先見の識
────時計塔下の戦いは終結を迎えようとしていた。
妖刀『羅刹天』を左手に持つテンマが、最後に残った黒衣の女の頭を右手で掴み上げた。睨み上げる女に対して、テンマは努めて冷静に見下す。
「一度ログアウトしたのち、再びログインすることができるかは不明だが、一応警告しておく。二度とこのようなバカな真似はやめるんだな」
「ログインできるのなら、何度でもしてやるよ!」
「それはまた『次回』にしてもらおう。ではお別れだ」
テンマは女の体を浮かせ、腕を振りかぶりログアウトホールへと投げ込んだ。
時計塔の下には土部分と石畳部分に付着した血痕と、静寂だけが残された。
テンマは無傷であったが、リベリィは数回攻撃を喰らったため、黒衣の切り口から色白な肌が露出していた。
「ボロボロだな、リベリィ」
「テンマ、『次回』ってどういうこと?」
「おっと、つい口を滑らせてしまったようだ」
テンマは肩をすくめ、わざとらしくおどけた。リベリィはバカにされていると思い、眉間にしわを寄せた。
テンマは納刀するようにしてワームホールに羅刹天を入れると、鼻で軽くため息をついた。
「……ま、いずれ分かるだろうさ。少なくともニュースくらいにはなる」
「一体どういう……?」
「私の本名を教えてやろう。姓は松上ノ門、名は識乃。この名を覚えておけ」
リベリィは俯いてからテンマに再び顔を向けた。
「私は……ここでログアウトする。家族にあんまり心配はかけたくない」
「そうか。長きに渡る務め、ご苦労だった」
「テンマはどうするの」
「私は、まだ目的を達成していないのでな。どちらにせよ制限時間は決められている。そのうちに出るさ」
それを聞いてもなお、リベリィはひたすらに言葉を探しているようだった。
テンマは口の端を上げつつ右手を差し出した。
「悪いな、私には時間がないのだ」
「別れを惜しむ人間に、そんな言葉ある?」
「これぐらいがちょうど良いのだ。ほれ行け。また閉じてしまうかもしれない」
リベリィはテンマの差し出した手をはたいた。「必ず生き残って、ログアウトして。それが出来たら握手してあげる」と不敵な笑みを浮かべて、リベリィはログアウトホールへと歩いていった。
そして、リベリィの体が飲み込まれるようにして、ログアウトホールの歪みに入っていく。
「物怖じしない、面白い奴だ。……そうだ────生き残らねば」
そうして夜空を見上げていると、視界の端に人影が映った。テンマの認識では、それはアキの支援者の一人であり、ディザイアの有名宿泊施設フラメラーズホテルの店主であった。
「テンマさん……」
「随分とタイミングが良いのだな、フラメル。さてはお前が西倉の協力者か?」
フラメルは困惑したように首を傾げたが、テンマの頭の回転の良さはアキを通じて知らされていた。
言葉をよく吟味して、応答する必要があるとフラメルは悟った。
「それは、もしかしてアキさんが探している人物なのでしょうか」
「さてな。何にしても残念ながら私にアキを守り切ることはできないだろう。彼の追いかけている者は、恐らくそれほどの者だ」
この時点で、フラメルは自分の言いたいことを先読みされていることに気がついた。
ついにはフラメルが質問する前に、テンマが答え始めた。
「アキなら『時雨の渓谷』だ。モガミが協力者だというのを探りたいのと、強制労働させられている人々を助ける目的があるようだ。
そうだな……金があるなら食糧を山ほど買い込んでおけば、多少はアキの力になれるだろう。どうだ?」
「それが、私にできることですか……。
テンマさん、最後に一つ質問してもよろしいでしょうか」
────二人が幾度か言葉を交わした。
テンマが地面に現れたワームホールの中に入っていく姿を見送ったフラメルは、口をつぐみながら十二時を指そうとしている時計塔を見上げる。




