様子がおかしい?
「最近、桂様おかしくないでしょうか」
香澄の言葉に、鈴は首を傾げ、蘭は大きく首を縦に振った。対照的な反応は何時ものことなので、香澄は特に気にすることはない。
「てっきり、香澄様が幻覚剤でも盛ったのかと思いましたが、違うんですね」
「毒は前に盛りましたが、効きませんでした」
「……冗談だったのですが」
どうやら、香澄は言わなくてもいいことを言ってしまったようだった。蘭からのお小言を避けるために「鈴さんは、桂様の様子に違和感を覚えなかったのですか?」と話の方向性をずらす。
「はい! 桂様も香澄様も、みんな仲良しなので、いつも通りです」
「……そう、仲良しみたいですよね」
最近の桂は、とにかく香澄に優しい。前はもう少し棘がある。というよりも、手のかかる子供に対する親のような、厳しさと優しさが混ざったような接し方だった。
けれど今は、子供というより赤ん坊に近い対応をしていた。回数の減った暗殺も軽く躱した後、怒るのではなく、あまり無茶はするなという、叱責にしてはふわふわしすぎている言葉で許されている。
これには鈍感な香澄も違和感を覚えた。前は、理解できない珍獣みたいな感じだったようだと記憶していた。
「……桂様は、もしかしたらご病気なのでは?」
前とは打って変わって、優しい。これには病気などを疑うのも仕方ない。
「病気、その可能性もありますか。今年の健康診断では問題なかったのですが……」
「妖怪にもあるんですね、健康診断」
身長を測ったり、採血をする桂の姿を思い浮かべるが、あまりにも似合わない。流石に、人間のものとは違うだろうと、想像を追い払う。
「でも健康診断受けてるなら違いますかね。大きな病気なら見つかってそうですし……」
「そもそも桂様みたいな、強い妖怪はあまり病気をしないんですよね」
なら違いそうだ。しかしそうなると、桂の様子の違和感は何なのだろう。頭を捻る二人の横で、鈴は「仲良しいいことなのですよ」と笑う。
その通りなのだが、態度の違いが大きすぎて、何か理由があるのだと勘ぐってしまう。そして知りたいと思ってしまう。
(……知りたいと思うのは、興味があるから。私は、伯父様が私を嫌う理由を、知りたいと思うことを諦めていた。それは、興味が失せてしまったから? 期待してるからこそ、気になってしまうのでしょうね。せっかくですし、後で尋ねてみましょう)
それが昼の出来事だ。
夜、食事を済ませた後、香澄は桂の自室を訪ねた。態度の変化について理由を聞くために。
正座をして、桂と向かい合う。桂の金色の瞳は、静かな月のようだと思っていた。今は、とろんとした蜂蜜みたいな印象を受ける。
何が違うのか。違うのは自分のなのか、桂なのか。それを図るために、香澄は口を開く。
「最近、桂様の様子がいつもと違うように見えます。何かあったのですか?」
香澄の疑問に心当たりがあるようで、桂は「その話か」と呟く。ただ口元をモゴモゴと動かし、理由を言うのを渋る。
香澄は別に困らせたいわけではない。理由を知りたいだけ。その理由を言うことが、桂にとって苦痛に当たるのなら、無理に聞く気はない。
「言いたくないのなら言わなくてもいいです」
「……気になるんじゃないのか」
「気になります。桂様のことですから」
言いたくないことは誰にだってある。香澄も自身の願いのことは、言いたくなかったから言っていない。それは結局、わがままだ。わがままを貫いている側の香澄が、桂に無理やり理由を聞く。それはフェアではない。
「言いたくないのなら無理に聞きません。でも一つだけ聞かせてもらえませんか」
「言え」
「病気、とかではないんですよね」
「あぁ、違う」
「ならいいんです」
香澄にとって重要なのはそこなのだ。体調を崩していたら、病気だったら。香澄も、蘭も、それが一番不安だった。その不安を解消できただけでも、収穫があったと言える。
ホッとした表情を見せる香澄を見ながら、ふと桂はあることに気づく。
(さっき、俺のことだから気になると言ったか……?)
先程の香澄の言葉を思い出し、勝手に頬が熱を持つ。桂は暴れる心臓を無視して、ずいっと香澄に顔を近づけた。
「俺も一つ聞きたい」
「はい……? 何でしょうか」
「俺のことだから気になる、とはどういう意味だ」
「意味、ですか……?」
香澄は顎に手を置き、桂の質問について真剣に考え始める。桂の言う意味。それはもちろん、香澄は桂に興味があるから。期待しているからだ。
しかし、そのことをうまく伝えられる言葉が思いつかない。
「お前は、俺のことをどう思っている」
重ねられた質問。その質問の意図も、答えも、香澄にはわからない。
(どう思っているか……。真面目で、優しくて、強い妖怪。ううん、足りません。何か……もっと、あるような……)
ゆらゆら揺れる蜃気楼の先。見えるようで見えない何か。知っているはずなのに知らないもの。
それが何という名前なのか。記憶をひっくり返して探す。
けれど見つからず、香澄は手と一緒に、心の中で白旗を上げた。
「宿題に、させていただいてもいいですか」
「宿題?」
「今すぐに答えが出せなさそうなんです。だから、明日のこの時間までに考えてきます。桂様の疑問に対する回答を」
明日でも答えが出るかはわからない。しかし、長期間も回答を保留にするのは桂に失礼だ。そもそも宿題などと言って、時間稼ぎをするのも問題だろう。
受け入れてほしい。香澄はそう祈りながら、桂の返答を待つ。
「…………わかった。明日のこの時間に部屋で待ってる」
長い沈黙の後、桂が示したのは了承だった。受け入れてもらえて良かったと、香澄は息を吐いた。
「この俺が待ってやるのだから――絶対に聞かせてもらうからな。お前なりの気持ちを」
不遜な笑み。堂々たる妖怪達のトップに立つ男を見て、香澄の肩が震えたのは気の所為などではなく。明日の自分に、ひっそりと「ごめんなさい」と謝るのだった。




