妖艶教祖モガミ
街は夕暮れの橙色に染まっていたが、明日を待っていられるほどアキの気持ちは穏やかではなかった。
時計塔の下へと力強く歩き出しながら、アキはあらゆる事態を想定し、戦意がないことを示すためにわざとモンスターを喚起しなかった。しかし、アキの視界の左端にはスキルメニューが浮かんでいた。戦闘を余儀なくされた時、すぐに対応できるようにする必要もあったためだ。
背後について来ていたクオンがアキの肩を掴んで顔を覗き込んだ。スキルメニューの向こうに、クオンの曇った表情が見えた。
「アキ、大丈夫?」
「なにが?」
「なんか、今のアキは無理してる気がしたから」
アキは立ち止まって、スキルメニューに指を二度押し付けてから視界の右の方へとずらした。
一呼吸置いて、クオンに真剣な眼差しを向ける。
「俺がやろうとしてることは、無理をしてでもやらなくちゃいけないことだと思う。だからクオンの言う通り、今は無理をしてる。もう後悔したくないんだ」
アキの決意を知り、クオンは一度深々と頷いた。
「……わかった。私に出来ること、全力でサポートするから!」
「ありがとう。色々世話をかけてるけど、頼り甲斐のあるクオンが仲間で本当に良かった」
クオンは「そうかなぁ~」と照れたように頭を掻いた。アキは確認するように頷いてから、再び歩き出した。
時計塔が近づくにつれ、十数ものプレイヤーと時計塔根元の段差上に立つ女性が見えてきた。
「まだあんなに……」
顔をしかめたクオンがそうこぼした。
クオンが驚くのも無理はないな。アビスにヴァルカン、どこを見てもプレイヤーなんて碌に見かけなかったのだから。
それだけフールギャザリングの、モガミの人を惹きつけるカリスマ性のようなものが絶大なのだと感じた。
段上に立つ女性の姿が鮮明になった。
現実世界でも滅多に見かけないような、目鼻立ちの整った顔立ちと妖艶な視線は、段下で熱狂している信者達を魅了しているように見えた。
金色の装飾がなされた絢爛豪華な着物姿で、その長い袖を振り乱し、信者たちに語りかけるように演説している。
これじゃまるでアイドルみたいな扱いだな。信者も男ばかりだ。
アキとクオンが信者たちに紛れこみ、モガミがどのような演説をしているかをまず傍聴することにした。
「今、エタニティオンラインからログアウトしているプレイヤーは、惜しくも選ばれなかった者達。この世界に残っている私達は、人類史上初の奇跡に触れようとしているのです」
モガミは皆を見渡しながら、一言、付け加えた。
「その奇跡とは『永遠の獲得』」
心臓が大きく高鳴った。西倉修、織笠文、西倉修の協力者しか知り得ない事実をモガミが知っている。
モガミが協力者なら、この演説は西倉修の意向なのか? それともモガミの独断?
「エタニティオンラインの運営元であるサニーは、仮想現実の世界で永遠に生きる方法を見つけ出しました。そして来たるべき時がやってきたのです。私達は選ばれし者、永遠を享受するに相応しい者!
神の法則に反する意思ある愚者達よ。私と共にゆきましょう!」
周囲の信者達は怒声のような絶叫とともに拳を振り上げた。
アキは顔をしかめ耳を塞ぎながら、人混みをかき分けて段上へと登った。その瞬間、場が凍りついたように静まり返る。
モガミが悠然とアキを見つめる。
「何かご不満でも?」
「あんたが街の食糧を独占してるって聞いたんだ。本当なのか?」
「ええ。その通りです」
「どうしてそんなことを! フールギャザリングの目的はなんだ!」
アキが食らいつかんばかりに詰め寄ったところで、どこからともなく全身黒ずくめのプレイヤーが二人の間に立った。
「今は退いて」
短く発した声で女性ということだけはわかったが、アキは整理のつかないまま黒ずくめの女に腕を引かれ、その場を後にした。
改めて時計塔の下を眺めた。こちらを追いかけてくるクオンの姿と、その後ろから憎悪に満ちた信者たちの視線が目に入った。
段上のモガミは妖艶な笑みを浮かべていた。
腕を引っ張る女がぼそりと呟く。
「あの場は言わば敵陣の真ん中。地味な見かけによらず、随分無鉄砲な人」
「地味で悪かったな……。怪しい見た目のあんたは、どこの誰だ?」
女は街角を横切ったところで立ち止まると、周囲を見回した。
「私はかつてあなたの店の前で、テンマに雇われた者。あなたの身の安全を確保するよう、テンマに指示された」
アキは以前の記憶を遡った。
そういえば運営から緊急告知を受けてから、籠城するための資金を荒稼ぎしていた頃に、商売敵が雇った黒ずくめの刺客とテンマが店の前で戦ったことがあったな。




