第3話:スマート・レストルームの囚われ人 〜花子さんの「物理」人身保護請求〜
3話でございます
ハイテク空間の不穏なガイダンス
私立大森学園の新築されたばかりの女子トイレは、もはや「便所」と呼ぶのが失礼なほどの未来空間だった。床は純白の大理石調、壁には埋め込み式の液晶パネルが並び、クラシック音楽が静かに流れている。
しかし、その洗練された空間の最奥にある個室だけは、異様な雰囲気を放っていた。誰もいないはずなのに、最新のAI音声ガイダンスが無機質に響き渡っているのだ。
「ピピッ。お客様の入室を検知しました。お好みの温度で温水洗浄を開始します」
『いやあぁぁぁ! やめて、さっき流されたばっかり! もうお尻ビショビショなの! お願いだから止めてぇぇぇ!』
「音声コマンドを認識できません。『パワフル洗浄』に切り替えます。ザーーーッ!!」
『ひゃあぁぁぁん!!』
トイレの入り口で、絶世の金髪美少女・クラリスは、腕に抱えた使い魔の妖狐・コンと共にその光景を冷ややかな目で眺めていた。
「……なるほど。これが理事長からの依頼件ね。『新築のスマートレストルームにトイレの花子さんが不法占拠し、システムがフリーズしている』という。しかし、聞こえてくる声の主は、どちらかといえば被害者のように思えますが」
(ミ゜Д゜ミ)「(いやいやクラリスちゃん! 花子さんと言えば昭和から続く最恐の学校怪談やで!? 子供たちを恐怖のどん底に叩き落としてきたあの霊が、なんで最新トイレにいじめられて泣いてんの!? 設定崩壊やん!)」
クラリスはため息をつき、静かに歩みを進めた。シスター服の裾を翻し、悲鳴が響く個室のドアの前に立つ。
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「トントン」と、クラリスは礼儀正しくドアをノックした。
「失礼します。聖地法律事務所のクラリスです。中にいらっしゃるのは、トイレの花子さんですね? 学校側からの依頼により、事態の収拾に参りました」
すると、AIの「音姫」による爆音のせせらぎ音に混じって、ドアの向こうから必死の懇願が聞こえてきた。
『た、助けて弁護士さん! 私、もう限界なの! ここから出してぇ!』
「やはり監禁状態ですね。花子さん、何があったのか正確に事実関係を述べてください」
『私、元々は古い木造校舎の3番目の個室にいたの! でもそこが取り壊されて、しかたなく新築のここのトイレに引っ越ししたんだけど……。そしたら、この個室の天井にあるセンサー?とかいうのが私をずっと見てて「個室利用中」ってなっちゃうの!』
花子さんは息も絶え絶えに、ハイテク地獄の惨状をぶちまけた。
『それからえーあい?っていうのが「おもてなしモード」を発動させて、5分おきに勝手に水は流れるし、便座の温度は「高」にされてお尻は火傷しそうだし! 夜中になったら勝手に「省エネモード?」で電気が消えて真っ暗になって超怖いし! 出ようとしても、「鍵」をかけちゃってドアが開かないの! 遊びたくなんてない! 私、出たいよぉ!』
(ミ=ω=ミ)「(……全自動おもてなし監禁地獄。昭和の怪異が令和のテクノロジーに完全敗北しとる……)」
コンが同情の目を向ける中、クラリスの瞳がキラリと鋭く光った。彼女はカバンから、おむろに「知的な黒縁メガネ」を取り出して装着する。さらに、事前に学校側から入手していた『大森学園スマートトイレ・セキュリティ仕様設計図』の分厚い束をパラパラとめくり始めた。
その瞬間、美少女クラリスのオーラは消え去り、かつて日本で数々の難事件の書類を精査してきた「45歳の辣腕弁護士」の冷徹なプロの顔へと変貌を遂げた。
「ふむ……。仕様書を見る限り、この高感度焦電型センサーのパルス信号処理に致命的なバグがあるわね。霊体の微弱な温度変化を『生体反応』として常時検知し続けた結果、スマートロックの制御システムがフリーズしている。……判明しました」
クラリスはメガネのブリッジをクイと指で押し上げ、仕様書をパシャリと閉じた。
「これは怪異による『不法占拠』ではありません。施設管理システムのプログラムの欠陥、および過剰なセキュリティ機能による、怪異に対する正当な理由なき監禁状態(人権侵害)です。霊であっても、不当に移動の自由を奪われる筋合いはありません。コン、工具(法力)を出しなさい」
(ミ`ω´ミ)「( おおっ、クラリスちゃん急にガチのIT弁護士みたいな雰囲気出してカッコええやん! 相手の仕様を調べ尽くすあたりプロやな! ほれ、ハッキング用の工具(法力)や!)」
コンが差し出した聖なる光を放つ工具一式。しかし、クラリスはそれを受け取り、しばし考える。
何か思いついたのか、クラリスは工具を地面に置くと、脇に抱えていた、鈍器のような厚みと重量を誇る『六法全書(物理)』を両手でしっかりと握りしめた。その目はガチである。
「いいえ、コン。迅速な救済(事案解決)のために、弁護士が選ぶべき『最も実効性と即時性の高い手続き』は……これよ」
(ミ゜Д゜ミ)「(え? なんで本を持った?工具は? 嫌な予感がするんやけど)」
クラリスは知的な黒縁メガネをパッと外してポケットに仕舞うと、美しい金髪をなびかせ、六法全書(物理)をゴルフのドライバーのように大きく振りかぶった。その全身から、神聖にして圧倒的な質量(物理魔力)が立ち上る。
「……法律とは、不当に縛られた弱者を救うためにある! そして、現在のこの状況は、人命(霊命)に関わる緊急事態です! したがって、私は弁護士として、以下の法的根拠に基づき『強制執行』を行います!」
クラリスは美少女の顔で、女子トイレの天井に向けて響き渡る声で怒鳴った。
「Article 37 of the Penal Code: Necessary Measure for Imminent Danger!!(刑法第37条:緊急避難を適用する!!)」
次の瞬間、クラリスは凄まじい風切り音と共に、六法全書(物理)を個室の壁に埋め込まれた「主力センサーユニット」に向けてぶん投げた!
「「リーガル・フィジカル・デバッグ(物理的強制執行)!!」」
ーーードゴォォォーーン!!!
凄まじい衝撃音が女子トイレ全体に轟いた。大理石の壁が微かに震え、数百万円相当の最新鋭センサーユニットは、神々しい六法全書の物理的な一撃によって木っ端微塵に粉砕され、火花を散らした。
【……システム……イジョウ終了……ゴ、利用……あ、りがと……ございました……】
AIの音声ガイダンスが途切れ途切れに絶命し、カチャリと小気味よい音を立てて、頑丈だった電子ロックが強制解除された。個室のドアがゆっくりと開く。
(ミ; ゜Д゜;ミ)「(いや、物理的な破壊かーーーい!!! ハッキングでも法術でもなく、ただの粉砕やんけーーー!!)」
コンの魂のツッコミが響く中、個室からは昭和の赤いスカートを穿いたおかっぱ頭の少女が、涙と温水で顔をグショグショに濡らしながら這い出てきた。
『出られたぁぁぁ! 自由だぁぁぁ! ありがとう、金髪の弁護士お姉ちゃん!!』
花子さんはクラリスの足元にしがみついて号泣した。クラリスはそんな彼女の頭を優しく撫で、微笑んだ。
「もう二度と、こんな狭くてハイテクなトイレに引きこもってはいけませんよ。これからは広い世界(あの世)へ行き、トレンドの服でも買いなさい」
『うん! 私、成仏する! 最新トイレなんか大嫌いだぁぁぁ!』
花子さんは晴れやかな笑顔(スッキリした顔)になり、そのまま光の粒子となって円満に退去(昇天)していったのだった。
「はい、監禁状態は解除。これにて一件落着ですね」
クラリスは涼しい顔でメガネをケースに収めると、パニック状態のコンに向かって、事務的なトーンで事後処理の指示を出し始めた。
「コン、学校の理事長には『本件の破壊行為は、不当な監禁状態にある被害者を救済するための刑法第37条に基づく緊急避難であり、不可抗力である。したがって当方にセンサーの弁済義務(損害賠償)は発生しない』旨の意見書を作成して提出しておきなさい」
(ミ=ω=ミ)「(ようそんな盗人猛々しい論を美少女の顔で言えるな……。絶対あとで揉めるで……)」
コンが呆れたその瞬間、ピカピカだったはずの最新女子トイレの空間が、突如として激しく歪み始めた。
世界が一瞬でセピア色に染まり、全生物を強制的に平伏させるほどの、禍々しくも圧倒的に神聖な「神気」がその場を支配する。壁の大理石がパキパキと凍りつき、空気の重圧だけで息ができなくなるほどの威厳。
空間の裂け目から、黄金の光を放つ重厚な巻物が現れ、クラリスの目の前で勢いよく展開された。そこに書かれていたのは、神聖な公式の文字だった。
『聖女クラリスこと蔵林理沙子。お前が法(物理)を以て怪異を裁く一連の事案について弁明を聞く事態となった。直ちに我が本殿へと出頭せよ。遅参は許さぬ。 ーー 大物主』
それを見た瞬間、コンは尻尾の毛を限界まで逆立てて、ガタガタと歯の根が合わないほど震え出した。
(ミ; ゜Д゜;ミ)「(ひ、ひえええええええーーーッ!? クラリスちゃん、これ大物主様の『公務モード』のサインや!!)」
「大物主……? 確か、あなたの直属の上司でしたね。普段は私にも『お疲れ〜! 最近どう? 法律事務所儲かってる〜?』ってスマホで気軽にラフな電話をかけてくる、あのフランクな神様でしょう?」
(ミ; ゜Д゜;ミ)「(そうや! 普段はめちゃくちゃフレンドリーで公私混同しまくりの緩いボスや! でもな、あのお方は『公私を完璧に分ける』ガチの大物神なんや! 人前に出る公務の時や、このオフィシャルな『公式神託(召喚状)』の固い文面を使ってくるときは、マジで怒ってるか、あるいは国家転覆レベルの超重要案件のどっちかや! 引き返されへんガチのやつやでぇ!!)」
めったに直接姿を現さない日本神話の最高峰からの、威厳に満ちた「公式出頭命令」。
しかし、中身が45歳の頑固な法律家であるクラリスは、その黄金の巻物をじっと見つめ、不満げに美眉をこれ以上ないほど不機嫌にひそめた。
「……事前の弁明の機会(手続的保障)も与えず、具体的な被疑事実(出頭を求める理由)の記載すら省略されている召喚状など、適正手続きの基本に反します。いつものフランクな電話で要件を言えば済むものを、形式だけ厳格にして中身がずさんです。この出頭命令は手続き違背により無効。よって却下します」
(ミ゜Д゜ミ)「(神様のオフィシャル命令に正論でキレて却下するなァァァ!!! 相手は国津神のトップやぞ!?無理に決まってますやん)」
コンの絶叫も虚しく、黄金の巻物から絶対的な強制力を持つ神聖な光が放たれ、二人を丸ごと包み込んだ。空間が完全に反転し、二人の身体が物理的に引っ張られ始める。
「……やれやれ、めんどくさいことになったわね。出頭命令の『適正手続き違反による取消訴訟』の準備をしておかなくては」
クラリスは光に飲み込まれながらも、不敵な笑みを浮かべ、再び六法全書(物理)をギチィ……と強く握りしめ直した。
二人の姿がトイレから完全に消え去り、天界の本殿へと強制転移させられるところでーーー第4話へ続く。
はて?何の弁明だろうね
続くのかな




