7 衣・食・住。いや、衣・職・住だ
衣・食・住。
人間の言葉でそんなものがあった。
着るもの。
食うもの。
住むところ。
これがあればなんとかなる。
でも、実際には職も必要らしい。
町を散策して数時間。もうすぐ夕刻が来る。
魔族の俺は暗くてもなんともないが、ほかの人間から見たら気味が悪いだろう。
魔族の俺は最悪、そこまで食にもこだわらないが・・。
とにかく、今の俺には衣・職・住が必要だ。
この町で暮らしていくのならなおさら。
「あらかた、見尽くしてきたな。」
町をぐるっと一週見て回った。
生活に必要なものはほとんど揃っている。
あとは、金だ。
部屋を借りるのも、宿に住むのも、着替えや不要ではあるが、見た目の都合上装備を整えたりもしないとな。さっきのエントリーうんたらにも、職業なんて項目があった。
さすがに死霊使いなんてかけないからな。戦士。と書いていたが、間違っていなかっただろか・・・。
戦士たるもの、剣くらい持っていないとな。
再び女神の噴水の前に戻ってきた俺は、さっき座っていた席を1人の女に奪われていた。
その女は、俺が隣に立っても微動だにしない。
(生きてるのか?)
俺は視線を女に向け、そのまましばらく立っていたが何も変化がなかった。
銀色の髪が印象的な、持っただけで折れそうな細い腕だった。
(まぁ、俺には関係ない。)
職も住むところもない俺は、とりあえずもう一度ギルドへ行ってみることにした。
「なにをすればいいことやら・・・」
一から仕事を探すことは難しい。
改めてそう思った。
屋敷の警護。
隣の村までの護衛。
墓守。
モンスター討伐。
様々なものがあった。
人間たちはこのような場所でコミュニケーションをとり、小さな世界で生きているのだな。
獣王であるガストが人間に興味を持ち、人間界をぶらつくのが趣味。と言っていた気持ちが分かる。今考えてみればガストが魔族の中で一番流行りものを取り入れていた『成長している魔族』なのかもしれないな。
張り紙を眺めながら、つい最近のことなのに懐かしく思いうすら笑いを浮かべてしまう。
「お兄さん、気持ちわるいよ?」
気が付くと、ティグが横に立って俺を見上げている。
「気持ち悪い・・・か。俺って、気持ち悪いか?」
しゃがんでティグと目線の高さを合わせると、彼女は小さな猫耳頭を激しく上下に振りながら答えた。
「気持ち悪い!めっちゃ気持ちわるいよ!今までお兄さんみたいに気持ち悪いって言って、笑いかけられたことないもん!異常だよ!」
「異常って、そこまで言わなくてもいいだろう」
笑っていたのか・・・。俺。
この場所は魔界と違う。
俺は、魔界最強の戦士、ヴァネットじゃない。
ただ、記憶をなくしたこ汚く、気持ち悪い男、ヴァネットだ。
そう思うと、俺は余計に面白くなってくる。
「は、はなせよ!!ほんとに怖いし気持ちわるいぞ!!」
俺はティグの首元を掴んで猫のように持ち上げていたが、それが気に入らなかったようで彼女はじたばたと暴れたいた。
心ばかりの仕返しも終わったところで、俺はゆっくりと床に彼女を戻す。
「悪いな。なんか面白くなってしまった。」
「気持ち悪くて、狂ってるのかな・・・。」
「狂ってなんかいないさ。俺は、今が楽しいんだ」
この小さいのが・・・。
いや、周囲の人間が俺に対して気兼ねなく話しかけてくれる。
いつも一人で部屋にこもっていたり、自分が魔王軍を引っ張らなくては。という気持ちに押しつぶされることも今はない。
俺は、この人間に囲まれた『平等のある生活』が心地よく感じていた。
「へんなの。それで、仕事決まったの?」
「そうだな。いくつか相談してもいいか?」
俺は近くのテーブルを指さた。
「家もないし、有り金ゼロ!食うもんも着替えもないって、今どきどんな人生なんだよ!ホームレス直前じゃないか!」
俺は現状の説明をすると、ティグは大声で立ち上がり、なにか可哀想なものを見るような眼差しで俺を見下ろした。
おいおい、見下ろすな。俺だって、好きでこんな状態なんじゃない。北の大陸を離れる前に宝物庫からなにか盗んでいれば金には困らなかったのに。
「ある意味、今日からホームレスだな・・・」
「そんな簡単に言うことじゃないよ!まだ若いんだ!キリキリ働いてまっとうな人間になろう!」
俺がまっとうな人間に・・・。なれんだろうよ。
そんな突っ込みを入れようかと内心考えると口もとが緩む。
いままで、こんな会話したことないな。
いつもひとり寂しく、周りの会話を盗み聞きしながら地獄鍋をつついていたからな。
憧れていたのだな。こんな生活に。
「そうだなぁ。仕事、しごとぉ・・・。今すぐ出来て、報酬が現金で、住み込みできるところ・・・」
ティグは見ず知らずの俺のために分厚い依頼書の束を一枚一枚めくってくれてる。
「なぜ、そこまでするんだ?気持ち悪くて、狂ってる俺のために」
「は?本気で言ったと思ってるの?あははっ!!あれは僕なりの挨拶だよ!本気で狂ってて気持ち悪い奴に話しかけたりするもんかっ!ほんっとに、冗談通じない堅物さんなんだなぁ」
『冗談通じないな』
『堅物』
あぁ、魔界で縦横にも言われたな。同じこと。
人間界のか弱い生き物から見ても、絶対的な力を誇る獣王から見ても、俺の評価は変わらずか。
「そうか、すまない。」
「そーそー!まずは、その話し方も直さないと!堅物すぎるよ!」
「そ、そうか・・・」
「ほら!そこ違う!・・・そうかな?っくらいがちょうどいいんだよ!」
・・・。
「そ、そうかな」
「うん!いいよいいよ!その感じ!!」
使ったことない言葉。そうかな。・・・恥ずかしい。これが恥という感情か。
声が、小さくなるのだな。恥とは。
「おぉ!これなんかまだいけんじゃない?お兄さんでも大丈夫でしょ!」
彼女は分厚い束から一枚の紙を切り離し、俺の前にどうだっ!と言わんばかりに叩きつける。
「これは・・・」
「橋の補強工事。至急求む!時間は夜!これからだから記憶のないお兄さんでもできる肉体仕事!夜間割増でお給料も高いしばっちりでしょ!」
満面の笑顔で笑いかけるその顔。
ティグなりに、気を使ってくれた。これが人間というものなのだろうか。
「あぁ。わかった。それで頼む」
俺は、相手が偉いから、強いから頭を下げたり、気を遣うふりをするのではなく、相手を思いやるお節介と言われるものに、心温まるものを感じた。この時は・・・。




