第九話 元気で
目が覚めた。自分の手を、ジョージ様が握りしめていた。
「・・・あれ」
「起きたか」
「・・・子どもは? 私、ちゃんと産めたよね?」
「あぁ。娘だ」
「名前は?」
「名前? まだつけてない。一緒に考えよう」
「そっか・・・」
「どうした。大丈夫か」
「ジョージ様があんまり心配するから、なんか、ちょっとヤバイ夢みちゃった・・・」
ジョージ様がため息をついた。
「勘弁してくれよ・・・ウイネ」
泣きそうな声で、握りしめている手に口づけてくる。
「・・・あれ? 私、危なかった?」
「目が覚めたんだから良い。・・・気分はどうだ」
「ちょっと・・・喉かわいた」
「分かった。でも先に医者を呼ぼう」
「えぇ・・・」
そんなに私、重体なの? 嘘だぁ。
そんなウイネの頭を、ジョージ様が大きな手の平で撫でた。
「早く良くなれ。欲しいものとか食いたいもん、全部言え」
「逆に不吉・・・お医者様呼ぶんでしょ?」
「目を離してる隙に寝てくれるなよ、頼むぞ」
「・・・」
「寝るなら俺の見てる間にしてくれ」
「・・・」
まずい、自覚なかったけど、結構ヤバイ状態なの?
それは嫌だなぁ。元気なろう。
ウイネはそう思った。
これからもジョージ様とたくさん無茶して過ごしたい。
娘、名前つけてあげなくちゃ。見失ってしまわないように。ちゃんと見つけられるように・・・。
「おい!」
呼ばれてふっと意識が浮上する。どうやらまた眠りかけていたらしい。
お医者さんが手の脈をはかってくる。
うーん、ぼんやりする。
眠ったらダメ? ジョージ様戻って来たでしょう、だから今なら眠っても良いよね?
「栄養の・・・」
お医者さんがジョージ様に話しかけているような言葉を子守唄にして、ウイネはまた眠った。
名前。名前をつけてあげなくちゃ・・・。
ジョージ様と私の子ども。娘の名前。
***
「シャルとかどう?」
「シャル? それ、愛称か?」
「ううん、名前。本名」
「悪い、短すぎる。シャルロットとかどうだ」
「・・・んー」
「じゃあ、シャルル」
「シャルルー。んー」
「シャルフィリア」
「わ、急に貴族っぽい。しかもなんかいい感じな」
「シャルフィリア。ふむ」
「馬に乗ってあたり駆け巡ってても違和感ないし」
「逆に才女になってもいける気がするな」
「シャルフィリアにしましょう! ねぇ、ジョージ様」
「よし、決まりだ。ルネージュ、聞いたか」
「はい。かしこまりました」
「えっ、いつからいてましたルネージュさん!」
「お前気づいてないとか相当だろ」
心配そうに、ジョージ様がウイネを見る。
「・・・まぁいいや。ねぇ、シャルフィリアに会いたい。会わせて」
「・・・もう少しだけ、回復したらな」
「シャルフィリア、は、元気なのよね?」
「そりゃもう。ギャン泣きだ。乳母が元気ですねって褒めてたぞ」
「ずるい、私も抱きたい・・・」
「ん。そうだな」
「連れて来て」
ウイネが拗ねると、ジョージ様がじっとウイネを見てから、
「分かった」
と答えた。
「ルネージュ、娘を連れて来てくれ」
「はい」
なのに、連れて来てもらう間に、またウイネは眠ってしまったようだ。
あぁ、会いたいのに。
***
ふっと目を開けると、当たりは暗かった。
あれ?
とウイネは思った。
少し身じろぎしようとして、手が固定されているのが分かった。
ひょっとして、
「ジョージ様?」
「んぁ」
影が動いて、明かりが灯された。
「なんだ、起きたか。水飲むか」
水差しで水を貰ってから、ウイネはじぃっとジョージ様を見た。
「そんなに心配しなくても、大丈夫よ」
「・・・俺が心配するのは俺の勝手だ。だろ」
「でもジョージ様の方がなんか心配。倒れちゃわないでね」
「お前の方が心配だよ」
暗くて表情が良く見えない。
だからなのか、ジョージ様が弱音を吐いた。
「産んでほしいと思ってた。でも、それでお前がいなくなるなんて無理だ。頼む、一緒にもっと色々俺に付き合ってくれるんだろうが」
「・・・そんなに心配しなくても大丈夫だって・・・本当に。何なの、私、死にかけたの?」
冗談でちょっと笑って言ったのに、ジョージ様からの反応が無い。
待って。本気なの。
「えっ、まって、私、死にかけてるの? ジョージ様!」
「生きてるよ。安心しろ」
「ちょっと、もっと安心させるような事言ってよ!? 不安が募る!」
「あー、もうギャーギャー喚くなよ。何時だと思ってる」
「何時なの」
「深夜2時半」
「わぁ、ごめんなさい」
「良いよ。気にするな」
ちょっとため息をついた、けれどとても優しい言葉だった。
「ねぇ。ジョージ様。ついていてくれるの、ものすごく安心できてうれしいんだけどね」
「あぁ。安心してろ」
「でも本当にずっとつきっきりなんじゃない? ちゃんと休んでね」
「だから寝てたろ、俺もここで」
「・・・ねぇ、ジョージ様。今から不吉な事言うけど、怒らないで聞いてくれる?」
「嫌だな、聞きたくない。言って本当になったらどうする」
「んー・・・」
「大丈夫だ、ちゃんとついててやる。安心してろ」
「ねぇ、娘の名前、なんだっけ。ごめん・・・」
「シャルフィリアだ」
「シャルフィリア、元気にしてる? 大丈夫? 私、まだちゃんと会ってない・・・」
やばい、急に不安で泣けてきた。どうしよう。
「あーもう、泣くな。お前が泣くな。大丈夫、無事だ。すぐ会える。今は真夜中だから無理だが、明日な。明日に会え」
「うん・・・本当に会わせてくれる?」
「俺が嘘ついたことあったかよ」
「・・・無かったっけ」
「ねぇよ」
「そっか」
「寝ろ。もう夜中だ」
「うん」
「・・・元気になれ」
ジョージ様の囁く声が耳に届いたけど、もう半分眠りかけていて、返事をするのは無理だった。
***
回復した。
おめでと、自分。
ウイネは美味しくフルーツをいただきながら、頷いた。
ちなみにジョージ様は、ウイネの横、ソファーでこんこんと眠っている。
やっと安心できたらしい。
ごめんね。
全く分かってなかったけれど、ウイネは出産してからちょっと危険だったらしい。
気が付けば8日、出産した日から経っていた。
ウイネは37歳で初産だ。体力が他の人よりあると言われていたけれど、出血が酷かったらしい。自覚は本当に無かったのだけれど。
ちなみに周囲にせがんで娘にも会わせてもらった。
あれだけ心配かけたジョージ様が寝ている間に、と、悪い気もチラっとだけしたが、まぁ良いだろう。
娘は小さくてふわふわで、眠っていた。
「ふふ。こんなに小さいのに、ジョージ様に似てる。シャル。シャルシャル」
ほっぺたをつつく。フワフワだ。やっと見つけた。嬉しい。やっと会えた。
あと、いきなりごめんなさいね、せっかくつけたのに本名をまだ覚えて無くて・・・。
シャル・・・なんだっけ。ジョージ様が起きてきたらこっそり聞き直そう。親なのに名前忘れたって最低すぎる。他の人には聞けない。
「ふふ、可愛い。シャル。見て、ちょっと起きてみない? お母さんだよ。ふふ」
少し心配し過ぎの周囲が、あまり無理されないようにとシャルを抱き上げて少しウイネから遠ざけた。
くそぅ、不満だ。
絶対元気になってやる。というか、もう元気よ?
***
ウイネは無事にきちんと回復した。
娘を抱いたウイネを初めて目にした時、ジョージ様は人前なのに泣きだした。
驚いていたら、周囲の方が気を使ってウイネと娘とジョージ様だけにしてくれた。
「ジョージ様。ごめんね、泣かないで。あなたが泣かないでよ」
返事ができないようだった。息を詰めるようにしてからハッと息を吐いて、やっとジョージ様は答えた。
「回復して、良かった。俺が、望みすぎたのかと、思った。失うのかと」
「お願い、泣かないで。ごめんね、本当に心配かけてごめんなさい。ほら、もう元気だよ。ね?」
「あぁ」
グシャグシャの顔で、ジョージ様が笑ってくれるので、ウイネも涙が滲んできた。
「ごめんね。・・・みて、シャルが驚いてじっとジョージ様見てるよ」
「え、・・・あぁ、本当だ」
ジョージ様が覗き込むので、その腕にシャルを渡す。途端、シャルは泣きだした。
「なんでだ」
「怖かった?」
「おい。俺とそっくりな顔しといて、泣くのか。シャルフィリア」
「ふふ。泣いてても何しても可愛い。こっちに戻ってくる? シャル」
ウイネのところに戻ると、落ち着いた。
「母親だって分かるのかしら」
「なんでだろうな」
そう言いながら、ジョージ様が眩しそうに目を細める。
「どうしたの。ジョージ様も一緒でしょ。三人で頑張ろうね」
「・・・そうだな。ウイネ。お前、二人残すんじゃないぞ」
心配性だなぁ。でも、それだけ心配させてしまったのだ。
***
あれから。シャルフィリアは、めきめきと野生児へと育っている。
ウイネが時折これで良いのかと心配になる。
お母さんは平民だけど、シャル、あなたのお父様、貴族なのよ? 一応あなた、貴族の家の子なのよ?
出産前は、貴族じゃなくて平民が良いかもなんて思ってもいたけれど、すでにそんなレベルでは無い気がする。
現在3歳児ながら、すでに進路がものすごく不安だ。
女の子だから適齢期で嫁ぐはずなのに、大丈夫だろうか。
ジョージ様に真面目に相談したら、真顔で、
「嫁になんて行かなくてもいいだろうが」
と言い切られた。親馬鹿だ。本気で言っているのがタチが悪い。困る。
・・・ジョージ様。シャルフィリアは、絶対嫁に出しますからね。
親子が遊ぶ姿に、ウイネは微笑ましく思いつつも、決意する。
私みたいに、嫁ぎ遅れなんて可哀想な思い、絶対させたくない。シャルフィリアには、ジョージ様みたいな奇特な人、余ってないかもしれないんですからね。
***
ところで、二人目もいたらいいなと思った事がある。
一度、口に出してみた。
するとジョージ様の表情が固まった。その状態で無言でウイネに近寄り抱きしめ、じっとそのまま動かなくなった。まさかの状態に、ウイネは酷く驚いた。
ジョージ様は恐ろしく沈んだ顔をしていた。
「ごめんね」
とウイネは謝った。
ジョージ様は首を横に振って、しばらく目線を落として落ち込んだままだった。
数日後に、らしくなく真面目な顔と沈んだ声で、ジョージ様はウイネに答えた。
「今のままで、俺は十分幸せだ。失う事は、考えたくない」
ウイネは頷いて、今度は自分から抱きしめにいった。
「うん。十分幸せだね」
ジョージ様はなされるままにじっとしていてから、
「だが」
と言った。
「・・・俺も歳だから、俺が先に死んだ時の事は、考えないといけないな」
不吉な発言に怖くなってジョージ様の顔を見上げると、少し遠くを見る目で、けれど優しくウイネを見ていた。
「・・・できるだけ、長生きしてね」
「もちろん。でも俺たちはオッサンオバサンで結婚した。シャルフィリアが困らないように手配しておかないとな」
「・・・そうね。・・・ねぇ、私も元気でいるつもりだけど、万が一、何かあったらその時は・・・」
あの日言えなかった言葉を、ウイネは口にしようとした。
ジョージ様の方が力を込めてギュッと抱きしめて、ウイネの言葉を途中で遮るように言った。
「お前から言うな。・・・だが、絶対、大切にする」
シャルフィリアの事だ。
うん、とウイネは頷いた。
「でも年齢からいっても、お前が先に逝くのはおかしいからな」
二人目は、もう産まないことに決めた。
これ以上を望むと、何かを失いそうだから。
***
「ウイネ。走るぞ」
「おかーさま、うまー!」
「はいはーい」
シャルフィリアと、シャルフィリアを肩に担いだジョージ様が待っている。
絶対お嫁に出すから、いつか一緒に暮らせなくなっちゃうけれど。私たちももう年だけど。
親子三人、ずっとずっと、元気で過ごそう。
はしゃいだ声の二人がウイネを呼ぶ。ウイネは満面の笑顔で駆け寄った。
『ウイネさんとジョージ様』 おわり