23 いつか来る日
(今日は、随分賑やかだな・・・。)
外の様子がいつもと違うようだ。
うるさい、と言うべきか、人間たちが右往左往となにか慌てふためいている。
「今日は、なにかあるんですかねぇ?」
台所で洗い物を終えたルナが窓越しに町を見ている。路地裏のこの家から見える景色は微々たるものだが、それでもいつもと違うことがわかる。
【リア。なにかあったか?】
【さぁ?何も反応も感じないし、私にはわからないわよ】
まぁ、ともに同じ。
魔力を持つ者が近づけば、俺も気がつくであろう。だが、現状俺の探査範囲に魔族、天使。どちらの気配も魔力も感じない。
心配そうに外を見るルナ。
その姿をどうすることもできずに見守ることしかできなかったのだが、家にいても退屈だ。外の様子でも見に行くか。
俺は昨晩もらった報酬で新たに購入したこの街で一番高い剣と、愛刀のなまくらソードを持ち、椅子から立ち上がる。
「そこまで気になるなら、俺たちも外へ行ってみようか。」
ルナは俺の言葉を待っていたかのように、満面の笑みで答えた。
【魔族が人間界でこんなことしていいのかねぇ?】
通りに出ると、リアがいきなりダルそうに文句を言ってきた。
どうやら今回のことにあまり乗り気ではないようだ。
【どうした?今日はイヤにつっかかるな】
【べーつにぃ。なんか、嫌な感じがするのよ。こういう日は人間に混ざって行動するのが一番だと思うわ】
【なぜ?】
【人間といれば安全だからよ。人間は保身のために行動する生き物だから、より安全な方へ動いていくわ】
「なんか、みんな北門へ走っていきますねー」
俺とリアがテレパシーで話している間も、人間たちは北へ大移動をしている。
着の身着のまま。なにかから逃げるように。
リアは大通りを一斉に移動している人間たちの様子を見ながら俺にどことなくここから離れたい。という感じで言い出す。
それとは反対に、ルナは通りへ出ると人ごみのはるか向こうに視線を送る。
(どうしたんだ?本当にいつもとは様子が違うな・・・)
「ちょっと、まずいんじゃないかな」
リアも、尋常ではない人間どもの動きに敏感になったのか、周囲を気にし始めた。
これだけ多くの人間が一斉に北へ向かうなんて、おかしい。
「お、おいっ!なにがあった?!?」
俺が歩く人間に声をかけるも、人間は俺の相手などせずに先に進んでしまう。
「おいっ!」
俺の声は、群衆の中に消えていくのみ・・・。
だれも耳を貸そうとはしなかった。
「お兄ちゃん、ちょっと、これはほんとにまずいんじゃない?」
「そうは言ってもな・・・。何も現状がわからない以上はどうにも・・・」
「ねぇ、ティグならなにかわかるんじゃない??」
ルナが指差す方向には見慣れた猫耳が大きな台車を押しながら避難している姿があった。
「ティグ、これはなにがあったんだ?」
俺はティグと台車を押しながら言葉をかける。リアとルナは隣を歩いている。
どうやら、ほぼ全ての人間は移動が終わったようで、町はゴーストタウンのように静まり返っている。
「助かるよ、気持ち悪いお兄さん。ギルドで働くものとして、最低限持っていきたいものがあるからね!」
最低限??このでかい台車1台分が?本来なら馬が必要なレベルだぞ。
「まぁ、お前が仕事熱心なのはわかったが、何が起きている?」
「・・・魔族だよ」
俺の言葉に信じられない。と言ったような表情で答えるティグ。こんな辺境の村に、魔族だと?
「魔族?」
「うん、今朝、いきなり村の外に悪魔の使いが現れたんだ。使い捨ての悪魔だからすぐに消えちゃったけ
ど、遭遇した人が言うには西の空が燃える時までに、少女を2人生贄にしろって。魔王軍に逆らう者は皆殺しにするって言ってたらしいんだ。」
「な、なんで生贄が少女2人なんだ?」
「そんなことわからないよ。僕だって人から聞いた話だからね。それで、町は大パニック。少しでも遠くに逃げるためにみんな必死なのさ。」
(少女が2人、生贄?)
意味がわからない。いきなり魔族が街を滅ぼすか少女を2人生贄にしろ、だなんて脅迫をするのだろうか?意味もなくそんなことはしないだろう。
俺がいないこの数日で魔王軍は変わってしまったのか?
「あ、あの。悪魔の使いってなんですか?」
「あぁ、ルナは知らないか。悪魔の使いは死んだカラスなどの小型生物を操る魔法・・だ・・・。おもに・・死霊使いが使役するんだ・・が?」
おかしい。死霊使いの俺がここにいる以上、誰が他に死霊を使役できるのだ?
【死霊使いがここにいるのに。・・・魔界では他に死霊が使役できる人がいるんですか?】
【うるさい!!今原因を考えているんだ!黙れ!!】
魔界に俺以外に死霊使いはいない。
少なくとも数日前までは。
だが、実際に死霊を使役できるものがいる。おかしい。なぜだ?」
「死んだカラスなんて・・・気持ちわるいですねぇ。魔族ってやっぱり嫌だわ」
体を抱きしめてブルブルと身震いするルナ。
「ほんとだねっ!死体使うとか・・・気持ち悪いっ!」
やたらにこっちを見ながらリアもそれに乗る。
なにか?死霊使いの俺に対しての宣戦布告か?それは。
「ティグよ、他にわかることはないか!?相手がどのような奴か?相手がいつ来るのか?どこから来るのか!?」
「わわわわ、、わっからないよぉ!そんないきいにきかれてもぉぉー!!」
我を忘れてティグの肩を掴み前後にブンブンと揺さぶると、彼女は迷惑そうに叫ぶ。
「す、すまない」
「ととと、とにかく!僕も逃げる。北のほうが安全みたいだし。何も知らないよ。気持ち悪いお兄さんも、早くここから逃げなよ?魔王軍に捕まって骨までしゃぶられちゃうよぉ?・・・生きてたらまた会おうね!!」
ティグは俺達を置いて大きな台車を押しながら町の外へ出ていってしまった。
「なんか、大変なことになりましたね」
「あぁ。」
「この街、どうなるんですかね?」
「魔族に蹂躙され、廃墟。だろうな」
「お兄ちゃん!逃げようよ!ここにこれ以上いたらリアたちも危ないよ?」
「あぁ。」
どうする?元の姿に戻れば、魔王軍最強の戦士たる俺に適うものは存在しない。すなわち。負けはしない。
だが、それはこの生活の終わりをさす。
リアとは、魔界でもやっていけるかもしれん。
だが、ティグとはもう会うことはないだろう。あの、『気持ち悪いお兄さん』というフレーズも、今では妙に小気味いいものだ。
それに、たった数日だがルナとも・・・。この先長い、永遠とも思えるくらい先。このような気持ちにはならないだろう。その少女とも、会えなくなる。人間だ。先に死ぬ。できれば、天界に行き輪廻して欲しい。魔族の俺が神に祈るのも変だが、彼女のためであればそれも厭わない。彼女は俺の冷たい体に再び温もりを与えてくれたのだから・・・。
そんなルナを。失うわけには行かない。
遠く、小さくなるティグの姿を見ながら俺は逃げる決意を固めた。




