第1話:聖女、テケテケを労基でシバく
短編をちょっと修正しました
複数話にしてみようかと
新宿の雑居ビルの一角、古びたドアに掲げられた看板には『聖地法律事務所』と書かれている。
その室内で、クラリスは神聖な純白の修道服をなびかせ、机に置かれた分厚い本――『六法全書』を愛おしそうに撫でていた。
「やはり、この国は素晴らしい。すべての理不尽に対して、対抗し得る『法』が整備されています。異世界の王が振りかざす身勝手な法とは大違いです」
彼女の肩で、モフモフとした白い塊が退屈そうに欠伸をした。土地神・大物主から派遣された式神、コン太である。
(ミω´ミ)~` 「(……また始まった。クラリスちゃん、あんた異世界から戻ってきて真っ先にやったんが『弁護士六法』の全巻購入やもんな。普通、聖女言うたらもっとこう……平和を祈るとかあるやろ?)」
「コン、黙りなさい。平和とは祈るものではなく、契約と法執行によって維持されるものです。……主よ、本日も迷える子羊に法の導きを」
その時、事務所の電話が鳴った。クラリスは慣れた手つきで受話器を取る。
「はい、聖地法律事務所です。……ええ、ソフトウェアの開発トラブル? 申し訳ありませんが、当事務所でそういった事務に関する案件は、専門外として除外させていただいております。……ええ、他を当たってください。……はい、失礼します」
(ミ=ω=ミ) 「(読者の皆さんはお気づきだろうか。彼女は異世界帰りというチート能力を持ちながら、あえて自分の『得意分野』以外には手を出さない、極めて現実的で慎重な四十五歳の魂を持っていることを。これぞ大人のプロ意識、というやつやな)」
受話器を置くのと同時に、今度は事務所のドアが激しく叩かれた。
その言葉に応じるかのように、事務所のドアが勢いよく開いた。
現れたのは、隈の浮き出た顔でガタガタと震える中年サラリーマン・佐藤である。
「た、助けてください! 毎晩、仕事帰りに『テケテケ』に追いかけられるんです! あの下半身のない化け物に……!」
クラリスは眼鏡をクイと押し上げる仕草を見せ
(※実際には眼鏡などかけていない)、静かに告げた。
「安心しなさい、佐藤様。……そのテケテケとやらの行為、労働基準法、および刑法に抵触している恐れがあります」
深夜一時、街灯の切れた薄暗い高架下。
夜霧の中から、カシャ、カシャ、とコンクリートを削る不気味な金属音が響いてくる。
「……キ……タ……。オマエ……ノ……足……クレイ……」
現れたのは、下半身を欠き、筋張った両腕だけで超高速移動する怪異・テケテケ。
佐藤が悲鳴を上げて腰を抜かす中、クラリスは泰然と歩み出た。
「被告、テケテケ。貴女の移動速度、および深夜における執拗な追跡行為について確認します。……貴女、この業務(追いかけっこ)を始めてから何時間経過していますか?」
『……足……足……ッ!!』
「質問に答えなさい。労働基準法第三十二条によれば、使用者は労働者に休憩時間を除き、一週間について四十時間を超えて労働させてはなりません。また、一日については八時間を超えてはならない」
(ミ゜Д゜ミ) 「(読者の皆さんは困惑しているだろう。だが安心してほしい。彼女は本気だ。聖女の魔力で『労働基準法』を物理定数へと変換し、この空間に強制適用しているのだ)」
「佐藤様の証言によれば、貴女は昨晩も同時刻に同様の追跡を行っている。休憩時間の付与もなく、時間外労働の36協定も締結されていない。これは明白な法違反です」
『……ウ……アア……ッ!?』(これ仕事じゃないんだけど!?)
テケテケの動きが、目に見えて鈍くなる。重圧――魔法的な「法の重み」が、怪異の存在そのものを縛り始めたのだ。
「さらに、貴女は佐藤様の『足』という身体資産を無償で要求している。これは実質的な強制労働、あるいは強盗致傷未遂に該当します。……コン、執行の準備を」
(ミ・ω・´ミ)ノ` 「(よっしゃ、任せとき! 執行官(物理)の出番やな!)」
クラリスは六法全書を高く掲げた。本から溢れ出した神聖な光が、巨大な法槌の形を成していく。
「不当な時間外労働を強いる怨念など、この国には不要です。……これより、強制執行を開始します!」
振り下ろされた六法全書(物理)が、テケテケの頭頂部を正確に捉えた。
怪異は悲鳴を上げる暇もなく、法的な矛盾を解消されるかのように、光の粒子となって消滅した。
静寂が戻った高架下。
クラリスは乱れた修道服を整え、呆然とする佐藤に請求書を差し出した。
「解決しました。なお、深夜の残業代として25%増しの料金を頂戴します。……コン、事務所に戻りましょう。次は『非通知設定』の怪異が来る予感がしますから」
(ミ=ω=ミ) 「(こうして、現代日本に法律を武器にする聖女が爆誕した。彼女の戦いはまだ始まったばかり。願わくば、彼女の時給が上がることを祈るばかりである)」
「……今回の件、大物主様に『特命勘定』での処理をお願いしなければなりませんね」
(ミω´ミ)~` 「(お、いよいよ永田町への『匂わせ』スタートやな。クラリスちゃん、あんたが本気出したら、この国の霊的バランス、ひっくり返るで?)」
「ひっくり返るなら、法に則って整え直すまでです」
彼女の歩む道に、冷えた夜風が吹き抜ける。
だがその足取りは、四十五年という歳月を乗り越えた者だけが持つ、重厚な確かさに満ちていた。
いろいろと都市伝説とか怪異を相手に話を考えようかと。




