調査三日目
「・・・ハン。起きて、ヨハン」
ヨハンの鼻に微かにいい香りが届く。
彼は自分の体を揺らされて目を覚ました。
「・・・ああ、ドロシーか。おはよう。」
「ああドロシーか、じゃないわ。もうおやつの時間よ?相変わらずなんだから。解剖が予定より早く終わったわ、収穫は無し。あとは推理をお披露目するだけよ?」
「わかった、今起きるよ」
魔族達の解剖結果が空振りに終わったことに内心で納得しながら、ヨハンは寝起きで重い体を起こした。
二十時間以上寝てもまだ眠いままの目をこすりながら、ドロシーと詰所に移動する。
隊員たちは持ち場の見張りのために散っていて誰もいない。
「水を貰える?」
「これで最後よ?」
ヨハンはカップに注がれた水を大事に飲み干した。
やはり寝起きに飲む水はうまい。
「目は覚めた?それじゃあ早速始めるわよ?」
ドロシーは待ちきれないと言った様子だ。
「それじゃあ、君の名推理を聞かせて貰おうかな」
ヨハンは欠伸をしながら干し肉をかじった。
「いいわ。まずは勇者と魔王についてよ。魔法使いちゃんの遺書では勇者パーティが到着した時点で既に魔王も魔族も全員死んでいたことになっているけど、実際には違うのよ。彼らが到着した時点で魔王も魔族達も全員健在だったの。それで戦闘になったんだわ。結果は勇者パーティの勝利に終わったけど、勇者くんと賢者シルベールはそこで死んでしまったの」
「ということは焼却炉の遺体はシルベールということでいいのかな?」
「そうよ。勇者くんは魔王の血がないと死なないから、きっと魔王と相打ちになったのね。それで魔法使いちゃんたち三人が生き残った。それが第一段階」
ドロシーの推理が続く間にもヨハンは干し肉をかじっていた。
「大好きな勇者くんが死んでしまって魔法使いちゃんは落ち込んだ。僧侶ルーシェもショックを受けた。そんなときに動いたのが戦士アドンよ」
魔法使いシルヴィアにはちゃん付けで僧侶ルーシェはそうではないのはなぜだろうかとヨハンは思った。
「普段は男所帯で生活していたアドンは性欲を持て余していた。それが今回の旅で女の子が二人もいるパーティになったんだからムラムラして仕方なかったんだわ。きっと旅の間ずっと僧侶と魔法使いちゃんを狙ってたのよ。でもそれまでは勇者くんと賢者がいたから手を出せなかった。でも魔王城での戦いで二人とも死んでしまって邪魔者がいなくなった。だから彼は自分の欲望を満たすために行動に移した。アドンはまず魔法使いちゃんを襲ったの。そして魔法使いちゃんが男であることに気がついてしまった。二重の意味で傷つけられた魔法使いちゃん。もしかしたら酷い言葉をぶつけられたのかもしれないわ」
一人で勝手に盛り上がっていくドロシーを、ヨハンは乾パン片手に眺めていた。
金髪美人はそれに気がつくことなく、さらにヒートアップしていく。
「魔法使いちゃんで性欲を開放できなかったアドンは次に僧侶ルーシェに目をつけた。そして彼女を薬で動けなくしてから欲望の限り中に出したのよ。それで満足したアドンは油断したところを魔法使いちゃんの魔法で殺されたんだわ」
身振り手振りで演劇でもしているかのように語るドロシー。
ヨハンは早く終わらないかと思ったが言葉には出さなかった。
こうなったときの彼女に逆らうと余計に厄介なことになるのは過去の経験で嫌というほど知っていたからだ。
もはや完全に独演会と化した彼女の推理は続く。
「ルーシェを助けるためにアドンを殺した魔法使いちゃんだったけど、アドンに犯された彼女を見て別の感情が湧き上がってきたの。それは嫉妬。ちゃんとした女の体を持っていて、魔法使いちゃんの大好きな勇者くんを射止めた憎き女。そう思ったらもう止まらなかったの。感情に身を任せて彼女の首を締めて殺したんだわ」
「つまり犯人は魔法使いシルヴィアということだね?」
「そうよ。勇者くんが死んでしまった以上、魔法使いちゃんにはもう生きる理由がなかった。だから勇者くんの横で死のうとしたの。でもその時ふと思った。もしこのまま自分が僧侶を殺したことが公になったら、自分のお墓は勇者くんの隣に作られないんじゃないかって。だから戦士アドンに罪を着せたのよ。僧侶ではなく自分が犯されたと書いたのは女の体に憧れた魔法使いちゃんの願望が投影されたに違いないわ。これが第二段階よ」
「なるほど」
ドロシーは得意そうだ。
よほど自分の推理に自信があるのだろう。
確かに、戦士アドンの心理に関してはヨハンも頷く部分があった。
「どう?私の推理は?」
「一つ質問してもいいかい?」
「いいわよ」
「メラル=コーニーの証言はどうするんだい?」
「メラル=コーニー?」
ドロシーは一体何の事だと言わんばかりの視線をヨハンに向けた。
「案内人だよ、王宮に今回のことを知らせに来た彼女のことさ」
「・・・あ」
ドロシーは『そういえば忘れていた』と言わんばかりの声を上げた。
「遺書の中で彼女は魔法使いと同じ部屋に泊まっている。少なくとも彼女は彼女自身が知る範囲に関しては遺書の記述は事実だったと言っているんだ。だから、少なくともその時点では勇者と賢者はまだ生存していたということになる。勇者パーティが突入した時点で既に魔王達が死んでいたかどうかまでは分からないけどね。勇者を殺すためには魔王が必要。だがその魔王は既に死んでいる。一体誰がどうやって勇者を殺したのか、君の推理ではこの大きな謎は未解決のままということになる。」
「確かに、そうね。でもそれ以降はどう?かなりいい線いってると思うんだけど」
「悪くないと思うよ?」
「あら、良くもないって言いたいわけ?」
ドロシーに胸の内を言い当てられてヨハンは内心でドキリとした。
こういう部分に関しては彼女の方が優れている。
「それなら名探偵さんの推理を聞かせて貰おうかしら?外してたら容赦無くご馳走してもらうわよ?」
ドロシーの試すような視線に今度は違う二つ意味でドキリとした。
・・・その内の片方は彼の財布の危機に起因している。
窓際族のヨハンと仮にも隊を一つ任されているドロシーではその辺の財力に大きな差があった。
彼女基準での『ご馳走』というのが彼の財布に深刻な、否、致命的なダメージを与えることは目にみえている。
ヨハンは気を引き締めて最後の乾パンを口に放り込んだ。
『いいだろう』と彼が答えようとした時、隊員が新たな来訪者の到着を告げに部屋へと入ってきた。
「隊長、グレコとナルヴィが来ました。頼まれた調べものの報告に来たらしいんですが?」
「調べもの?私は何も頼んでないわよ?」
「ああ、僕が頼んだんだ。ちょうどいい、ここまで連れてきてくれるかい?」
「わかりました」
隊員は新たに魔王城に到着した二人を呼びに戻って行った。
ドロシーは怪訝な顔をしている。
「いつの間に命令したの?」
「王都を発つ前にね。出発まで時間が無かったから彼らに頼んだんだ」
「・・・何を頼んだわけ?」
彼女は自分の知らないところで部下を使われていたのが気に入らないらしい。
声色が少し不機嫌になってきた。
「そんなに怒るなよ。容疑者の身辺を調べてもらっただけさ」
「容疑者?でもそれならほとんど調べ切ったはずよ?そもそも勇者パーティのメンバーを選ぶときに相当調べられてるもの」
「いるだろう?その時点で全く調べられていない人間が」
「・・・そんな人いたかしら?」
「メラル=コーニー」
「・・・あ」
ドロシーが再び先程と同じ声を上げた。
今度は彼女の存在を忘れていたというよりも、調査対象として考えていなかったという意味が強かったが。
「お疲れ様です」
「おつかれさまですー」
「やあ、お疲れ様。どうだった?」
部屋に入ってきた二人の男女を椅子に座らせると、ヨハンは早速切り出した。
「ヨハンさんの読み通りでした。数ヶ月前に王都で発生した連続強姦殺人事件、被害者の一人はメラル=コーニーの姉でした。新婚旅行で王都に滞在していたそうです。そのとき現場を担当した一人が戦士アドンですね。鑑定を行った魔法使いがアドンに脅されてデータをすり替えたと白状しました。それと被害者の夫が王都で聞き込みをしている姿が目撃されています。行商をやっていて普段から王都とコルタナの間を往復しているらしく、事件の後は王都に来るたびに事件について調べているようです。それと、これが頼まれていた事件の関係者全員の身分証の写しです」
ヨハンは受け取った身分証の写しをパラパラとめくって確認した。
「なるほど、やはりそうか。うん、ありがとう。君たちも疲れているだろう?もう休んでくれて構わないよ」
二人が退室した後、ドロシーはヨハンを睨みつけた。
「・・・。ヨハン、どういうことか説明してくれる?」
「単純な話だよ。メラルにもアドンを殺す動機があったってことさ」
ヨハンは空になったカップを指で軽く弾いた。
「時系列に沿って話そう。数ヶ月前に王都で発生した連続強姦殺人事件に関しては知っているね?」
「もちろんよ。十人以上の女の子が殺されたんですもの。あんなボロボロになるまでレイプするなんて絶対に許せないわ」
「そう、メラルもきっとそう思ったはずだ。新婚で幸せいっぱいだった姉を殺した奴を絶対に許さない、自分の手で殺してやるってね。おそらく姉の夫、つまりメラルの義理の兄の調査でアドンが犯人だと考えたんだろうね。そして、そのアドンが参加している勇者パーティの案内役にメラルはなった。それが偶然なのか狙っていたのかはわからない。でもメラルが姉の敵を討つチャンスが回って来たんだ」
「魔法使いちゃんじゃなかったのね」
ドロシーは少し安堵の表情を浮かべた。
「それについては最後に話そう。この魔王城で起こった殺人は大きく四つに別れる。まずは一つ目、魔王による魔族の虐殺だ」
「これはやっぱり魔王がやったって言うの?でもどうして?」
「魔王軍を理想の編成にするためさ」
「・・・どういうこと?」
まったく理解できないといった様子の彼女にヨハンは小さく驚いた。
仮にも普段から部隊を任されている身であれば誰でも多少は見に覚えがある考えだと思っていたからだ。
「まず、ここには結構な数の遺体が転がっていたけど、これを軍隊として見た場合にはその数は極めて少ないと言っていい。これで実際の武力行動を起こそうとしたら、多少なりとも少数精鋭主義に走らざるを得ないだろう。そして魔王軍の頂点に立つのはその極北とも言える存在だ。魔族であることから老衰の心配がなく、膨大な魔力と不死の力による高い戦闘力、さらにそれらを利用した転移魔法によって実現される圧倒的な機動力まで備えている。つまり魔王にとっては自分自身こそが魔王軍にとって理想的な戦力なんだ」
「それが、どうして味方を殺すことにつながるのよ?」
「・・・間引きだよ」
ヨハンは手の平の上でカップを踊らせた。
「魔王の蔵書を見たかい?少数で如何に多数を打ち破るか、そのためにはどのような組織であるべきか、劣った者たちをどう扱うべきか。そんな本ばかりだったよ。そして魔王は間引き、つまり魔王以外の劣った魔族を粛清するべきという結論に至ったんだ。その証拠が彼の寝室から見つかった手紙だよ。あれは粛清を予見した父親が息子に宛てた手紙さ。たぶん本人に届く前に魔王によって握りつぶされたんだろうね」
「まさか味方まで手にかけるなんて・・・」
「まさに僕達の想像していた魔王の人物像の通りだろう?」
ドロシーはゴクリと息を飲んだ。
いつの間にか喉が渇いていたことに気がついたのか、ラム酒を取り出してカップに注ぐ。
「これがまず一つ目。君に倣うなら第一段階かな?そして魔族の粛清が終わった後に勇者パーティが到着する。つまり第二段階の始まりだ」
喉を潤した金髪の美女は再び窓際族の話に集中し始めた。
その視線は話の続きを催促している。
「勇者パーティの襲撃を確認した魔王はその中に勇者が混じっていることを看破した。味方の粛清という極端な選択に手を出したとはいえ、状況を判断できるだけの理性は備えていたということだろうね。彼は勇者達を正面から迎え撃つことなく魔王城に身を隠した。つまり、勇者達はこの時点で魔王の遺体を確認していないんだ」
「あれ?でも遺書では確かこの時点で魔王の遺体もあったはずよ?メラルも証言しているし」
「それに関しては後で説明するよ。魔王城に泊まった勇者達に対し、魔王はまず賢者を狙った。勇者以外で最も脅威なのは彼だからね。彼の援護がなくなれば勇者達が魔王を倒せる可能性が大幅に小さくなることは間違いない。そして魔王は賢者の部屋で彼を殺し、変異魔法で彼になりすましたんだ。・・・勇者達を油断させて殺すためにね。焼却炉にあった遺体が賢者だというのは僕も君と同じ意見だよ」
ドロシーが新たに乾パンを取り出したので、ヨハンも一つ取って口に入れた。
彼女の方はというと黙って口を動かしている。
ちなみに魔王が賢者を殺して入れ替わったのは、彼のエロ本コレクションの中にあった魔王が勇者に成りすまして僧侶を襲うという話をヒントにしたのだとヨハンは考えているのだが、流石にそれは言わなかった。
「魔王にとって誤算だったのは、相手の隙を突くという方法が逆に彼のリスクを高めてしまったことだ。勇者を襲撃した魔王は正体を見破られ、最後は勇者と同士討ちになった。魔王の遺体が玉座に合わなかっただろう?それも当然さ、玉座で死んだわけではないんだからね。襲撃したのはおそらく魔王の間の前、勇者の遺体があった場所だ。これが第二段階さ」
「ようやく半分ってことね。あなたも飲む?」
既に水が底をついたことは知っているので彼は大人しく自分のカップにラム酒を注いでもらった。
だが口をつける様子はない。
「そして次は第三段階。いよいよメラル=コーニーの登場だ。メラルの目的は姉を強姦して殺した戦士アドンの殺害。勇者達と同じ東側の部屋に泊まったメラルは夜になってから戦士達のいる西側へと向かった。・・・つまり戦士と僧侶しかいない場所にね」
「戦士と僧侶だけ・・・。ということはその時に戦士が僧侶をレイプしたのね?」
「その通り。アドンは仮にも戦闘のエキスパートだ。普通なら素人のメラルが近づいてくるのに気が付かないはずがない。勇者と魔王の戦いもあったはずだし、僧侶に夢中だったと思ってまず間違いないじゃないかな?」
「それで戦士を?」
「そう。飾ってあった斧の中から一つだけ血液反応が出ただろう?たぶんその斧を力の限り振り下ろしたんだろうね。これでメラルの殺人は終わりだ。そして最後の第四段階、君のお気入りの魔法使いシルヴィアの出番になる」
お気に入りと言われてドロシーは少し苦笑いした。
間違ってはいないのだが、直接言われるとやはり変な感じだ。
「彼女はメラルが戦士を殺しに向かってから、その後をつけた。タイミングに関しては確証が無いけど、たぶん勇者と魔王が死ぬ前だと思う。そしてメラルが戦士アドンを殺した後、彼女の手によってさらに二人の人間が死ぬことになった」
ドロシーは、ハンスが魔法使いのことを『彼』ではなく『彼女』と呼んでいることに気がついて少し嬉しくなった。
「どちらが先かはわからないが、一人目はまず僧侶。薬物で動けなくなっているところを魔法使いのエアハンドで首を締められて殺された。二人目は・・・」
「魔法使いちゃん自身ね?」
「いや違う」
「・・・え?嘘・・・。だってもうメラルと魔法使いちゃんしか残ってないじゃない。まだ他にも誰かいたって言うの?」
「いや、この時点で城の中にいた生存者はメラルとシルヴィアだけさ」
「それじゃあ一体誰を・・・?」
ドロシーは再び怪訝な顔をした。
そんな彼女の目を見てヨハンはその答えを告げた。
「・・・メラル=コーニーだよ」
「はい?」
金髪美人の頭の上には今にも疑問符が飛び出しそうだ。
「忘れたかい?魔法使いの顔に整形の後があったことを」
「ちょっと待って!メラルは女の子でしょう?顔はともかく体はどうするのよ?あの遺体は間違いなく元男の子よ?」
「メラルも男さ」
そう言ってヨハンは先ほど受け取ったメラル=コーニーの身分証の写しを差し出した。
性別の欄には間違いなく男と書かれている。
「嘘・・・」
「性別が女ではなく男だったのは魔法使いシルヴィアじゃない。案内人のメラルの方だったんだ。シルヴィアは本物のメラルの体を整形して自分の遺体に仕立て上げた。賢者の部屋にあった血痕は魔王が賢者を殺したときのものだ。でも戦士の部屋のそれは違う。シルヴィアがメラルの体を整形した時に飛び散った血さ。おそらく回復魔法が使えるよう、生きている間に整形したんだろう。死人に回復魔法は効果がないからね。僧侶には数段劣るとはいえ、彼女クラスの魔法なら効果も十分なはずだ。そして自分自身も整形し、メラルになりすまして王宮に出向いたんだ。わざわざ遺書をでっち上げて隠蔽工作までしてね。勇者達と違ってメラル=コーニーのことなんて今回の事件があるまでは誰も注目していなかっただろうから、性別を誤魔化すことぐらいはできるさ。僧侶を殺した動機はたぶん勇者を取られたことに対する嫉妬だと思うけど、メラルを殺した動機はわからない。ただの口封じかもしれないね。あるいは勇者の遺体を発見して何か心境の変化があったのかもしれないけど、その辺は本人に聞いてみるしかないな」
ここにきてドロシーはヨハンが魔法使いを『彼女』と読んでいた本当の理由を悟った。
女の子になりたがっていた男の子に配慮したわけではない。
魔法使いシルヴィアは本当に女の子だったのだ。
ドロシーとて、シルヴィアが潔白だと思っていたわけではないが、彼女の想像していた女の子であろうとする健気な男の子はどこにもいなかったという事実が彼女の心に突き刺さる。
口を開いてもうまく言葉が出ない。
「君の推理も悪くはないと言ったのはそういう意味さ。最後の黒幕は君の推理の通り、魔法使いシルヴィアだ。いや、今はメラル=コーニーかな?」
調査隊の隊長は完全に言葉を失った。
その日の夜。
喉の渇きに耐えかねて飲んだラム酒のお陰で、ヨハンは自分の部屋のベッドでぐったりと眠っていた。
蝋燭一本だけの明かりに照らされた部屋には他に誰もいない。
酔った直後は体の火照りに耐えかねて布団も掛けずに眠ったのだが、酒が抜けるにつれて寒さを感じるようになっていった。
寒さの中で眠ると悪夢を見る。
そしてそれまで思いつかなかった発想に至る。
ヨハンは今までもそんな経験をしたことが何度かあった。
悪寒に震えると同時に彼は目を覚ました。
『お前が行動しなくとも状況は順調に進んでいる。戻って大人しくしていろ。お前では力不足だ。父より』
この魔王城で手に入れた情報に対して、今までとは違う切り口を閃いた瞬間だった。
(まさか、僕はとんでもない思い違いをしていたんじゃ・・・)
そう思った瞬間、彼の思考は控えめなノックの音に阻害された。
ヨハンの反応を待つことなくノックの主が部屋に入ってくる。
「ヨハン、起きてる?」
ドロシーだった。
ヨハンの推理を聞いて元気を失ったままの声だ。
シルヴィアのことが余程ショックだったのだろうか?
「ああ、今ちょうど起きたところさ」
「ごめんなさい。起こしちゃった?」
「大丈夫、ノックの方が後だった」
普段とは違ってしおらしいドロシーにヨハンは顔を赤らめた。
気が付かれた場合は酒のせいにしようと思いついたヨハンにもたれかかるようにして、ドロシーがベッドに入ってくる。
そのまま彼女はヨハンの体に腕を回して抱きついた。
柔らかい体の感触で初めて彼女が鎧を着ていないことに気がつく。
「お、おい、ドロシー?」
「いいでしょ?そんな気分なの。・・・察してよ」
そういうとドロシーはヨハンの右手を握った。
「ねえ、ちゃんと触って確かめて?」
「あ、ああ」
ヨハンに抱きしめられたドロシーの吐息が彼の首筋にかかる。
「わかった?」
「え?な、なにが?」
ヨハンとて彼女のことをなんとも思っていないわけではない。
むしろ彼にとって彼女こそがもっとも異性として意識する女性だ。
この任務にしても彼女がいたからこそあっさり受けたといっていい。
ただ、寝起きに加えて酒がまだ抜けきっていないということもあってか、突然の事態に頭がついていけなかった。
「もう、仕方ないわね。ちゃんと約束覚えてる?」
ドロシーがやれやれといった風に笑いながらヨハンの上に跨った。
「え?約束?なんのこと?」
「やっぱり忘れてるのね。でもいいわ、ちゃんと守ってもらうから」
目を白黒させるヨハンの頭を抱き寄せ、そしてそっと囁いた。
「あなたの負けよ」
翌日の朝。
ヨハンは干乾びた屍と成り果てていた。




