第六十四話 金は戦を止める
第六十四話 金は戦を止める
街道の整備が進み、商人たちの往来がさらに活発になるにつれ、保護圏内の経済は、これまでにない発展を見せ始めていた。ある日、拠点に、これまで商いで大きな成功を収めていた、一人の有力な商人が、丁重な様子で訪れた。
「信照様、いつもお世話になっております」商人は、深々と頭を下げながら、切り出した。「この度、私どもの商いは、まことに順調に発展しております。これも、すべては、信照様の御庇護あってこそにございます」
私は、その挨拶に、素直な喜びを感じながら答えた。「それは、良かった。みんなの商いが、うまくいっているなら、俺も嬉しいよ」
商人は、続けた。「つきましては、この度の利益の一部を、信照様に、寄進として献上させていただきたく存じます」
私は、その申し出に、少し戸惑いを覚えた。「いや、そんな、無理して、寄進なんてしなくても……」
(訳:本当に、みんなが頑張って稼いだお金を、俺が受け取るのは、なんだか申し訳ない気がするんだ)
私は、慎重に言葉を選びながら、続けた。「生活を優先してほしい。無理に献上することはないんだ」
商人は、その言葉に、少し驚いた様子であったが、すぐに、深く感じ入った表情に変わった。「信照様は、まことに、我らの生活を、何よりも大切にお考えくださるのですね」
商人は、しばし考え込んだ後、静かに告げた。「ならば、この利益は、我らの商いを、さらに発展させるために、再投資することといたしましょう。それが、結果として、信照様の御庇護のもとにある、この地の繁栄に繋がるものと存じます」
私は、その考えに、深く頷いた。「うん、それがいいと思う。みんなの商いが発展すれば、それだけ、多くの人が、豊かに暮らせるようになるはずだから」
商人は、その後、実際に、この方針に基づいて、様々な事業を展開していくこととなった。新たな水路の整備、倉庫の増設、そして、遠方からの珍しい品々の取り扱い――彼の商いは、これまで以上に、大きな発展を見せ始めていった。
この商人の成功は、他の商人たちにも、確かな影響を与えることとなった。「信照様の御庇護のもとでは、無理に上納する必要がなく、むしろ、自らの商いを、自由に発展させることができる」――そんな評判が、商人たちの間で、急速に広まっていったのである。
数か月後、拠点周辺の経済は、これまでにないほどの活況を呈するようになっていた。市場には、これまで以上に多様な品々が並び、街道には、絶えることのない商人たちの往来があった。この経済的な繁栄は、単に商人たちの利益にとどまらず、保護圏全体の、確かな豊かさへと繋がっていったのである。
一方、この経済的な発展の噂は、今川方の陣中にも、詳細に伝えられることとなった。ある物見が、義元本隊への報告書に、こう記した。
「織田信照方の勢力圏内、経済的にも、確かな発展を見せております。もはや、これは、単なる軍事的な脅威にとどまらず、経済的な脅威としても、看過できぬ状況にございます」
この報告は、今川方の重臣たちに、新たな懸念を抱かせることとなった。ある重臣は、こう漏らしたという。「金は、時に、いかなる武力よりも、強大な力を持つことがある。信照方が、これほどの経済力を蓄えては、いずれ、我らの経済的な優位性すら、脅かされることになりかねぬ」
拠点においては、私は、こうした今川方の懸念など、まったく知らぬまま、日々の平穏な発展を、静かに見守っていた。ある日、私は、藤吉郎と共に、活況を呈する市場を、実際に歩いて回った。
「藤吉郎、この賑わい、本当にすごいな」私は、率直な感想を口にした。
藤吉郎は、満足げに頷いた。「殿の御方針――無理な上納を求めず、皆の自由な発展を認める姿勢が、この繁栄の礎となっております」
私は、その言葉に、深い充実感を覚えた。「そうか……。みんなが、それぞれの形で、豊かに暮らせるようになっているなら、それが、俺にとって、何よりも嬉しいことなんだ」
その夜、私は寝所で一人、この一連の発展を、静かに振り返っていた。(俺は、天下とか、そんな大それたものは、望んでいない。でも、こうやって、みんなが、それぞれの形で、豊かに、そして安心して暮らせる場所が、少しずつ広がっていくなら、それは、決して悪いことじゃないんだ)
その素朴な想いを胸に、私は、静かに眠りについたのだった。「魔王は富で戦を終わらせる」――そんな評判が、商人たちの間で、着実に広まっていくこととなるのである。




