9 EOF
――ケテル王国史 611年冬 ルテア=タロン 生年月日不詳 没
「うーむ」
1人の中年の男が夜も更けた中、書斎の窓際の机に座り本を開いている。男は皺くちゃの白い服に黒いズボンをはいている。男は歴史学者の1人であり、専攻は生まれ故郷のケテル王国を中心としていた。今は過去の出来事、特に軍事方面について研究していたのだ。
男が開いている本はケテル王国史に残る重大事件、暴竜討伐の記録である。大陸でも大きいとは言えないケテル王国であるが、不幸なことに過去2回暴竜との戦闘があり、1度目の戦いは辛くも撃退を、40年後の2度目の戦いでは多大な犠牲を払い討伐していた。これ以降、暴竜がケテル王国に現れることは無く現在も平和な日々が続いてる。
また、暴竜討伐の知らせは周辺諸国にも轟き、討伐以降はケテル王国と周辺諸国間で争うこともなく、同盟強化の下地になったことは一般的に知られている話だ。
「雨が降ってきたな」
雨音が強くなり男が窓を見ると、雨に濡れた窓に街灯の光が乱反射していた。
男は再び書物に目を戻す。この2度目の戦闘は多くの人々の記憶に残り、後世に語り継がれている。特に有名なのは、当時学生であり後に国王となった英雄”ライア”や深窓の令嬢”イレーネ”、学生かつ冒険者として有名だった子供に大人気の”勇者一行”、中でも聖女と呼ばれたフィリカ、また1度目の戦いの中で生き残った”シトル”の再戦だろうか。
この暴竜との戦いは、多くの物語や演劇などの題材となっている。
「ルテア=タロンか……」
しかし、この戦いの最後に現れた”ルテア”については、当時も、そして現在も評価が分かれている。
”ルテア=タロン”、当時タロン家の次女であった――と思われているが、入学式直後にライア第2王子と対立したことは有名な話である。この事件についてはイレーネ公爵令嬢がルテアを庇っていたことから、ライア王子とイレーネ令嬢との間で何かしらの問題があったのではないかと推測されている。
その後、彼女はタロン家から追い出され、魔法学園の旧校舎に住んでいた。彼女の学園生活は荒れており、学園外でも暴力沙汰に起こしたと当時の学生の証言があるのだが、国や学園の記録上から事件は1件も残っていない。また、彼女自身の出自や生年月日も不明であり、タロン家より彼女の情報は公開されていない――。
「魔法……魔法ねぇ」
そう言って、男は顔を顰めた。
遥か昔、多くの者が使えていたという強力な魔法も、現代では極少数の者が手品の様な魔法が使えるのみとなり、かつて存在したと言われている魔法学園も歴史の中で消え去っている。
この魔法であるが、彼女は氷系統の魔法を得意としていたとの記録があり、彼女の能力の高さを示す一例として、訓練に使っていたと言われる鉄板2枚、片方は50mm厚であり、もう片方は100mm厚が貫通していたことだろう。
現在、ようやく当時と同製法の100mm厚の鉄板を貫く火砲がでてきたところであり、彼女の能力の高さが伺える。尚、鉄板は、国立魔法館の奥の隅にひっそりと展示されていたりするのだが、一部の者以外からは注目されることはない。
「”彼女は学生時代、訓練とギルドの仕事をこなしていたが、その私生活や交友は謎である”か、この資料も役に立たんな」
男は資料を机の端に放り投げ、次の本を手に取った。ルテアの学生生活は”校舎裏でのシトルとの訓練と当時存在したギルドの仕事をこなしていたと”、どの資料も同じような記載しか存在しない。しかし、彼女が1年前に現地へ向かった記録や、彼女が特殊な金属性の矢を扱っていた事実から、国が関わっていた可能性が高いのだが当時の資料は残っていないのだ。
そんなルテアには、学園外でよく一緒にいたロベリアという少女が居たが、彼女がルテアについて話すことは無かった。また、ルテアと勇者一行は度々争いを起こしていたと言われているが、暴竜討伐後に勘違いであったと彼らは発言している。
この暴竜戦については今でも論戦の的となり、ルテアの評価が分かれる要因となっていた。
一度倒れた暴竜が再び攻撃しようとした際、ルテアが放った氷の槍と暴竜の火球が干渉した結果、丘陵に大穴を開ける程の大爆発が起こり、暴竜に近かった者――勇者一行やライア王子に重軽傷を負わせ、多くの兵士や冒険者に軽傷を負わせたからだ。
その為、ルテアについては”彼女が大爆発を起こして、皆の被害を大きくした”と言う者と、”彼女が爆発させることで、皆の被害を少なくした”と言う者に分かれている。
そんな彼女に対して、対立していたと言われるライア王子より暴竜討伐の功労賞が授与されたことにより、タロン家は彼女が消えた最後の場所に小さな慰霊碑を建てたのだった。
「考えてもしょうがないな。別の資料を探すか」
どのくらいの時間が経ったのか、男は椅子から立ち上がり背を伸ばす。男が再び窓を見ると雨は小降りになっている。窓の向こうには、光で照らされているケテル王城が遠くに見えた。
*****
「父さん。何でこの名前にしたの?友達から古いって笑われるのが嫌なんだ」
「お前の名前はな――」
彼は夢を見ていた。子供時代の話だ。名前の由来について父親と話をすると、先祖の一人は遥か昔の勇者であり、勇者の髪も同じ色だったらしいため、同じ名前にしたと言われたことを。
小鳥のさえずりで一人の少女の瞼がゆっくりと開いていく。カーテンの閉じられた狭い部屋の中は薄暗い。デジタル時計は、就寝した翌日を差している。黒色の丈の長い服を上下に着た彼女は、煎餅布団を開けて部屋の電気をつけ、洗面台へ行き、姿見の前に立つ。洗面台の蛍光灯を点けると、はっきりとした姿が浮かび上がる。
少女の身体の起伏は乏しく背は低い、腰まで届く長い薄い黄色の髪に白い肌、オレンジ色の瞳を細目にして鏡を睨んでいる。そして自身の頭、胸、腰、足などに手を這わせていく。
「おおう……。これはないわ……」
蚊の鳴くような小さくも可愛らしい声で彼女――彼は嘆き、部屋に戻り布団の上で大の字になる。
「はあああぁぁぁ……」
部屋に沈黙が満ちる。1日の始まりとはとても思えない雰囲気だ、むしろ世界の終りの様相だろうか。
「これは夢か幻か。それとも、また自分の頭がぶっ飛んだか?」
彼は自身に問いかける。もちろん意味のないことなど十分承知だ。
そんな中、彼はゲーム機の電源を付けっぱなしにしていたことを思い出した。ゲーム機を操作すると真っ黒になって待機していた画面が点灯する。寝る前に遊んでいた、ケテル王国史を題材にしている歴史ゲーム”ソーサリアス”が彼の眼に映り込む。
彼の見た画面の中では、丁度ゲームのエンディングで止まっていた。
「……」
彼は無言のまま立ち上がり冷蔵庫を開けると、お茶と食パンを取り出し部屋へ戻った。食べ物を卓の上に置き、カーテンと窓を開けると何時もの光景が飛び込んでくる。
家の前の通りでは、黒い制服を着た短い茶髪の犬耳の少女と、長い金髪の少女が談笑しつつ登校し、青い空を背景に、石造りの街並みの向こうには、年季の入ったケテル王城が建っていた。
「うぅ、寒い」
冷たい風が彼の頬を撫で、長い髪が風に舞う。空は快晴、今日一日いい天気になるだろう。そんな空を見上げつつ、彼は手を組んで呟いた。
「終わったのか、始まったのか――」
今日は祝日の暴竜討伐記念日。世界は平和であった。
――本日は、世界は平和であったのだ。
勢いで書き上げた小説となりますが、お読み頂きありがとうございました。
・需要は微妙かもしれませんが、おまけ話も考えています。