薄暗い部屋
カガミ=フウマの
精神の崩壊と自我の喪失を確認。
これより彼が無事に立ち直れるまで
私、█ █ █ = █ █ █ が
代役として情報の伝達を務めさせていただく。
*****
「……………………」
能力名『未来予知』が一方的に見せた最悪の未来の上映会
から無事に帰還したフウマ
ただ……無事といっても、
たった今の彼の精神状態は常人のそれでは到底なかった
石畳の上に座り込み体育座りのまま深く、深く項垂れている
「ねぇ……ねぇ!!!
フウマ!! 起きてよ!」
肩を激しく揺さぶりながら無事を確認しているのは
ルナーシュだ
当然だがまだ死んでおらず、
真珠のように透き通った白髪をゆらしている
「ごめん!! ごめんフウマ!!
俺様が腕を強く握り過ぎちゃったからだろ!?
だからこんなに苦しそうなんだろ!?
お願いだから目を覚ましてくれ!!」
フウマの腕に手をかざし必死に治癒魔法をかけ続けているのは
プラティだ
当然だがまだ死んでおらず、
顔中には焦り故の汗を滲ませている
それに合わせて、マヤも同じく治癒魔法をかけている
灰色と薄緑色の光球が次々とフウマの腕に集まっていき、
プラティの馬鹿力のせいでつけてしまった
手の跡がたちまち消えていく
彼の真の問題はそこではないのというのに…… 健気なことだ
この3人の他にも
屋敷の前の石畳の道には
マグレガー・カルシュ、テリウム・エーギル、
クマ型の妖精であるスーパも駆けつけていた
全員が全員揃って
フウマを心配そうに見つめている
「あ……あぁ……………嗚呼
や……いやや! 嫌だ!!
死にたくない!!!
まだぁ、死にたくねぇよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
目を覚ましたフウマは心配するルナーシュの手を強引に振り払い、
まるで何かに取り憑かれたかのように急いで立ち上がる
そして再度、彼は屋敷の中を目指して疲労を感じつつも走り出した
彼は、怯えていた
次は自分が殺される、その確信に心を支配されていた
1回目の未来予知で、彼は彼自身の死体を目にしている
その死体の凄惨さは既に彼の脳裏に深く、深くこびりついていた
そして2回目で、自分が死に至る過程を知った
正確にはルナーシュの死に様であったが、
きっと自分も同じような感じで殺されるのだと、彼は理解をしていた
避けられない《《死》》、
その根源的な恐怖は彼を狂人へと染め上げてしまったのだ
未来予知を見ている間も現実世界では時間は進んでいたのか、
さっきより夜が深まっている
頭上には星が輝きを放ち、私たちを見守っている
そのせいで彼にとって屋敷の中の照明はより一層、
暗闇に差し込んだ希望に見えてしまっている
「へへへへへっへ、えへへへへっへ」
フウマは屋敷の前の階段を駆け上がっている
その階段は5段ほどしかないが
彼にとっては十分に疲れてしまうようだ
彼の精神状態が本物の狂気なのか、それとも適当にはっつけた偽物の狂気なのか
それは当人にしか分からない
「フウマ!!! ねぇ!
どうしたの!?」
後ろから心配をするルナーシュの声が聞こえる
それに同調してプラティもマヤも同様に声を張りあげて、無事を心配する
それでも尚走り続ける僕に、
カルシュを除いた全員はフウマを追い駆け始めた
「……どうかな?
カガミ=フウマ、君は《《そう》》なのかネ?」
みんながフウマを追いかけ石畳を後にし、屋敷の中へ入っていく
そうして無人となった石畳の上で、マグレガー・カルシュは小さく呟いた
***
「いやだ! いやだ!!
誰に殺されるもんか!!!」
屋敷のエントランスに入ったフウマ、
彼の一旦の目的地は自身の寝室だ
なぜならばそこだったら誰からの干渉も受けず、1人になれるからであろう
なので彼はそこを目指し、
エントランスから右折して2階にある寝室を目指す
彼は道中で幾度となく転び、
それの打ちどころが悪かったたび地面に蹲り、その痛みに悶える
それでもフウマは立ち上がり目的地に向かって
嗤いながら進み続けた
その笑い声は奇しくも、
フウマが死ぬほど憎んでいるあの神の使者と酷似してしまっていた
「ちょっと!! フウマ!?
待ちなさい!!!」
20mあまりの後方からルナーシュとプラティの声が聞こえた
2人の運動能力はフウマよりも断然高く、
互いの間の距離はどんどんと縮まっている
「死なねぇ…… 俺は死なねぇ!!
……あだっ」
屋敷のちょうど曲がり角を曲がり、方向転換をした時
フウマはまたもやこけてしまった
ただ今回は当たりどころがかなり悪く
顔と屋敷の絨毯を強くこすってしまっており、
その痛みにフウマは顔を両手で覆い、身悶えする
「あ…… アガっっっっっ」
こうしている間にも2人はどんどん詰め寄っていく
そうして2人が曲がり角を曲がるちょうどその時、
「来んなってぇぇぇ!!
死体どもがよぉぉぉぉぉ!!!」
フウマは飾り台の上に置いてある花瓶を咄嗟に持ち、
2人の襲来を心の底から拒否するように
さっきの曲がり角に向けて花瓶を投げつける
「いっっった!」
するとたった今曲がり角を曲がったプラティの額に
その花瓶が衝突した
花瓶は砕け散り、その破片が彼女の皮膚を切り裂き、裂傷を生む
彼女の額からはなかなかの量の血が流れ出てる
加えて、活けている花たちはその輝きを失い、床に舞い落ちていった
「え………
ち、ちがう……ちがう ……違う!!
ぼ……僕は悪くない!!
プ、プラ……プラティが悪いんだ!!!!
おま、お前……お前のせいなんだ!!!」
額を覆い尽くす血に困惑し地面に蹲るプラティに対し
フウマは怯えつつも彼女に向かって指を指し、
責任を彼女のみに押し付けた
これまでの18年という長く短い人生の中で
1度たりとも人を物理的に傷つけたことがないフウマ、
正確には、奴隷商人に誘拐されたあの倉庫の中で
乱闘騒ぎになり1回だけは人を殴ったが、
それを除けば
本当に彼はこの人生、徹頭徹尾平和主義のままでいた
でも、今それが打ち破られた
…………たった一ヶ月だった
それでも彼にとっては
ここで出会った仲間たちと過ごした時間は確かに幸せだった
笑い合って……馬鹿な話もして……
そんな日々が続くと思っていた
ただ、その時間は「死」という最も強い恐怖によって壊されてしまった
そして彼は無意識のうちに知った
自分自身の平和主義を守り切れなかったのだと
「……えっ!?
ちょっとプラティ!!
大丈夫なの?
……あぁ! 額から血が出てるじゃない!?」
大声で叫びながら醜く責任転嫁を図るフウマ。
皮膚に突き刺さった陶器の破片に痛み、のたうち回るプラティ。
その2人の修羅場に遅れて到着した
ルナーシュは、真っ先にプラティの心配をした
彼女の容体を確認し、額の夥しい量の血を見ると
ルナーシュは顔色を変えて焦り出す
急いで薄青色の袖で額の血を拭い取り、刺さっている破片を慎重に抜き取る
そしてすぐさまプラティに治癒魔法をかけ始めた
「し……師匠……
俺様のことはいいから
……フウマを、フウマを早く追いか……けて
あいつ、やっぱりなにかがおかしく……なってる」
その時、フウマは既にプラティから背を向けて
自分の寝室に向かって再び走り出していた
そんな彼の背中を眺めながら、痛みに耐えて彼女はルナーシュに懇願する
ルナーシュはその願いを聞き入れ、
ある程度出血が収まったタイミングで治癒魔法を打ち切る
そして、彼女はプラティをゆっくり横たわらせ、
フウマの後を追い始めた
***
「へあぁ……へへへへへへへへっ
僕は悪くなぃ……
あいつが……あいつが勝手に当たったんだよぉぉ!!」
屋敷の2階へ続く、長い階段を駆け上がりながら
フウマはそう自身に暗示をかけて、自己を正当化する
そうでもしないと、彼が理性と狂気の微妙な狭間に
押しつぶされるからであろう
「はぁはぁ、はっはっ……
フウマ!! 待ちなさい!!!
落ち着いて話を……何があったのかを話して!!」
ルナーシュが息を切らして、フウマを追い駆ける
今となっては、互いの足の速さはほぼほぼ同じなので
距離の差は全く縮まっていない状況だ
現在、目的地であるフウマの寝室までには残り50mもない
カガミ=フウマにとっては背後から追ってきている物は
ルナーシュではない、「死」だ
幾ら考えをまとめても
「死」がそれをかき消す
理性を働かせようとも
「死」がそれを打ち砕く
平静を保とうとしても
「死」によってその試みは無意に終わる
背後にいる「死」と「未来」はただただ嗤っている
逃げようと足掻くこちらを嬲るように、
彼を追い詰めてくる
足を止めれば「死」に追いつかれてしまう
追いつかれれば、命を奪われる
そのようなすべての細胞が叫ぶ恐怖信号に、
フウマはただ深く考えずに従っていた
「や、止めろぉ! 来んなよ!!
男を……男を誘う下劣な声しやがって!!
気持ちが悪いんだよ!!!!?」
何故であろう?
フウマにはそんな思いなんて微塵もないのに口にしていた
心の奥底にあった本音がいつのまにか漏れていた……
のでは断じてない
こんな……それこそ下劣な感想はフウマには
一切持ち合わせていなかったのに
「狂気」という心に巣食う化け物が、フウマにこんなことを言わしめていたのだ
その「狂気」のメカニズムを解明して、
知ることは絶対に不可能であろう
「え………………」
彼が発した罵詈雑言に
ルナーシュはやおら立ち止まり、追いかけるのを諦めた
……いや正しくは
”なおも追い駆けたかったが体が動いてくれなかった”だ
追跡をふっきったフウマは2階へ到着し、
寝室に向けて動かす足をさらに速くする
***
少しの静寂の後
彼女はフウマを見捨てて、階段を降りていく
そして負傷しているプラティのところに歩いて戻った
プラティは変わらず地面に伏して、痛みに耐えていた
そして自分の願いを破り、尻尾巻いて戻ってきた師匠に
彼女は当然驚き、怒りを表明する
ただそれに対しルナーシュはただ「ごめん」と、そう呟き
黙って再び額に治癒魔法をかけ始めた
その最中、彼女は先ほど言われた悪口を心の中で何度も反芻した
何度も何度も何度も……
そして言葉を繰り返すたび
彼女の呼吸が荒く、速くなった
彼女の脳にあの言葉がこびり付いて離れなく、次第に彼女の動悸がより激しくなる
「師匠? どうしたんだ?
息も荒くなって……
なにか……あったのか?」
プラティはルナーシュを心配し問いを投げる
進行形で傷が癒えているからなのか、
プラティの表情は少し柔らかくなっている
「ん……
いや、なんでもないわ……
それよりも…………傷は大丈夫?
まだどこか痛む?」
***
「はっはっはっ……」
よろけながらも、少女たちを物理的にも精神的にも傷つけながらも、
なんとかフウマは自分の部屋に到着した
彼は冷え切っている金属製のドアノブに手をかけて、部屋に入った
薄暗い部屋であった
既に日没を過ぎているので
部屋全体は非常に陰鬱な雰囲気を醸している
机やベットの輪郭のみがぼんやりと見える程度だ
あたかも時間が止まっているかのような静寂がこの空間を支配していた
その中で、フウマ自身の荒い呼吸音のみがここの時間の流れを証明している
フウマは息を整える暇もなく
慌ただしくベットに飛び込んだ
でも「飛び込んだ」というほど元気溌剌な感じでは全くない
心を砕かれ、精神を壊された……
その疲労と絶望を一気に吐き出すようにベットに
”倒れ込んだ”の方が的を射ている
そして彼は膝を抱えるように身を丸めて、
外界を拒絶して布団を頭から被った
布団の微妙な温もりがフウマの冷え切った体を温める
ただその温もりさえ、
彼にとっては鬱陶しいものに過ぎなかった
カガミ=フウマは薄暗い部屋で1人、たった1人
布団の中に身を沈めて、蹲った




