プロローグ:生還者からの報告
魔王。
それは事実上の不死。
通常の手段ではどうやっても殺すことの出来ない存在。
唯一の例外は勇者の血。
勇者と魔王の血族は互いの血を体内に取り込むことで体全体が水晶の原石のように変化して死に至る。
勇者の血を摂取した魔王は死ぬ。
魔王の血を摂取した勇者は死ぬ。
互いが互いにとっての天敵。
それがこの世界の摂理。
★
休日の昼下がり。
一人の女が王宮を訪れていた。
三百年ぶりに出現した魔王を討伐するために勇者パーティが王宮を出発してからちょうど三か月後のことだ。
その女は王座の前に跪き、自分の発言が許されるのを待っていた。
上半身には皮の鎧と籠手を身に着け、下半身はショートパンツにブーツ。
肩や胸元、そして太腿が露出しているその格好は、控えめに言っても王宮という場所に普段から出入りするような人間の服装ではない。
勇者達が旅立つ少し前に王都で発生した連続強姦殺人事件がまだ未解決であることもあり、彼女の服装は王宮どころか王都の庶民達の感覚から言ってもかなりの場違い感を放っていた。
早い話が、ひと目でお上りさんとわかってしまうような格好ということである。
「顔を上げよ」
「はっ」
国王ランドルフ直々の許しを得た女は上げた。
その顔には緊張の色が浮かんでいる。
「名乗るがいい」
「メ、メラル=コーニーと申します」
周囲の横に立つ宰相の視線が王から女に移った。
この王の間にいるのは現在3人だけ、つまり国王、宰相、そしてこの女だけだ。
「早速だが、勇者達が全員死んだと言うのは本当か?」
「はい、おそらく」
「・・・おそらく?」
「勇者様の死体は噂通りに水晶の原石のようになってしまっていて、その、とても本人の確認が取れる状態ではありませんでしたので」
「そうか。ということは勇者は魔王に殺されたということになるか・・・」
国王が顎髭を触りながら思案する。
「魔王はどうなったのだ?健在なのか?」
「いえ、おそらく魔王も死んだのではないかと」
「またおそらくか」
「も、申し訳・・・」
メラルの顔に冷や汗が浮かぶ。
国王も宰相もすぐにそれに気が付いた。
「よい。別に取って食おうというのではないのだ、そう緊張するな。この場にいるのは私と宰相のみ、遠慮はいらぬ。お主の知る限りで構わぬから、事の顛末を話せ」
「はっ?!しかし・・・」
「陛下は口にしたことを反故にするような方ではない。遠慮はいらんぞ?・・・あまり無礼を働かれると私が困るがな」
「はぁ・・・。それでは何から話しましょうか・・・」
メラルが横に置いた薄いノートに視線を向ける。
「私は普段、魔王城に一番近いコルタナの街で暮らしていまして、勇者達・・・、いや、勇者様達から魔王城までの道案内の依頼を受けて城の近くまで同行しました」
「そうか道案内だったか。道理で腕の立つようには見えぬわけだ」
国王ランドルフは合点がいったという表情で頷く。
「はい。仰る通り、私自身は勇者様達のように魔族と戦うなどということはできませんので、魔王城に近づいた後は身を隠して外から様子を伺っておりました」
「お主だけでか?城の中よりはマシとはいえ、お主も中々肝が据わっておるな」
国王がメラルを労うように相槌を打つ。
宰相は何も言わない。
それが目の前の平民の緊張をほぐそうという王の配慮なのだと理解していたからだ。
「いえ。とはいっても勇者様達が魔王城に突入した早朝からお昼過ぎまでの間は流石に生きた心地がしませんでした」
「昼?どういうことだ?・・・まさかたった半日で終わったというのか?」
国王が眉をひそめて宰相に視線を投げかけたが、彼も涼しい顔をしていた。
「魔王以外はそれほどの脅威では無かったということでしょうな」
何食わぬ顔でそう答える。
相手の戦力を高く見積もっていたからこそ少数精鋭での奇襲という方法を選んだのだが、そんなことをする必要は無かったのかもしれないということだ。
「いえ、その、私もよくわからないのですが、シルヴィア・・・、魔法使い様の話ではどうやら突入した時点で既に魔王も魔族も全滅していたそうです」
「何?」
「なんだと?」
今度は国王と宰相が同時に声を上げた。
宰相もこれは予想外だったのか身を乗り出しそうな勢いだ。
「それだけではわからんぞ、どういうことだ?」
国王がメラルにさらなる説明を要求した。
「それについては私もよくわかりません。私も魔王城の中に入りましたが確かに魔族はみんな殺されていました。血が乾いていたので突入前に死んでいたのは間違いないと思います」
「ということは・・・」
国王が腕を組んで考え事をするような姿勢になった。
「ということは、魔王もその時点で既に死んでいたということか?」
「玉座に人型の水晶の原石のようなものが服を着て座っていました。勇者様の死体と同じだったのであれが魔王だったのだと思うのですが、魔法使い様はそれも突入した時には既にあったと言っていました」
「勇者の血が無ければ魔王は殺せないはずだが・・・?」
宰相が核心を突いた。
そう、殺せないはずなのだ。
魔王を殺すためには勇者の血がなければならない。
それも勇者の体外に出て数分以内の新鮮な生き血が。
寿命による死が存在しない魔族である魔王にとってはそれだけが唯一の死因である。
勇者の血は容器での保存が効かないため、勇者抜きでの魔王殺害は不可能。
そして現存する勇者の血族はただ一人のみ。
これは女神の託宣によって判明した事実だ。
「魔王が不死というのは偽りだったのか?」
「そんなわけがありません!現に我が軍は相当な被害を受けています!」
国王が口にした可能性を宰相が合わてて否定する。
前線に出た兵士達からの報告は多数上がっていた。
魔王が不死であることは既に疑いようがない。
「・・・話を戻そう。それで、その後はどうなった?」
「はい。流石に何かおかしいということで、勇者様達は魔王城に数日間留まって調査することになりました。私は怖かったので本当はすぐに魔王城から離れたかったのですが、コルタナまでは片道一週間、往復すると二週間かかってしまうので仕方なく一緒に泊まることにしました」
「それは・・・、本当にご苦労だったな」
宰相は震えるメラルに心からの労いの言葉をかけた。
魔王城に宿泊するなど、普通の人間にとっては正気の沙汰ではない。
「ありがとうございます。それで、ひとまずその日は何事もなく終わりました。その晩は一人一部屋ずつ割り当てられることになったのですが、私は怖かったので魔法使い様の部屋に泊めてもらいました。流石に疲れていたみたいで、私は魔法使い様の横ですぐに寝てしまいました。・・・生きている魔法使い様を見たのはそれが最後です」
メラルは横に置いたノートを手に取った。
「次の日の朝、私が目覚めると魔法使い様はベッドにもういませんでした。てっきり先に起きてしまったんだと思って探しにいったら魔王の部屋の前でもう・・・」
「死んでいたのか?」
「・・・はい。勇者様と一緒に横に並んで寝ていました」
メラルの言葉に二人は眉を吊り上げたが、彼女はそれに気が付かずに話をつづけた。
「勇者も一緒にか?」
「はい」
「魔王は既に死んでおったのだろう?」
「はい」
国王と宰相は互いの顔を見合わせた。
「魔王は勇者がいないのに死んでいて、勇者も魔王がいないのに死んだわけですか・・・。一体・・・」
宰相が唸る。
「玉座に魔王の死体はあったのか?」
「わかりません。扉は閉まっていて、確認する勇気も余裕もありませんでしたから。」
「それに関しては流石に咎めるわけにもいかんでしょうな」
ただの平民にそこまで要求するのは酷だと宰相は暗に国王に伝えた。
「私、それで恐ろしくなって・・・。慌てて僧侶様の部屋に行ったんです。そしたら部屋の鍵が開いていて・・・。中を見たら僧侶様と戦士様も・・・」
「うーむ」
王が小さな溜息をついて背もたれに体重をかけた。
「その横が賢者様の部屋だったんですが、あったのは賢者様の荷物だけで・・・」
その言葉に国王がピクリと反応した。
「・・・賢者シルベールまでもがやられるほどの死地だったか」
「もしかしたら賢者様は他の場所にいたのかもしれませんけど、私もう怖くてどうしたらいいかわからなくなって・・・。魔法使い様の近くにあったこのノートが気になったので咄嗟に掴んで、急いで魔王城を出たんです」
「では実際に何が起こったのかはわからぬということだな?」
「はい。ですが、それに関してはこのノートで知ることができると思います」
メラルはそう言ってノートを自分の前に差し出した。
「先ほどから気にはなっていたが、それはなんだ?」
「これは魔法使い様の遺書です」
「遺書?」
宰相がノートを取って中身を確認した。
数分ほどで読み終えてから王に渡す。
「確かに魔法使いシルヴィア殿の遺書のようですな。シルヴィア殿の視点からの顛末が書かれています」
「どれどれ」
ノートを受け取った王もそれを読み始めると、やはり数分で読み終わった。
「メラルと言ったな?」
「はい」
「話はよく分かった。勇者達のような強者達ですら生還できないような死地からよくぞ生きて帰った。お主には褒美を取らせよう、用意が済むまではしばらく王都に滞在して羽を伸ばすがよい。大儀であった、下がってよいぞ」
「はい」
メラルが部屋を出ていくと、王は宰相を近くに呼び寄せた。
「どう思う?」
「腑に落ちない点がいくつかあります。調査が必要でしょうな。それにあの女・・・、恐らくまだ何か隠しているのではないかと」
「やはりお前もそう思うか。・・・よし、調査隊を派遣して実際に何があったのか調べさせろ。それからあの女のこともだ。・・・監視を怠るな?」
「はっ。調査隊への命令はどれに致しましょう?」
宰相はどれに、と聞いた。
何に、ではなくだ。
「・・・勇者と魔王の生死の確認だ。現存する勇者の血族はあれだけだからな。出発前に急いでさせた子作りも全て外れた以上、やつの死はすなわち勇者の絶滅を意味する。つまり魔王を殺せなくなるということだからな」
「ではそのように手配いたします」
宰相の返事と同時に、王は玉座を立った。




