収束する槍先
────肌がしっとりと濡れ始めた。徐々に周囲の景色が白みがかってくる。ようやく辿り着いた、とアキは背後に追随するクオンへ顔を向けた。
「クオン!『時雨の渓谷』だ!」
「ってことは、結局モガミはここまで逃げ切ったってことだね」
アキ達が走り続けるとやがて森が拓けていき、間もなく巨大な渓谷の底へと辿り着いた。
谷底からは水のせせらぎが聞こえてきた。アキは小川が流れていたことを思い出しつつ、吹き荒ぶ突風に目を細めた。
「アキ、誰かいるよ!」
クオンのおかげで視界の端に何者かが立っている姿を確認できた。ひどい霧雨で初めは薄っすらとしか確認できなかったものの、次第に鮮明になっていく。
「白虎っ!」とアキが駆け寄った。
兜を外している白虎は久しかったが、艶やかな黒い長髪とひとつ結びにしている後ろ髪、そして端麗なその顔で白虎であると知れた。
白虎はアキを見つけた途端、目を伏せた。
「すまない。俺一人では太刀打ちできないと考え、走るモガミの前に立ち塞がることができなかった」
「一人……シンとカグネは?」
白虎は「歩きながら話そう」と、渓谷の奥へと歩き始めた。
「────じゃあシンとカグネはもう帰ったのか……」
「ああ。元々二人の目的はこの作戦の協力ではなかった」
白虎は珍しく半笑いしながら「それに」と続けた。
「あのような恋愛劇を見せられては、引き止めるほうが野暮だ」
アキは明るくなり始めた空を一度見上げてから目をつむり、続けてため息をついた。
出るも残るも自由。他人を助けるつもりはない、と言われてしまえばそれまで。
それぞれ残る理由のある者が他の理由のある者と共に行動し、時には別の理由のある者と争う。ここはそういう厄介な場所なんだ。
『あなたと永遠に語らい、過ごすのも悪くないかもしれない』
『私は私が良かれと思ったことをする』
『この世界に残った善良なるプレイヤーを何人か知っている。俺はそのプレイヤー達を導く。その力がある。俺はディザイアに戻り、俺のすべきことをする』
『あなたへの復讐のためなのよ。幻の竜使い!』
『私は永遠の美しさが欲しいのです。老いて、皺くちゃになって、この唯一無二の命を失うことが恐ろしい』
なんとなく生きている現実とは違う。多くの激情と思惑がこの世界には渦巻いている。だからこそ、いとも簡単に崩壊する可能性を孕んでいるような気がしてならない。
「着いたか」
アキとクオンは白虎に連れられ、渓谷の奥深くで立ち止まった。渓谷にはいくつか土壁の洞窟が見えた。
その中でフールギャザリングの面々が、雨風を凌ぎつつ食料を量産しているであろうことは既に予想していた。
洞窟の前には見張りもいない。渓谷という崖に挟まれた逃げ場のないフィールドのため、ここのどこかにモガミが隠れ潜んでいることになる。
「多数の勢力がこの洞窟の中にいるだろう。それに加え、一時的に分散させた勢力も恐らくは招集されつつある」
「両方から挟み撃ちにされる構図ってことになるねぇ」
アキは、白虎が洞窟内へ攻め入りたい気持ちを抑え、援軍をひたすら待っていたのだと悟った。
「さすがに精鋭隊と言えど、多勢に無勢じゃ分が悪いな。俺のダークネスドラゴンもまだインターバルタイムの最中。モンスターを全喚起してもいけるかどうか……」
「────やはり私がいなくては始まらんな、アキ」
アキは目を見開きながら顔を真左へ向けた。
テンマがいつもの得意げな表情を携えて、仁王立ちしていた。
「な、いつの間に……!」
「私だけではないようだぞ?」
テンマが眉をくいくいと二度上げ、視線をアキ達が来た方角へと向けた。アキはその視線を辿っていく。
カトレアと青龍が霧雨の奥からこちらへ走ってきた。その背後にはエンジェルとサキュバスも羽ばたいて追随している。
「二人とも……! エンジェルとサキュバスも!」
「待たせたわね」
「肌が濡れてると気持ち悪いからさぁ。早く中へ入ろうよ~」
随分久々に全員揃った気がした。アキは感極まりそうになりつつ、渓谷の奥へと向き直った。
「一つ一つ、みんなで洞窟を潰していこう」
「俺もアキに賛成だ。どこに捕らわれた人がいるかもわからない……」
「よし決まったな。では作戦名を『トライデントアタック』改め『ジャベリンアタック』とする!」
「テンマ、あなた性懲りもなく……」
カトレアの言葉を無視し、テンマは左手を腰に当てて渓谷の奥を指差した。
「精鋭隊、推して参るッ!」




