エリス212B423
どこかの大佐さながらに視力を奪われた俺は、「目がぁ~!」と叫んでその場にうずくまった。
スプライトが駆け寄ったのか、身近に風圧を感じた。
そして、キムの声は意外なほど近く、俺の耳元から発せられた。
「あー、ええと……ごめんねヴスジーマ」
「ごめんじゃすまないから! ごめんじゃすまないから!」
大事なことなので二度言いました。
まだ顔全体がカッカと熱い。
とんでもねえよこいつ。
人にレーザー砲向けるなって、子供の頃に教えられなかったのか?
間違ってた。俺間違ってたよ。
なにが「人生という建物のレンガを、共に一つ一つ積み上げてゆける同志」だよ。
キムなんかと一緒にいたら命がいくつあっても足りねえよ。
さすがに悪いと思ったのか、キムが俺の肩にずしりと重い手を置いた。
「失敬失敬。でもウルザブルンで治るでしょ、死者ですら蘇るんだし」
「そういう問題じゃないよね。謝罪と賠償を――お、重っ」
スプライトのごつい手がぎりぎりと締まった。
「わたし雇用主、あなた雇用者」
なんだよあなた働く、僕ラクする! みたいなスクラミングバブルな言い方しやがって。
それにしても俺、スクバブ好きだよな。
「わかった、わかったよ」
俺の肩を粉砕する気か。
キムから四つ足でワサワサと逃れた俺は、リカバリーユニットに可能な限りの速さで這っていった。
手探りるす指先に円形の台座が触れた。
その上に乗ると、間髪いれずリカバリーユニットのメニューに意識を集中した。
リカバリーユニットの操作は目をつぶってもできる。
……まあ、現状つぶってなくても見えないのだが。
操作に慣れていて本当によかった。
RC遷移はだいぶ弱まっていたが、強く念じるとテキスト・イメージが意識の中にぽかりと浮かんだ。
“作動中”という立体的なテキストイメージが、漆黒の空間の中心で軽く上下運動している。
よかった、リカバリーユニットのイメージをとらえられた。
そのイメージからは、目が見えていたときとはまた異なった印象を受けた。
思考操作でリカバリーユニットの操作画面を呼び出そうとした。
そのとき、目の奥に鋭い痛みが走って、意識の集中が乱れた。
「ああっ、消えた」
リカバリーユニットの感触は消え去った。もう一度最初からやりなおしだ。
俺がユニバーサル・インターフェースと格闘している間に、キムは娘の気を落ち着かせて、名前を聞きだしていた。
その名前は、とても名前とは思えないようなものだった。
「……212B423です」
小さな震え声で娘は答えた。
「なんですって?」と、キムは当然ながら驚きを示した。
おかしいよな、そう思うよな、キム。
なんだ、その数字と記号の羅列は。
キムは平然と言った。
「――珍しいわね、“B”だなんて」
えー、そこですか驚くポイント。
212……なんとかいうのは、キムにとって別に驚くようなことでもないらしい。
「まあそれは置くとしても、212ってことはフェアボーテンの配給所番号じゃないわね」
娘は沈黙している。
「あなた本当の名前はあるの?」
本当の名前?
そういえばキムは俺にも同じことを聞いてたな。
たどたどしく思考でリカバリーユニットの操作をしながら、俺は耳をそばだてた。
娘は言葉につまっていた。
「……養民ですから、番号だけです」
また蚊のなくような声だ。
「本当に?」
「そんなことを聞かれても困ります。それに、養民が名前を名乗るなんて……」
キムはきっぱりと言った。
「いいのよ。このわたしが許すわ」
「でも……」
「わたしはキンバリー・ユニティ。で、あの変な服の男がヴスジーマ」と、俺を身振りで示した。
「はあ」と娘があいまいな声をだす。
目が見えないまま、俺は片手を挙げて挨拶した。
「本当に名前を名乗っても?」
娘がおずおずと聞いた。
「もちろん。わたし、目下の者に横柄に『お前、番号は?』って尋ねる連中が大嫌いなの」
番号で識別されてるってさ……完全に人間扱いされてないじゃん、養民。
元の世界で例えると、バーコードで管理されるようなものだな。
絶滅収容所に追いやられる、バーコードの焼きごてを押された人間たち――知性を持った機械が人類を支配する暗黒の未来なんかではありそうなシチュエーションだな。
どこのター○ネーターだって話だけど。
「うーん、でも無理しなくていいわよ。両親がはじめから名前をつけてくれないこともあると――」
キムが折れたそのとき。
「エリス」
はっきりと、そう聞こえた。
「エリス212B423です」
キムは嬉しそうに言った。
「よろしくね、エリス」
「あ、あの……」
「なに?」
「ちゃんとしたお名前……いえ、あの、正式なお名前をうかがっていいですか。その、ごめんなさい」とかしこまるエリス。
キムは笑顔をみせた。
「いいわよ別に。わたしはキンバリー・124C40・ユニティよ」




