八
あの事件から三日。今日もいつもと同じ時間に家を出た。学校までは徒歩で約二十分の距離に自宅は位置している。八時半までに教室に居ればいいので、八時に家を出ると丁度良い。
俺はこれまたいつもと同じようなスピードで歩みを進めていた。
しかし、いつもと異なるところが一点。
「本当に必要なことか?」
俺の平穏な登校時間は一転。大切な一片、マジ一変。イェア。
「必要よ。いつ襲われるか分からないじゃない」
「やっぱり襲われるのかよ」
隣を歩くこの女。名はマーシャ。実は天使である。『美少女過ぎて』という意味の『天使ちゃんマジ天使!』みたいな使われ方をするあれではない。
つまり、こいつは神に仕える正真正銘の天使というわけだ。翼が生えているし、もちろん、天使の輪だって持っている。実際の戦闘数値は分からないが、めちゃくちゃ強い。たぶん。殺戮天使マーシャとかいうスピンオフが放送されるとか、されないとか……。はたまた、撲殺天使マーシャちゃんとか……。ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ~。はぁ……人生やり直せねぇかな……。
何はともあれ、きっと強い。そんな歩く殺戮兵器が俺の横にいるのです。
「ね、念のためよ! 念のため!」
「はいはい」
うちの学校の制服を着たマーシャが慌てて弁解する。俺はちらりと頭の方に目をやった。
「お前、頭の輪はどうした。あれがないと困るんじゃないのか? ひどい下痢になるとか」
「周りから見えないように消しているわ。……下痢って何?」
「だったら、お前が消えろよ」
「ひっどい!」
言葉足らずだった。小生反省。
「別に姿を隠しながらでも監視はできたろうに」
「学校ってところに一度行ってみたかったの。なんか楽しそうだし」
「手続きとかはどうした。書類とか……書く訳ないか。お前天使だもんな。記憶の改竄とかそういうので適当に転入してくるんだろ?」
「ええ、そうよ。ふふん、境も私が天使だってこと認め始めたわね!」
勝ち誇った顔をしながら、翼を出して羽ばたいているかのように軽快に歩く。
――ってホントに出てんじゃん!
「おい、羽、羽しまえ」
「ん? うおあああああああああああああい!?」
女子らしからぬ叫び声を上げ、マーシャは慌てて翼をしまった。首を左右に振って周囲を確認する。
「……はあ、危なかった。誰も見てなかったみたいね」
「ポンコツ野郎」
「すみません……」
歩いて五分程経つと学生の姿が増えてきた。皆、楽しそうに友達と会話しながら登校している。
「こうやって人間を間近で観察するのは久しぶりね」
やや上位存在らしい言い回しだ。
「あ! あの子可愛いわよ!」
その言葉につられて自然と目がそちらの方に向く。男子の悲しい習性。
視線の先にいたのは左近美夏。誰もが認める美少女。いわゆる学園のアイドルである。
その可愛らしさは男子のみならず、女子をも魅了する。頭が良くてスポーツ万能。おまけに性格も良い。明るい雰囲気で周りを活気づけて、また、思いやりがあって他人のことを心から気遣える。との評判が俺の耳には入っていた。
だが、俺は頑として信じなかった。そんな漫画の登場人物みたいな人間がこの世にいるのか。いいや、いない。人間は必ずどこかに欠陥を持っている。それが身体なのか、精神なのか、はたまた両方か。それは分からないが、絶対どこかに瑕疵はある。
しかし、それがこの左近美夏という女生徒には見当たらない。隠していて見当たらないなどということではなく、それがないから見当たらない。全く親しくはないが、傍から見ていてもそれは充分に分かった。実に奇妙だ。ここまで完璧すぎると気持ちが悪い。
マーシャも例に漏れず彼女に目を奪われていた。
「……可愛いわ。天使よ、天使」
天使のお前がそれを言うのか。
「俺はどうもダメだな」
「え!? なんで!? あんたホモなの!?」
可愛い子が苦手=ホモみたいな方程式やめてくれませんかねえ? まぁ、人間だからホモであってるけど。
「なんか悪魔みたいで怖いんだよ」
もう一度左近の姿をじっくり眺め、確信したように頷く。
「あの子は天使よ! 間違いないわ!」
「……そうか。じゃあ、あの子はどうだ。うちの学校じゃ結構人気あるぞ」
俺はそう言って一人の女子を示した。
「んー……」
どうやらマーシャのツボには入らなかったようだ。渋い顔をして喉を鳴らしている。
「小悪魔っぽいわね。純潔よ」
「お前は一体何を言っている。矛盾も甚だしいぞ」
「ありのままを……って、境! あの天使こっちに来るわよ!」
はしゃぐマーシャが鬱陶しい。
確かに左近はこちらに向かってきてはいるが、それは学校がこっちの方向にあり、一本道だからだ。前を行く俺達に対して後ろにいる左近が向かってくるのは至極当然のことである。
「そりゃ学校こっちだからな。横通るだろうさ」
「そ、そうよね。なーんだ」
マーシャは一人で盛り上がって一人でがっかりしていた。
一つため息をついて視線を前方に戻し歩く。
そういえば、この時間に左近を見たのは初めてだ。俺が教室に着く時間には左近は必ず教室にいる。きまぐれで早めに家を出た日でも、左近は絶対に教室にいるので、それなりに早い時間には学校に来ているのだろう。
完全無欠の左近様でも寝坊はするのか。
少し左近の人間味を実感していると、不意に声をかけられた。
「おはよう! 風間君!」
元気いっぱいの声で俺の名を呼ぶ。驚いた俺は『おはよう』の一言も発せず、軽く会釈をするだけだった。
挨拶だけでは終わらない。左近は俺に歩調を合わせて、マーシャの顔をじろじろ見ながら話しかけてくる。
「風間君って誰とも仲良くしないって感じの人だと思ってたけど、そんなことなかったんだねー」
見ただけで惚れてしまいそうな笑顔を向けて、遠回しにマーシャのことを尋ねてきた。と、思ったら――
「もしかして、彼女さん?」
いきなりぶっ飛んだ質問をぶつけてきた。
おいおい、誰だよ。思いやりがあって人を気遣えるって言ったやつ。思いっきり心えぐってきたんですけど? 重い槍の間違いじゃありませんかね? 見た目に騙さているやる多すぎだろ。
「違う」
端的に効果的な一言だけを口にする。
「そっか。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
可愛いから許す。
しかし、確かに可愛いのだが、怖ろしい。腹黒いとかではなく、単純に気味が悪いのだ。
左近はさらに話しかけてくる。登校中の生徒達が送ってくる嫉妬の視線が痛い。
思いやりがあるなら、その辺を察してさっさと先に行ってくれないかと思っていた。だが、そんなことが言えるわけもなく、俺はただ左近の話に耳を傾ける。
「外人さん……なのかな? 綺麗なブロンド。日本語分かりますか?」
「ええ、分かるわ」
「流暢ですね! ここにはどういった目的で?」
何か引っかかるものがあった。しかし、きっとたいしたことではない。
「あー……えー……」
マーシャは困ったように目をあちらこちらにやって口ごもっていた。
いつもと同じようで、やはり今日はどこか違う。普段通りなら絶対にこんなことしなかった。それに、余計な言葉を付け加えることもなかっただろう。
「親の知り合いの子だ。訳あって、しばらくの間うちで預かることになった」
「えー! そうなんだ! 風間君のご両親ってグローバルだね!」
笑顔を絶やさず左近はマーシャの方に振り向く。
「私の名前は左近美夏。美夏でいいよ!」
ほほう……。こうやって名前呼びという一つの大きな壁をぶち壊すわけですか。同時に敬語も取っ払うと。参考になります。けれど、実践はしません。いや、機会がありません。ってか、その自己紹介実在するんだな。フィクションだと思ってたぜ。
「よろしく、美夏! 私はマーシャって言うの」
「素敵な名前。フルネームも教えてもらっていいかな?」
おっと、まずい。こいつ本当に空気よめねぇな。察せよ。
一方、マーシャ。そんなもの適当にでっち上げれば良いのだが、テンパって何も受け答えできていない。
「マーシャ・ベニトントンだ」
代わりに俺が答えた。
「ベ……ベニトントン……」
戦慄しながらマーシャが繰り返す。
シャウトとかめちゃくちゃ上手そうな名前。
物の本によるとベニトントンとは、バドミントンの派生スポーツで、その名の通り『紅豚』を打ち合うスポーツ。飛ばねぇ豚はただの豚だ。
「マーシャ・ベニトントンって言うんだ。珍しい名前だね。私は好きだな!」
酔狂ダワー ~サコンとボクと、時々、ベニトントン~
「何はともあれ、よろしくね! マーシャ!」
「こちらこそ!」
左近の包容力でいい感じにその場がまとまる。そんな初々しい現場を温かく見守っている俺に、マーシャは笑顔で殺気を放ってきていた。ああ……殺される。
「じゃあ、せっかくだから一緒に登校しようか」
学園のアイドルが放つまさかの一言。それをマーシャは快諾した。
いやいや、今の流れだと普通『じゃあ、学校でね!』っていう展開だろ。そのあと、朝のホームルームで『えー、今日からこのクラスに転入生がくることになった。みんな、仲良くするように』『おいおい、まじかよ。可愛い子かな』『男だったらマジ萎えるわー』『お! 来たぞ!』『みなさん、初めまして。マーシャ・ベニトントンです』『うおおおおおおおお! 可愛い! ……ベニトントン?』『ベニトントンってなんだよ』『しらねぇよ。トントンって、マジか』『可愛いのにトントン……』『あー……うん。可愛いから許す』みたいなことに。
いや、ごめん! ベニトントンのせいで話が前に進まねぇ! 左近との絡みまで辿りつかなかった! 俺のせいでトンだ学校生活に……! トントン拍子で進むはずの転入初日がまさかの大惨事!
己の失態が招いた脳内展開に苦悩しながら黙々と前進していると、嫌に良い香りが鼻をくすぐった。
「風間君? 大丈夫? なんかボーっとしてるけど」
覗き込むような上目使い。この悪魔め。
「大丈夫だ」
「そう、良かった」
安堵の表情を浮かべる左近を見て、少しだけ鼓動が早くなる。
俺は一切会話に参加せず、二人が談笑しているのを聞きながら登校した。容姿端麗な二人と眉目秀麗ではない一人が並んで歩いている光景。両手に花である状態は、周りからすれば、さぞ羨ましく、恨めしかったであろう。実際、そういう感情を含んだ視線が俺に突き刺さっていた。
短時間のことであっても余計なストレスは感じたくなかったので、俺は一人足早に学校へ向かおうとする。だが、二人は歩調を合わせてきたのだ。躍起になるのも馬鹿馬鹿しいと思い、結局諦めて三人で登校。
「マーシャは職員室かな。きっと色々確認することあるよね。ん? でも、こんな遅い時間に来て大丈夫なの?」
盲点だった。確かに転入生がこの時間に登校してくるのは変だ。いや、分からんけど。きっと変だ。
「大丈夫よ。諸々の手続きはもう済ませたから、遅刻さえしなければ問題ないわ」
「そっか。同じクラスだといいね!」
「そうね!」
そんな会話を耳にしながら、下駄箱から上靴を取り出して履き替える。二人のことは放って置いて教室に向かった。
俺の通っている学校はマンモス校というやつで、総生徒数は約四五〇〇人。広大な敷地に充実した設備。それぞれの部活に必要な施設が用意されていて、何をやるにも事欠かない。
運動部には専用のグラウンドや体育館、トレーニングルームにシャワー室。文化部においても同じことが言える。たとえば、吹奏楽部であれば音楽室はもちろんのこと、定期的に行われるコンサートのためにホールなんてものまであるのだ。
すべてが規格外。一体こんな金がどこから来ているのか。学費が高いと言っても世間一般の私立高校並みの金額である。謎は深まるばかりだ。
全くこの世は不平等。
しかし、優劣激しいこの世界で、優の立場に居座っている俺が何を言っても、おそらく誰も真摯に受け取ってはくれないだろう。
伝えたいことは言葉にしても伝わらないことが多いのだ。それは仕方のないことで、それゆえに人は争い、それゆえに世界は平和である。
どんな時間でも人の多いひたすらに真っ直ぐ続く道を行く。幾重にも重なる足音が、初夏の温かさに包まれた廊下に響き渡っていた。
賑わう通路がより一層騒がしさを増す。
「風間君……歩くスピード速いね……」
息を切らせている左近がそこにいた。
「気付いたら居なかったから、びっくりしたよ」
どうして俺を追いかけてきたのかは分からないが、ここにいる理由ははっきりしている。異常な生徒数とクラス数を誇る我が学園で、あろうことか俺はこの左近美夏と同じクラスなのだ。
「ああ、すまん」
当たり障りのない返答をし、そそくさと教室に入る。
俺の席は一番後ろの列で左から二番目。一直線にそこへ向かった。後方からやかましい声がたくさん聞こえる。左近に群がる生徒達の声だ。毎日やっていて、よくもまあ飽きないな。
席について鞄から文庫本を取り出す。いつもならイヤホンをしているが、今日は音楽を聴きながらのゆったり登校が叶わなかったので、耳は密封されていない。
「……今日はいつもと違う一日になりそう」
席に荷物を置いた左近が楽しそうに呟いた。
朝のホームルーム。チャイムが鳴り響こうが相も変わらず教室は騒がしく、担任である教師が教卓に立ってもそれは収まらない。いや、それどころか、その騒がしさは一段と鬱陶しさを増すのだった。
「えー、今日からこのクラスに転入生がくることになった。みんな、仲良くするように」
そんなありきたりな紹介と共に壇上に上がったのは妙にかしこまったマーシャ。今の彼女には、どことなく惹かれる雰囲気がある。
「みなさん、初めまして。マーシャ・グエンです」
人形のような風貌の彼女がお辞儀をすると、クラスのボルテージが最高潮に達した。
「ねえ、マーシャのフルネームって、マーシャ・ベニトントンだったよね?」
行き交う歓声の中、右隣の席に座っている左近が確認するように聞く。
ここで新たな情報。実を言うと、俺は左近の隣の席なのだ。だが、しかし。俺にとって、これはジャンボジャンボはずれくじであって、ジャンボジャンボあたりくじではない。発想の転換によれば、運命の揚げ足を取れば、こんなひどい話はないだろう。
自分自身を色に例えるなら黒である。根暗だとか、闇を抱えているだとか、単純にそういったものによって定義づけることも可能であるが、ここでは違う見方をしよう。
黒という色を単一の色として見れば、間違いなく、疑いようもなく、それはただの黒である。黒として生まれ、黒として存在しているのである。
しかし、あるいは、こういった考え方もできるのではないか。
パレットの上の赤・緑・青。これは俗に言う光の三原色であって、色材の三原色ではないのだが、話がややこしくなるので無視する。赤・緑・青はそれぞれ個々に生まれ、独立して存在しているけれど、三つが全て混じり合った時には、最終的に黒という色に落ち着く。
つまり、何を言いたいのかというと、俺の本質はおそらく後者であって、紆余曲折の果てになり得た黒だ。各色が幸か不幸か、迷って彷徨って倒れこんだ場所が黒だ。
他に干渉されないが、他に干渉できる。確固たる柱があるのに、その素材はてんでバラバラ。矛盾を帯びた色。そういう黒が俺である。
それを脅かすのが白であって、要するに、それが左近美夏という女。
光の集合を体現したかのような存在の白き少女は、どんな色とも中和し、また、何にも染まらない影を消し去るのだ。
その光に、その白さに侵された時のことを想像すると、胸の奥の何かが激しく畏怖する。しかし、同時にまた、懐かしさをも覚える不思議な感覚にとらわれる。
もしかすれば、この曖昧模糊とした情動が、左近美夏という人間に対する気持ち悪さの根本的な原因になっているのかもしれない。
とにもかくにも、俺は左近という人間が苦手であった。
ああ、そうそう。マーシャの名前の話だったな。
「家の事情だ」
「そうなんだ……」
事態を収拾して、なおかつ、次の会話を呼び寄せない一言。与えられた状況に的確な言葉を差し込む。
なんて便利な言葉だろう。この言葉を使えば大抵の事柄に終止符を打つことができる。現に、左近もそれ以上のことを聞いてはこなかった。
顔は俺の方に向けながらも、視線だけを机上にずらす。
「だからあんな複雑な顔を……」
大勢の声に埋もれてしまう小さな声で言ったが、俺の耳にはしっかりと届いた。
思い出しているのはベニトントン事件の時のことだろう。あのマーシャの反応を彼女はそういう風に解釈したのだ。両親の離婚問題が絡んでいるから渋い顔をしたのだと。苦い記憶なのだと。
いつの間にか左近はいつも通りの笑顔を見せて、マーシャに手を振っていた。
「えー、じゃあグエンの席は……」
担任が教室の後方に目をやって、空いている机を指さす。最後列の一番右側。つまり、廊下に接している席で俺とは反対の場所に位置している。
普通、ラノベとかだと俺の隣にマーシャが座るというのがベタ展開。しかし、俺の隣はすでに埋まっている。右隣には学園のアイドル左近美夏、左隣には孤高の観測者と謳われる(俺がそう思っているだけかもしれない)佐藤政伸がいるのだ。
佐藤は俺も認める最強ぼっち。同じクラスになってまだ間もないが、それでも只者ではないことが窺えた。
彼はクラスメイト全員の行動データを頭に叩き込み、それを崩さないように行動する。登校時、授業中、休み時間、昼食、下校時。すべての時間で皆が自分のせいで不快にならないように、同時にそれが相手の利益になるよう行動する。言い換えれば、最低限の干渉で最高のパフォーマンスを相手に施すということなのだ。
ん? それなら友達がたくさんいるんじゃないかって? 確かに。彼ならクラスの人気者であってもおかしくない。だが、彼はそうなっていないのだ。
それは何故か。俺も分からない。というか、分かっていたら俺がそれを実践している。
佐藤は絶妙な距離感をとって一人になっているに違いない。魔法でも使っているのではないかと疑ってしまうような巧みな話術。相手を不快にさせず、自分は一人になる。一体、どうやっているのだろう。教えてほしい。ぼっちの鑑、佐藤。ぼっちはかくあるべし。
右に左近、左に佐藤。……なんか字面で把握しづらいな。
とにかく、俺は最強の二人に挟まれているのだ。絶対的な白と黒に。
まあ、ちょっと俺の佐藤愛が強すぎて話がそれたが、マーシャの席は絶対に右後ろ角席だ。それ以外に場所はない。
マーシャはその席に不満を感じたのか、担任と交渉を始めた。
「あの、先生。風間君の隣とかは無理でしょうか」
「風間? あー……お前は、そうか。そうだったな」
「はい」
どうやら教師陣には俺との関係を話しているようだ。何をどう説明したのかは知らないが。
「しかし、なあ。隣はもう空いていないし」
「どうにかならないでしょうか?」
マーシャは俺とその周辺をキョロキョロと見て何かを訴える。
まずい。この状況だと左近が名乗りを上げて席を交換する流れになってしまう。
いや、むしろその方が都合良いのでは? 左近よりマーシャが隣の方がまだマシか? いや、左近は干渉してこないが、あいつはきっとグイグイ来る。それは嫌だな。うざい。
ってか、あれだ。今日はやけに左近が絡んでくる。まあ、朝のこともあったし特段変でもないか。でも、いつもの左近なら俺のことを気遣って(?)挨拶しかしてこないぞ。うーん……。
俺が意味のない思考をあれこれ繰り広げていると、いきなり隣に座っていた人物が立ち上がった。
「先生。僕がマーシャさんと席を交換します」
さとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!? この裏切りおにぎりが! それが実現してしまったら、最悪だよ! どうした、お前! 今日は熱でもあるのか? いつもならそんな波風立てるようなことしないだろ! おい、思いとどまるんだ! さとおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
俺の心の叫びなんて聞こえるはずもなく、担任もそれを快く受け入れ席替えが成立した。
左にマーシャ、右に左近。最悪な布陣の完成である。
「よかったね、マーシャ」
「ええ。今日からよろしくね! 境も」
「……ああ」
クラスで俺に対する罵詈雑言が飛び交っていたのは言うまでもない。




