食事
「はい、シーアお姉さま。あーん」
「……」
「……シーアお姉さま?」
「……うん、あーん」
少しの躊躇の後、シーアお姉さまは小さく口を開ける。
その口へと僕は自分の手にある匙を運んでいく。シーアお姉さまは口にまで運ばれた匙のなかのご飯を咀嚼し、飲み込んでいく。
「はい、シーアお姉さま。あーん」
「……」
それを何度か繰り返していく。
「ご馳走様でした」
僕の手にあったお椀の中身が空っぽになったところでシーアお姉さまはか細い言葉で挨拶を口にする。
「……ノア、ありがとうね」
「いや、このくらいは当然だよ」
戦場で両腕を失ったシーアお姉さまは今じゃもうひとりでご飯を食べることも覚束無い。
ココ最近は僕がシーアお姉さまにご飯を食べさせてあげていた。
「……ごめん、ね。頼りなくて」
食事の後、シーアお姉ちゃんは僕への謝罪の言葉を口にする。戦争から帰ってきて以来、随分とシーアお姉さまは弱々しい態度になってしまった。
強気な態度は見られなくなり、不安げな姿ばかり。
「ううん、大丈夫だから。シーアお姉さまはシーアお姉さまだよ。何があろうとも」
「……でも」
「シーアお姉さまは何時でも僕の頼りになるお姉ちゃんだよ」
「……ノア。うん……ありがと」
「それじゃあ、僕はお椀を返してくるから」
「うん。ありがとう」
「……早く、元気になってね」
顔を伏せ、弱々しい姿を見せるシーアお姉さまのいる医務室を離れ、僕はお椀を返しに向かう。
「致命的だ」
その道中、僕の耳に父上の言葉が入ってくる。
「……」
ほぼ、無意識に。
父上の言葉を聞いた瞬間に僕は息を潜め、その場に足を止める。
「ウィルアード侯爵家の面々が早々に全員脱落。男衆はノアだけ……散々だな」
「……ですね」
声が聞こえてくるのは父上の執務室。
父上と最側近の文官とで、この戦争における話をしているようだった。
「痛手を負ったのは我々だけではない……だからこそ、問題なのだ。失った権益、力。それを何処の家も求めている。我が家は一番の深手を負った」
「ご当主様が戦場に戻る訳にも行きません。これからの戦争における我らが功績。大貴族としての立場を守るためにも貢献はしなければなりません」
「難しい話よ……それが出来れば、はなから苦労はせんのよ。シーアの様子はどうだ?」
「……意気消沈しておられるようです」
「……そうか。だが、……気の毒だが、我が家に使えるのは彼女しかおらん。誰でもいい。何処かに嫁へと出し、我が家の味方となってくれるものを探す他あるまい。顔はいい。欲する男は多い」
「……は」
静かに、黙って聞いていた僕は父上の発言を、今の状態のシーアお姉さまを嫁に出すという発言に。
それも彼女の幸せを考えない最悪な形でのそれを行うという発言に思わず、僕は声も漏らす。
「「……ッ」」
その、小さな呟きにも父上たちは反応する。
「……誰だ?」
「……失礼しました。聞こえてしまって」
その言葉に答えるようにして僕は父上の前に出る。
「……ノアかお前なら良い。が、お前にもやることはあるだろう。仕事に戻れ。今となっては、お前の商人としての伝手も欲しい」
「……はい。失礼します」
心のうちに、飛来するもの。
荒れ狂うものに蓋をし、僕は頭を下げてそのまま父上の前から引き下がる。
「お椀を、返さなくては」
まず、僕がやらなきゃ行けないのは食器を返すことだ。
「……第一次世界大戦か」
魔法が無くなった。
だとするなら、戦場の女神は砲兵であり、兵の寝床は塹壕となる。
「ハッ……」
これまで、僕はシーアお姉さまに幾度も助けられてきた。
落ちこぼれと蔑まれ続けた。別に恨みはない。だけど、家族としての情は持てなかった。
見下す父も、兄も。無関心な母も、ただの他人。
でも、シーアお姉さまだけは違う。
「今度は、僕の番だ」
前世では、それまで育ててくれた両親に何も出来ずまま、あの人たちを残して若くに死んでしまうという最大の親不孝をしてしまった───だから、今度こそは。
今世こそは、……家族のために、この身を。
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