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依頼

「失礼します。香澄様、お手紙が……って何をやっているんですか?」


 香澄の自室にノックと共に入る蘭。部屋には香澄と鈴が共にいて、二人の間にはいくつかのボードゲームが置かれていた。

 香澄の顔はどこか疲れているように見えるし、鈴はいつも通りの明るい表情。

 どういう状況なのかいまいち掴めない蘭の疑問は当然だった。


「えっと、たまには遊ぼうと鈴さんに誘われました」

「はい! 誘いましたです」


 暇の使い方が鍛錬ばかりの香澄を鈴が心配した構図だ。単純に鈴が遊びたかっただけでもあるが。


「鈴さんがいろいろ持ってきてくれたんです。それでまずはトランプをすることになって、でも私はババ抜きぐらいしかルールを知らなかったんです」

「あぁ、読めました。何となく」


 蘭は思い出す。ポーカーフェイスができない鈴のことを。ジョーカーに手を付ければ喜び、それ以外だと悲しむ鈴。

 香澄は桂を殺しにかかり、処罰を望む以外は比較的に普通の人間だ。そして妙に鈴に甘い。そこから考えるとこの後の展開が蘭には聞かずとも分かる。


「おそらく予想通りです」

「鈴がいっぱい勝ちました!」

「うちのがすみません」

「いえ」


 お互いに頭を下げる光景はなかなかにおかしいが、鈴は「仲良しですね」とのほほんとしていた。


「その後にもいろいろやったのですが、戦略性を求められるゲームも二人でやるのはよくなかったですね」

 主な理由としては鈴が直線的にプレイするからだ。香澄は冷静に戦況を見て判断し、自身にできる最適解を選ぶ。戦略家であり、効率厨だ。

 そんな二人がゲームをするとしたら、ゲーム選びは重要だろう。今回はことごとく選ぶのに失敗したと、香澄は落ち込む。


「香澄様」

「……蘭さん?」


 いつも蘭が香澄に向ける視線には恐れ、怒り、そして期待があった。意味の分からない人間。仕えるべきなのに、敬愛する方に不敬を働くことへの苛立ち。けれど、そこには理由があり、それを知りたい欲求。それらを混ぜた不可思議な色。

 その色が今はなく、ただ澄んだ色の感情が蘭の瞳に宿っていた。


「鈴にとって、勝ち負けはあまり重要ではありません。これは遊びで、息抜き。ただ、楽しむ時間を共有したかっただけです。だから貴女様が気に病む必要はありません。鈴と遊んでくださり、ありがとうございます」


 蘭は鈴を大切にしている。とてもとても、家族として姉妹として。

 そして香澄のことを苦手に思っている。かなり、仕えるべきだから、仕事だから側にいると香澄にも分かってしまうくらいには。

 そんな蘭が、香澄に感謝をしている。心から。そこに嘘も演技もなく、ただ真摯に。


(……私は少し変だ。変になる時がある)


 形容できない感情。胸に鋭い痛みをもたらす何か。疑問は感じる。気になる。けれどこれを治そうとは思えない。思ってはいけない。香澄にはそれしか分からない。


「蘭、お手紙は渡さなくてもいいのですか?」

「……っ、そうでした。香澄様、こちら先程預かりました」


 蘭は慌てて香澄に手紙を差し出す。香澄は手紙を見て、おおよその用件を察した。


「これを届けてくれたのは式神ですか?」

「はい、人工的な感じがしたので間違いないかと」

「そうですか」


 手紙を封じるのに使われているのは倉橋家の術。これは倉橋家から届いたものだ。わざわざ術がかけられているということは、国からの依頼が書かれているのだろう。


 個人で術を使うことはそうそうないし、個人的に香澄に手紙を送る誰かなど、あの家にはいない。更に言えば式神を使えるのは篝だけだ。玉代は祓い屋の家系ではないし、手毬は術を使えない。なので式神が手紙を届けたというのなら、篝から確定である。

 香澄は封筒を破き、便箋を取り出す。簡潔に、最低限のことしか書かれていない手紙を読んでからポケットにしまう。


「すみません、鈴さん。用事ができてしまいました。遊びの続きはまた今度でもいいですか?」

「はい! また遊びましょう!」

「ありがとうございます。蘭さん、桂様は自室にいらっしゃいますか?」


 依頼を受けるのは良いが、話を通すようにという桂の言葉をしっかり覚えていた香澄。早速、話をするために蘭に居場所を尋ねる。


「えぇ、今の時間なら」

「そうですか、なら……」


 ふと、香澄は思う。このまま言っても良いものかと。


(せっかくですし、例のアレも試したいですね)


 企みは密やかに。決して悟られず、完遂する。


「蘭さん。桂様にお茶を入れてもいいですか」

「……何もしませんよね」


 表情は一切変わってなかったが、前科が多すぎて香澄の企みは簡単に勘付かれる。これに関しては信用問題だ。信用も信頼もあるわけがない。なにせ、本当にやろうとしていたのだから。


 そして、それを簡単に認める香澄ではない。


「せっかくなので、何かして差し上げたいと思っただけですよ。今日も疲れているようだったので」

「それは、部屋から出てきた桂様に、香澄様が襲いかかったせいです」

「やはり身体に疲れが溜まっているのでしょう。お忙しそうですし」

「仕事が立て続く中での、連日の強襲ですから、お疲れにもなります。前者はどうしようもありませんが、後者に関しては誰かが行動を改めれば良いかと」

「なので労って差し上げたいと思いまして」

「私の話を聞いておりましたか?」

「はい。大変そうですね」

「…………疲れに効く生薬でも頼んでおきましょう」


 ため息とともに頭を押さえた蘭。彼女も忙しく疲れているのかもしれない。


(桂様の仕事が忙しいのも、私を娶ったせいでしょうし)


 ただの妖怪ならともかく、妖怪社会で力を持つ三大妖怪の結婚相手が祓い人。人間との共生を妖怪側も進めているとは言うが、反対を声高に叫ぶ者もいるはずだ。取り纏める立場の桂の仕事が増えるのも当然だった。


 自分のせい。誰かに迷惑をかけている。どうしようもないことだ。香澄が望んだわけではなく、選ぶ権利はなかったのだから。

 それでも気にしてしまう。自分がいなければ。その考えはずっと彼女の中にあったから。


(あの時に、私も一緒に……)


 香澄の記憶にはない過去。しかし現実に存在した変えられない事実。その時に、一緒に。そうなっていれば。

 そこまで考えて、香澄は頭を振って考えを払う。


(考えちゃ駄目だ。そんな考えを持ってちゃ、同じ場所には行けない)


 息が詰まる。ただただ苦しい。この場所に、桂に嫁いできてから軽くなっていた胸に巣食うもの。それが今、肥大していた。

 病気ではない。病気なら良かった。もし病気なら、早く死ねるから。

 香澄は耐える。じっと耐える。いずれ収まる、それまで耐える。

 ずっとそうしてきた。誰も助けてはくれないから。手を伸ばしても、その手は空を切る。声を張り上げても、宙で溶けて消える。だから待つ。収まるのを。


「大丈夫です!?」


 しかし今はそうではなかった。


 香澄の異変に気づいた鈴が心配そうに手をつかむ。


「香澄様! 落ち着いて、息をしてください!」


 いつもの冷静さを吹き飛ばし、蘭は慌てて背中を擦る。


「……ど、う……して……」


 分からない。なぜ、心配そうにしているのか。

 香澄には、自分が迷惑をかけている自覚がある。桂を襲うのも、嫁いだことで面倒を増やしているのも。すべて悪いとわかっている。だから理解できずに怖いと思う。


 そんな香澄の疑問の言葉を聞き、二人は迷わずに叫ぶ。


「体調が悪い人を心配するのは当然です!」

「心配するのは当たり前なのです!」


 目頭が熱かった。胸が痛かった。とても嬉しくて、同時に苦しい。

 思い出してしまった。届かない過去のことを。今が、欲しかったものによく似た形をしていたから。

 けれど違う。香澄が欲しいものによく似ていてもこれは違う。


 違うのだとしても。それでも香澄は思う。


(……望んでしまいそうになる)


 苦しみと本心を飲み込み、呼吸を整える。早く早く、この状況から、幸福から逃げるために。

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