第14話 統率者2
あれは……。
「では、パーティーは予定通りということで」
耳を澄ますと聞こえた、ロビーに響く低音の声。
記者達と同じように、メイタロウは思わず人だかりの方に足を運んでしまっていた。
だって、
「ええ。予定を変更するつもりはありません。あの件は、私の予定には一切影響しませんから」
低音の声の主に、毅然と答える凛とした声。それに聞き覚えがあったから。
この街の市長、リン氏だ。
そう、人だかりの中心では、ある二人の人物が対峙していた。
一人はリン氏。そしてもう一人は背が高く体格のよい男性。
二人ともそれぞれの取り巻きに囲まれて、その真ん中で向き合っている。
人だかりができて当然だ。
一方はこの街の市長。そしてもう一方は、
「おい見ろ。やっぱりあの男、プロ魔術師のセツガだぜ」
人だかりで誰かが呟く。
そうだ。あの背の高く威風堂々とした佇まいの男性の名はセツガ。
名の知れたプロ選手であり、今大会に参加するプロの魔術師集団のリーダーだ。
プロのリーダーとこの街の市長が、それぞれの取り巻きと人だかりに囲まれてその真ん中で対峙しているのだ。
バシバシとフラッシュが光る。さっきの新聞社のカメラマンが、熱心に二人に向けてシャッターを切っていた。それはそうだ。
この緊張感。まさに大物同士の対面。メイタロウよりよっぽど撮りがいある撮影対象だろう。
しかし先生。あんないかついプロ魔術師にまっすぐ視線を向けるなんて、やっぱり市長ともなると凄い胆力だ。少し離れて立っているメイタロウでさえ、彼の魔力の強さに指先が震えるのに。
プロ魔術師のリーダー、セツガ。
実はメイタロウも全く知らない相手ではない。
何を隠そう、彼はフブキの実の兄なのだ。
ものすごく昔だが、この街で彼とすれ違ったことがある。
あのときはお互い子どもだったが、年月を経て、向こうはまさに威厳ある魔術師の姿で帰ってきた。それもプロ集団のリーダーという。
同年代でも随分と違う人生があるものだ。
そんなことを思いながら、その場を離れようとした。
しかし、
「うわっ! すいません!」
一歩足を退いたメイタロウは、後ろにいた誰かに思いっ切りぶつかってしまった。
いつの間にか、メイタロウの後方には先程よりさらに大きな人だかりができていた。試合を終えた選手や観客達が、一目セツガを見ようと続々集まってきているようだ。
そして青年は後ろに下がるどころか人の波に前へ前へと押し出され、すぐそばにいた人の足にけっつまづいた。
そのまま、人々の輪の中心にいる市長とセツガの真ん前ですっ転ぶ。
当然、視線は一気にメイタロウに集まった。
「メイ! 一体どうしたの!?」
「せ、先生……」
驚き顔でリン市長が駆け寄ってくる。思わず顔が赤くなった。
……情けない。こんな大観衆の前で、そしてこの大物二人の前でなんという失態を。
何事かと、セツガも厳しい表情のままこちらをうかがっている。
「お知り合いかな? 市長」
低い声がそう問うた。
「ええ。ご紹介します、大使。彼はメイタロウ。今大会、ペアの部で最注目の選手の一人ですよ」
先生はこんなときでも、いつも通りの快活さではきはきと返す。
しかし彼女の言葉にメイタロウは思わず飛び上がってしまった。まさか市長の口から今大会の注目選手なんて紹介の仕方をされるなんて……。
そんなメイタロウを、セツガは物珍しいものを見るような目で眺める。
「メイタロウ……。君がメイタロウか」
そして予想外なことに、セツガは向こうからこちらに近付いてきた。
カツカツと迫ってくる靴音が重い。立派なブーツが立てる音圧だけで床を割りそうだ。
そして近付いてきた彼は、今度は何かを観察するようにメイタロウの顔をまじまじと見た。
いや見られているというより、対峙する身としては猛獣に睨まれているような感覚だ。
長く伸ばした青い髪に、見上げるほどの背。痩せ型の弟とは対照的に、がっしりとした肩幅。
何よりも、魔術で対戦する前に、威圧感で相手を粉にしてしまいそうなその迫力。
まるで氷のたてがみを持ったライオンを前にした感じだった。
フブキともども、兄弟そろってとんでもない魔力だ。
これが、プロのリーダーか……。
そのとんでもない魔力の持ち主は、全く笑わない瞳のまま、メイタロウに向けて言葉を重ねた。
「スオウの兄だと聞いている。いや、言われてみればよく似ているな」
ゆったりとした、余裕のある言葉づかいだ。それでいて腕を後ろで組んだ所作に一切隙がない。
大人の男、というのだろうか。フブキとは全く違う。
フブキにも顔を合わせる度に魔力の高さを感じるが、セツガはそれと同時に実力に伴った風格と威厳を備えている。導師院の紋様が入ったこれまた高級そうなビロードのローブがこれ程よく似合う男がいるとは。
メイタロウは、フブキとは一時期一緒に魔術をしていたことがあるが、この人に関しては本当に顔くらいしか知らない。
彼は幼くしてその強大な魔力を認められ、遠く首都の名門魔術学校に通っていた。故に子どものとき以来、この街で見かけることは滅多に無かった。
向こうも向こうで、メイタロウのことは顔すら覚えておらず、スオウの兄としてしか認識がないようだ。
「市長が仰った通り、快進撃だそうだな。スオウは君の実力についてずいぶん謙遜していたが、いや困ったよ。君達の強さを聞いて、こちらはペアの部に出場させるプロ選びに悩んでいる所だ。万が一にも、プロがアマチュアに後れを取ってはいかんからな」
「は、はあ……それはどうも」
この人はロドとは違った意味で、表情から本心が読み取れない。
口角は少し上がっているが、それを単純に笑顔と認識できない。
権謀術数に長けた者が、簡単に相手に手の内を見せないような、そういう政治的な顔だ。
メイタロウ達のようなアマチュア相手のプロ選定に悩んでいるなんて、リップサービス以外の何でもないだろうけど。
この世界でアマチュア魔術師がプロ魔術師の実力を覆した例なんてほんのわずかしか……。
「ああそうだ。メイ、明日勝ったらあなたも例のパーティーに来るでしょう?」
プロのリーダーに話しかけられた元教え子が明らかに戸惑っていることを感知したのか、突然市長が二人の間に割って入ってきた。
「ちょうど今、大使と明日の夜のパーティーについて話をしていたのよ」
「パーティー、ですか?」
「なんだ、知らなかったの? 準決勝進出までの選手は、明日ここで開かれるレセプションパーティーに招待されるのよ」
「へえ……」
導師院のプロ魔術師達を歓迎するために用意されたレセプションパーティー。そこには今大会を勝ち進んだアマチュアも招待される。本格的な優勝者決定戦に向けての前夜祭も兼ねているのだろう。
思い返せば大会開会式のアナウンスでそんなことを言っていたような気がするが、そのときメイタロウは周りの選手が極限に気になるのと、多くの魔力に囲まれたせいで逃げ出したいほどの緊張に陥っている真っ最中だったので正直それどころではなかった。
祝勝パーティーなんてあっても、自分には無関係なことだと思っただろうし。
パーティーは試合が終わった後の会場で開催され、プロが軽く魔術を披露するなどの催しもあるという。
それは是非見てみたいが……。
しかしさっきセツガと話しているときの市長は、かなり張り詰めているように見えた。
「君達がそのパーティーに出席できることを心から期待しているよ」
カツカツと、靴音が石の床に響いた。そしてセツガは軽く市長と挨拶を交わすと、最早メイタロウには一べつもくれず、取り巻きと共に去って行ってしまった。
慌てて立ち上がると、先生が笑っていた。
「彼の目を見て話せるなんてすごいじゃない」
「え、」
どうやら彼女も、セツガがずっと圧をかけながらしゃべっているのを察していたらしい。先生の言葉に答える前に、
「うんうん。凄い魔力だったね、さっきの人」
「ロド!」
いつの間にか、静かに行方をくらましたロドが帰ってきていた。
そして今までいなかったはずなのに何故か訳知り顔で、腕組みしながらセツガの背を見送っている。
「どこ行ってたんだよ。君のいない間に取材が来て……」
「取材はあっちに集中してるみたいだよ」
周りを見れば、セツガと共に人だかりも散り始め、記者達は今度は市長の取り巻きの方に何事か早口で質問している。
メイタロウが驚いたのは、会話の端々から聞こえた物騒な単語だ。
リンはその場をごまかすように、メイタロウに向かっておどけた笑みを見せた。
「あらどうしたの、メイ? そんなに怪訝そうな顔をして」
「……本当なんですか? 先生に脅迫状が届いたって」
困り顔で、市長は言葉を切ってしまった。
気丈だった瞳が影る。しかし、ふっと息を吐くと、至って穏やかに話の先を聞かせてくれた。
「本当よ。『水の組織』からね」
「……水の組織?」
「ある儀式を使って、魔術師の魔力を無理矢理上げる組織のことだよ」
「ロド!」
予想外の人から出た言葉に振り返る。そこにはさっきまでとは違う。今まで見たこともない、険しい顔をしたロドがいた。




