあばれている。


「嫌です!死ぬなんて・・・、死ぬなんていや!私はただジーク様を見てみたい!って思って、1日かけてここまで来たんです!王子様に無礼だなんて、するわけありません!!」


「何も覚えていないのか?その短剣を振りかざし、我が主に猛進したことすら」


「そそそそ、そんな剣なんて、私は使えません!!斬りかかるなんて、そんなこと出来るわけないです!」


 少し離れたところに落ちている短剣を老兵が指差すと、それを見るなり首を左右にブンブン振り回し否定する女。

 老兵とラチがあかない口論を延々と繰り返している。

 確かに、おかしいところはいくつかある。

 あれほどの身体能力があるなら、こんなロープ。俺が言っても何だが振りほどくか骨が折れてでも引きちぎるくらいのことができるだろう。

 そう思って押さえつけているのだが。今は先ほどのような勇ましさ・・・。いや、狂気じみた何かを感じない。

 この場合は、考えられることは一つしかない。


『精神支配の魔法』


 声が重なった。老兵のものとは違う声。

 俺は不意に視線を上に上げると、そこには芦毛の馬にまたがる全身黒いコートに包まれたやつがいる。

 下から見ても目深にかぶられたフードの中にあるその瞳を見ることはできなかった。


「じ、ジーク様!!」


 隣で女が喜びに声を上げ、先程以上にジタバタとあばれている。

 ジーク・・・。こいつが。

 気配も何も感じなかった。こいつは人間なのか?

 俺が気配を探知できないとは・・・。


「おっ、お初にお目にかかりますジーク王子様。ヴァレット・レオユスと申します。街のギルドに属する冒険者です。この度の失態、申し訳ございませんでした。お怪我がなく-」


「黙れ」


「・・・」


 そこにいた3人はジークの発した言葉の前に何か言い返すことも、動くこともできなかった。


「娘。我に対しての非礼・・・。覚悟は出来ているだろうな?」


「ひ、・・・わ、あ、ああ。私は。本当に何も知らないんです・・・。わからないんです・・・」


 眼前に現れた圧倒的な存在。そして空気をも凍てつかせるような冷たい波動を感じ女も萎縮し言葉を失い、その瞳からはボロボロと大きな涙がこぼれている。


「シュバリエ、この者たちの首を落とせ。」


「っ!!!?」


「くっ、くび!!?」


 女はあまりのショックに首を落とせ、と言われ意識が飛んだ。俺は何も言えず、驚きのあまり一瞬明らかな敵意を出して身構えてしまう。


「く、首を、でございますか。ですが王子、この冒険者はこの女が襲ってきたものを静止しようと・・・」


「共犯者かもしれん。こいつが、操っていた可能性もある。疑わしきは罰せよ。我が道には不要だ」


「し・・・しかし・・・。」


 険悪な空気が漂い始める。

 ここは、俺としても手荒なことはしたくとこだ・・・。だから頑張れ!じいさん!

 口から泡を吹いて動かなくなった女と俺を交互にチラチラと見ては、何か言いそうな動きを見せるも、自分の主君には逆らえないのか。

 動けないままモジモジとしていて、このナヨナヨしたじいさんに俺たちの運命が任されていると思うと非常に辛い。


「シュバリエ・・・。我が言うことが聞こえなかったのか。二度は言わせるな」


「・・・」


 冷たい口調で発せられたその言葉を受け、じいさん。・・・シュバリエは再び剣を抜き、ゆっくりと俺の前に対峙した。その表情は苦悶に揺れていた。

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