14話「計略」
「今日は《ヒポグリフのオレンジ風味》ですわ」
エレオノールが宣言すると、ボスト男爵邸の食堂にほのかなざわめきが広がった。
ヨークでの祝宴を終え、長い移動の疲れもようやく落ち着いた頃合い。
暖炉の火は柔らかく揺れ、外の夜気を忘れさせるような温かな空気が部屋を満たしていた。
銀の蓋が上げられると、甘い柑橘と香ばしさが混じり合った香りが花開くように立ち昇った。
皿の中心には、よく焼き締められたヒポグリフの腿肉が堂々と横たわり、オレンジ色の艶を纏っている。
皮は薄く琥珀色に光り、軽く触れるだけで上質なパリッとした感触が伝わってくる。
肉の奥には、ヒポグリフ特有の濃い旨味が潜み、その周囲に散らされた焼きオレンジの薄片は、果汁が滲んで小さな光を宿していた。
香草の緑が彩りに深みを添え、皿全体がまるでひとつの絵画のようにまとまっている。
まず男爵家の給仕がエレオノールへ、次に四人たちへと丁寧に取り分けていく。
食前の祈りをささげた後、ひと口大に切り分けられた肉を口へ運ぶと、柔らかな繊維がゆっくりと舌に解け、オレンジを煮詰めた濃い香りが優しく広がった。
ヒポグリフの力強い旨味が、甘酸っぱいソースによって角を丸められ、まるで果実と肉が一瞬だけ同じ生き物であったかのように滑らかに溶け合っていく。
ほろ苦い果皮が後味の奥行きを作り、甘さと野性味の間で舌に心地よい均衡が生まれていた。
「同じヒポグリフでも……こうして仕立てを変えると、表情がまるで違いますね。香りの層が深くて……とても上品です」
マリアンヌが目を細めながら感想を述べる。
「しっかりした肉のはずなのに、重さを感じません。オレンジの香りと甘さが旨味を押し上げてくれていますね」
アルマンは満足げに頷き、肉とソースの余韻をかみしめている。
リュシールはひと口ごとに表情をほころばせ、焼き果実の香りを吸い込むように深く味わっていた。
肉の旨味とオレンジの甘みが舌に重なっていくたび、驚きと喜びが混じった柔らかな笑みが浮かぶ。
フォークの動きは止まらず、もくもくと食べ進めながら、思わず声が漏れた。
「本当に、この仕立ては素晴らしいですね。ヒポグリフの濃い味わいがこんなに軽やかになるなんて。焼いた果実の香りもよく馴染んでいますし、とても食べやすく整っています」
ヴァンサンもまた、リュシールの感想にゆっくりと頷いている。
エレオノールはその様子を満足げに眺めた後、ナプキンをそっと置いた。
その三色のグラデーションの瞳には、料理の余韻とは別の光が宿っていた。
「みなさま。エランソワに帰るまでについて、お話がございます。オピオタウロスというモンスターをご存じかしら」
エレオノールは落ち着いた声で、その特徴、居場所、どのような攻撃をしてくるのかを簡潔に説明した。
胸の内にある期待を隠そうともせず、髪の頂の一本の毛は不規則に揺れている。
「このオピオタウロスを倒して、その肉も味わいたいのです。きっとドラゴンとも、ヒポグリフともまったく違う芳香と食感があるはずですわ」
エレオノールの意気込みに、しかしリュシールはすぐさま顔を曇らせた。
「お嬢様。ヒポグリフは街が襲われていたからこそ、戦う理由がありました。でも今回は違います。洞窟に籠っているモンスターを、あえてこちらから討ちに行く必要があるのでしょうか。無謀に踏み込めば、無傷では済まないことだってあります」
その静かな言葉には真剣さが宿っていた。
エレオノールは受け止めつつも、穏やかに問い返した。
「確実に勝てるのなら良いのでしょう? マリアンヌ、あなたの策を皆にお話ししてくださる?」
マリアンヌはエレオノールから視線を受け取ると、姿勢を正し、言葉を慎重に選びながら口を開いた。
詳しい戦術や準備、動き方について述べていく。
内容そのものは部屋の灯に溶けるように曖昧だったが、語り口には確固たる自信があった。
説明が終わると、食卓には短い沈黙が落ちた。
しかし、やがてヴァンサンが頷き、アルマンが前のめりに賛同し、リュシールも迷いながらも表情を和らげた。
「本当にその通りにできるのなら……勝ち目はありますね」
リュシールの声には、慎重ながらも信頼がのぞいていた。
マリアンヌは皆を見回し、最後にエレオノールを見据えた。
「ボ、ボストから帰りの船が出るまで……あと十日です。私の魔道具製作と、試験の時間を考えて……決行は、一週間後にしましょう。その間に準備をし……体調も、万全に整えてください」
食堂には再び穏やかな火の音が戻り、夜の深まりとともに、五人の胸に静かな決意が満ちていった。




