交錯する戦場
クオンに殴打され続けた男のHPは既になくなり、ペナルティタイムの状態となっていた。クオンはそれでも男に拳を食らわせ続けた。
その狂気の沙汰とも思えるクオンの行動に、信者達はすっかり怯えきっていた。
「クオン、もういい」
「どうして。アキを殺そうだなんて、許せないよ」
「もうこの場に俺達の敵はいない。早くモガミを追いかけないと」
クオンは少しの間考えてから、「それもそうだね」と最後に男に一発食らわせてアキの元へと戻ってきた。
アキはへたり込んでいる法衣の女へと声をかけた。
「もしかして、プリーステス?」
「ヒェッ、は、はいぃ……」
「彼はペナルティタイム中だ。『リザレクション』で復活させてやってほしい。そして四人揃ってすぐにログアウトするんだ。もしまた俺達に敵対した場合は、今度は本当に全員一人残らず────」
「は、は、はい。肝に銘じておきます……」
アキはひとつ頷くと『時雨の渓谷』へと歩を進めた。クオンとエンジェル、サキュバスがその後に続いた。
道中、エンジェルがクオンに対して嫌味な口をきいた。
「さっきのはまさに鬼畜。さすがに見ていられなかったわ」
「だって許せないもん!」
いまだにイラついているクオンをなだめるように、サキュバスはエンジェルへと反論した。
「所詮は天の犬ねぇ? 女心すらわからないなんて、女じゃないわ」
「なにぃ……?」
「この子はねぇ~、アキちゃんに恋してるのよ。恋する相手が不意打ち食らっちゃうとこだったの。ちょっとのバイオレンスくらい許しなさいよ」
「いくら恋してたって────」
その後もエンジェルとサキュバスの不毛な言い争いは続いた。
アキはNPCの言うことだと乾いた声で笑った。
「アキ、私はどうしてこの世界にここまで残ってると思う?」
ふとクオンが背後から話しかけてきた。
アキが「クオンにも何か目的があるってことか?」と返すと、クオンが照れたようにして首を縦に振った。
「私はね、アキに救われたことがあるんだ」
「俺がクオンを?」
「アキはもう覚えてないかもね。でも私は忘れないよ。その時に、私は初めて温かいもの知ったんだ」
温かいもの? エタオンで何か温かいものをあげたっけ。
「……それが、クオンがここまで俺を手伝ってくれる理由なのか」
「ま、そんな感じ!」
他愛もない話をしていると、肌の表面がしっとりと濡れ始めた。気付けば森の中は薄っすら白く染まっている。
「霧雨……。もう『時雨の渓谷』の近くまで来た証拠だ。なのにカトレアと青龍が一向に見えてこないのはどういうことだろう」
「モガミの足が意外に早くて、森を抜けたんじゃない?」
「いや、青龍の足の早さから察するにメイン職業はスカウトでほぼ間違いない。スカウトの敏捷性に関するステータスは全職業の中でも随一なんだ。カトレアだけならともかく、素早い青龍が何もない道で追いつけないなんてことはまずない」
「……何かあったってことだね」
その時、森の東側で爆発音が鳴り響いた。木々から何匹もの小鳥達が飛び去っていく。
アキは音が鳴った方向へ顔を向けるがそこには道などなく、茂みと木々が立ち並ぶ暗然たる森が広がっているのみだった。
「カトレアさんのスペル……?」
「どうするの?」
いや、この先にモガミはいない。アイアンゴーレムにモガミの追跡を依頼したのだから、もしモガミがこの森の中に逃げ込んだのなら、アイアンゴーレムの巨体によって茂みが大きく踏み潰されているはずなんだ。しかし茂みにそんな形跡はない。
でも、もし万が一さっきの爆発音がカトレアさんのものなら見過ごすわけにもいかない。ここでも戦力を割かないといけないか。
「クオンは俺と来てくれ。エンジェル、サキュバス、さっき俺と一緒に行動をしてたプレイヤーを覚えてるか? 双剣使いとウィザードの女性だ」
「もちろん」とエンジェルが答えた。
「ならエンジェルとサキュバスは爆発音の鳴った方向へ向かってくれ。もし今言った二人の仲間がいたら加勢、いなかったら『時雨の渓谷』に来てほしい。頼めるかな」
二体は冗談一つこぼさずに頷くと、背中の羽を広げ、一度大きく羽ばたいてから木々の葉の下を器用に滑空していった。
「よし、先を急ごうクオン」
「うんっ!」




