余韻
その場の誰も反論することはなかった。それが第三者の率直な感想であり、純粋な比較であり、的を得た意見だったからである。
青龍はその様子を確認してから再びカトレアへと問う。
「それで? 殺すの?」
カトレアは視線を地面に落とし、暫しの間黙りこくった。その沈黙が終わるのを一同は待ち続けた。やがてカドゥケウスを下ろしたと同時に、短くため息をつく。
「私が彼に攻撃したとなれば、恐らくこの場の全員が私の敵になるのでしょうね。調和を乱した悪人として。
テンマと青龍の言うことにも一理ある。それがわからないほど、私も阿呆ではないわ。事件の真相がわかっただけでも、彼にとっては良い報告となるもの」
「カ、カトレアさん……」
クオンが退くと、下唇を噛み締めていたアキがカトレアを見上げていた。
「良いでしょう、許してあげる。ただ最後にもう一度だけ……ここにいないメンバーの分も含めて、私とテンマへ謝罪して頂戴。私は、論理だけで納得できるほど出来た人間ではないのよ」
アキはすぐさま立ち上がり、正面に対峙する二人へ深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした……」
テンマとカトレアは互いに視線を合わせ、頷き合う。
「顔を上げて。もうこれで終わり。元の精鋭隊の仲間同士に戻りましょう」
顔を上げたアキは、カトレアの穏やかな顔を見て一気に緊張がほぐれた。そのせいで足に力が入らなくなり、イスへともたれかかった。天井を見上げて何度も深呼吸している。
その情けない姿に誰ともなく笑い声がこぼれる。
────外へ出てみると、すっかり日が暮れて夜となっていた。
まさか、一年前の事件を許してもらえるとは思わなかった……。明日以降、またそれぞれ自分の目的のために動くことになるんだろうな。
何かを助け、守るために手段は選ばないと決断した。今の俺に迷いはない。どこか、この仮想の夜空みたいにすっきりと澄み渡ってるみたいだ。
アキはユウが死んでしまった場所へと足を運ぶ。最後に置いていった妖刀も壊れて落ちた装飾品の眼鏡も、そこから消えていた。
街中やフィールド、ダンジョンで所持品を自ら地面に置くとそれは放棄したという扱いになる。そして放棄された物は自由に取得することができるが、三十分経つと消滅してしまう。
「妖刀『羅刹天』は死ぬことでその所有権を放棄することができる、か」
なら、もう消えたんだろうな。あんなもの、消えてしまったほうが良いに決まってる。
「アキ、さん」
突然、掠れるような声をかけられた。アキが振り向いた先にはプチエンジェル、プチゴーレムを引き連れたキュータが、涙をこらえながら佇んでいた。
「ユウさんは、死んでしまったんですか?」
「……そうだよ」
「あの時僕が声をかけなければ!」
キュータが声を張ると、アキは諭すように穏やかに話した。
「気にしなくていい。ユウはどちらにせよ、死んでいたんだ」
キュータはユウの戦っていた石畳みに手を当て、ぽつりと呟く。
「……ユウさんの魂はどこへ行ったんでしょう」
「それは────」
アキは答えに詰まった。『死亡確定すれば意識がネットワーク上に放流される』という告知は事件当初に読んでいた。しかし、よく考えてみれば放流後の意識はどうなるのか。
データ化された意識のサルベージが出来ないため、死亡してはいけないと書かれてあった。逆に意識のサルベージが出来れば、体さえ保存できていれば生き返らせることができる。ということはつまり、『サルベージされない意識のデータは永遠にネットワーク上を徘徊する』ということになる。
アキの頭はすっかり混乱しかけていた。
「魂をある種の意識として捉えるなら、それは永遠にネットワーク上に閉じ込められる……?」
ダメだ、すっかりこんがらがってる。そもそも魂なんて非科学的なことをだらだらと考えている余裕はない。
とりあえずキュータ君を傷つけずにこの場をやり過ごそう。
「きっとユウの居るべき場所にいるはずだよ。それはそうと、キュータ君はこれからどうするつもりなんだ?」
「俺は……ログアウトホールをここで待つのみです。これはもうゲームとして成り立っていませんから」
「その通りだな。ユウもそうするようにと言うはずだ。それまではゆっくり休んでおこう」
俺も、さすがに疲れた。そろそろ支部へ戻ろうか。




