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 雨の季節が過ぎ、日差しが強くなってきた。もう夏がやってくる。あの護衛を引き受けた後はシトルと魔法訓練に加えて剣術も習っている。とは言っても素振りと型を繰り返す毎日だが。魔法はひたすら速度>数>大きさの優先順位で訓練をしている。一言で言えば”氷魔法バカ一代”であった。


「私は悪くありません!」


「あんたねぇ。ライア様がお声がけしているのよ!」


「ふんだ!」


 どうやら第2王子のライアとリュミエーラがフィリカに目をつけているらしく、取り巻きや従者がフィリカにちょっかいをかけているとの情報を得る。ライアはハーレム候補に、リュミエーラはルテアへの嫌がらせだ。放課後、ルテアは彼女たち3人へ声をかけると、彼女たちはルテアを指さし大笑いする。


「すみません、お話があります」


「あはは!何、このちまいの?」


「あなた、”あの”ルテアね」


「いいわよ、暇つぶしに相手してあげる」


 その後、学校裏でルテアは取り巻きたちの手足と口を氷漬けにする。体が硬直した彼女たちに反撃の隙を与えないため、速攻で腹を蹴飛ばし、頭に衝撃を与え失神させて拘束した。併せて状況を学園長へ報告し、彼女たちを謹慎扱いにさせる。謹慎明けの彼女たちはフィリカへ声をかけることもなく平和なものだったが、ルテアが接近すると怯えた顔をして足早に去っていく。


「……はぁ。嫌われ役とは」


 ルテアは溜息をつく。この仕事を始めてから、悪い評判がさらに悪くなっている。学園での今の通称は”子犬の狂犬”だ。しかし仕事を始めてから、悪いことばかりでもない。


「ルテアさん。お疲れですか?」


「イレーネさん……大丈夫です」


 銀髪の輝く長髪を翻してイレーネが声をかけてくる。周りの生徒は心配そうにイレーネの様子を横目で伺っている。


「よかったです!」


 イレーネがにっこりと笑顔をルテアに返すと、ルテアは苦笑いを――実際には無表情を返す。学園長からイレーネへもフィリカ護衛の件が伝わっている。何も後ろ盾がないルテアに対する権力者のイレーネという組み合わせは学園長のおせっかいかもしれないが、殺伐とした学園生活の中で美少女と触れ合う機会が巡り合ったことにルテアは心の中で感謝した。イレーネは光と水の2属性持ちであり、魔法について学ぶことも多い。


「そういえばこの前食堂で新しいメニューができたんですよ、その名も”ゲボリアン”なんです。一緒に食べに行きませんか?」


「う……」


 しかし才色兼備なイレーネでも一つ欠点があったのだ。彼女は味オンチであった。当初はそんなことも露知らず、イレーネの試食という名の実験台に付き合って腹を壊したことを思い出し、ルテアは腹をさすった。


「ハイ。トッテモ楽シミデス……ハハハハハ」


「では後ほど食堂で待ってますね」


 ルテアが棒読みで返事をすると、イレーネはスキップしそうな足取りで去っていく。窓の外は青空の向こうに入道雲が広がっていた。


*****


 夏と言えば海・山・水着の季節だ。ゲームでは海か山か選択できたが、今ほど主人公ではないことに、ルテアは主人公を呪わずにはいられなかった。もしも彼が主人公だったならば、迷わず海を選択しただろう。


「あと少しで目的地だから頑張ろう!」


「そうだね」


「お魚一杯食べるの!」


「……はい。頑張り……ます」


 1人の赤茶髪の男子生徒と3人の女子生徒が山道を歩いている。女子生徒はヒロインのフィリカに、笑顔が似合う茶髪ショート猫耳娘のカレン、黒髪ロングで控えめな性格のシャントリエだ。4人とも長袖長ズボンを着て、バッグを背負っている。


 それを遠くから見ているルテアの足元には、血まみれになって動かない熊が横たわっている。ルテアは彼らに先行して獣を狩っているた。ゲームではこの山イベントで熊が主人公たちを襲い、最後にルテアが現れるのだが、これがその熊か確証が持てないため、ルテアは山の中を駆け回り獣狩りをすることになる。


 夕方になり、4人らは夕飯を準備しているようだ。


「干し肉旨いわー……」


 火はすでに暮れており、辺り一面暗闇だ。少し離れた場所から少女たちの笑い声が聞こえ、良いにおいが鼻をくすぐる中、木の上に座っているルテアの夕飯は乾パンと干し肉だ。保存がきき、すぐに食べれるため重宝しているが、味気ないので別のメニューを加えようかと考えていると――。


「熊がいるの!」


 カレンが大声で叫ぶと、ルテアは素早く獣を探す。彼らのテントの近くの熊が2頭いることがわかり、ルテアは熊の背後へ飛び降りる。アイスアローで2頭の熊の注意を引き、まずはアイスジャベリンで近くの熊1頭の頭を潰す。そして残り1頭へ目を向けると、すでに主人公らに殺されていた。


「誰だ!」


「あそこなの!!」


 カレンがルテアの方を発見する。夜目が効くようだ。ルテアはシャントリエが杖を向けていることを確認し、地面に伏せた。


「……ファイヤーボール」


 直後、シャントリエがルテアに向けて火球を3発放つと少し遅れて、ショートソードを抜いた主人公が突っ込んでくる。カレンはフィリカの前でダガーを構えている。ルテアの後方にファイヤーボールが飛び込み、焼けるような爆風と酷い爆音が襲い掛かり世界が揺れる。そして、舞い上がった小石がルテアの頭や背中に降りかかると共に、被っていたフードが外れてしまう。


「お前は――!」


「アイスナイフ」


 連携した攻撃に慣れているのか、気づけば主人公はルテアの手前5m程まで近寄っている。ルテアは素早く立ち上がり、両手にアイスナイフを出して主人公へ刃を向けると、主人公は剣を構えたまま立ち止まる。


「どういうことだ!お前が俺らに熊をけしかけたのか!」


「……」


「来るな!撃たれるぞ!!」


 主人公の後ろから女性3人が向かってくるのが見えたため、ルテアは長さ10cmほどのアイスアローを3本出すと、主人公は大声で彼女らに声をかける。その隙を狙い、ルテアは森の奥へと駆け出した。

 ギルドの仕事や訓練の結果、魔法と身体能力は少しずつ向上しているのだ。


「まて!!!」


 主人公は逃げ出したルテアに声をかけるが、直ぐに暗闇の中に姿が溶ける。


「――ルテアさん」


「あいつが犯人なの!」


「私には……分かりません……」


 フィリカが気落ちした声でルテアの名を呟くと、カレンが激高し、シャントリエが困惑する。


「犯人かは分からない……だが、可能性はある」


 そう言って、主人公は暗闇の森の奥を睨みつける。その夜、彼らは2人組で交代で番をすることになる。辺りに現れたのは野犬が数匹程度だったが、番をしなければそれでも危険な状況になっていただろう。


*****


 粉雪が街に舞い降りる。既に季節は冬になっていた。ルテアは秋にあった前期の試験はギルドの仕事、ジャイアントスネーク討伐でクリアーしたのだ。ジャイアントスネークは10m超の黒色の大蛇であり、毒は無いが厚い皮膚と強力な筋肉を持っており、肉は美味である。


「またか……」


 建物と建物の間の薄暗い路地に立っているルテアの足元には、散乱した氷の破片と半殺しになった男たち4人が倒れている。顔はボコボコ、服もズタズタで、他人から見ればルテアが悪者確定だろう。この男らは主人公とフィリカが街へ出かけているとき、いわゆるデートイベントでフィリカを浚おうとした連中だ。


「貴様ら、どこの手先だ?」


 ルテアはいつもの無表情に加えて氷のような声で男たちに声をかけた。対人戦を行うことは避けてきたが、数度の対人戦闘を行うことで、流血や悲鳴に慣れてきた自分自身を嫌悪した。但し、一人も殺害していないのは密かな自慢であった。


 さらに男たちに詰め寄り親元を聞こうとすると、表通りから2人こちらへ歩いて来たため、ルテアはフードを深くかぶった。


「ルテアさん!?」


「おい、大丈夫か!!!」


「チッ……」


 主人公がフィリカの盾となりルテアを睨みつけてくる。無駄に勘の鋭い主人公はゲームでは様々なイベントに遭遇したが、このイベントもフィリカルート時にゲームで発生したものだった。ルテアが2人の後方を見ると街の警備兵が3人走ってきているため逃走の準備をする。


「お前がやったのか!」


「……」


 ルテアは沈黙を貫いた。正直に話しても、嘘を話してもロクでもない結果になるのは明白だ。ルテアは魔法で辺り一面に霧を発生させると、主人公が風魔法で吹き飛ばそうと詠唱する。その合間を縫って、ルテアは魔法で氷の足場を壁に作り、背後の民家の屋上へ飛び移る。そしてそのまま学園長へ会いに行くのだった。


 後に、倒れた男4人は警備兵に拘束されたのち尋問に合い、適切に処理されたとルテアは聞くことになる。学園ですれ違う主人公やフィリカ達の視線は、それは厳しいものだった。


*****


 フィリカの護衛と訓練を繰り返して日々は過ぎ、季節は春となる。学園生活2年目のスタートだ。

 

 春の直前にあった後期試験、ルテアは南西の森に居る複数のレッドタランチュラ討伐でクリアーする。1年の試験は個人戦と集団戦を意識した魔法がそれぞれ評価対象となるためだ。


 このレッドタランチュラは赤地に黒色の斑点が特徴の2mはある巨大な蜘蛛で、移動速度は速くないが牙に毒があり、10匹程度固まって生息していることが多いため倒すのは容易ではない。ルテアの攻撃は個人戦を主にしているため、遠くから1匹毎に確実に仕留めたのだった。


 綺麗な制服を着た新入生がルテアの横を通り過ぎる中、ルテアの前には青紫髪の犬耳娘が立っている。身長はルテアより若干高い150cmくらいであり、それなりに体の起伏もある可愛い少女だ。なお、ルテアの身長は去年から全く変化がない。


「先輩、ありがとうございます」


「ん……」


 彼女――ロベリアはルテアに頭を下げ、入学式のある講堂へと入っていった。正門前でオドオドしてたので、去年の自分を思い出し、ルテアは思わず声をかけてしまったのだ。これが男なら声かけ事案である。


 そして、声をかけたときに気付いたが、ロベリアは土魔法と珍しい闇魔法を使えるのだ。ロベリアは見かけによらず力持ちであり、ゲームでは重装備かつ土魔法による防御で壁役の、非攻略キャラクターであった。


「新入生のみなさん。ご入学おめでとうございます――」


 講堂の方から入学式の挨拶が聞こえる。生徒会長はリュミエーラからイレーネになっていた。そんな講堂を背に、ルテアは今日一日、旧校舎へひきこもる決意をする。元々”彼”の時も人見知りだったが、この世界に来てむしろ人見知りが加速していることを感じるルテアだった。


「あぁ……。もう夕方か」


 ルテアが顔を上げると閉めっぱなしのカーテンの隙間から夕陽が部屋に差し込んでいる。夜までまだ時間はあるが、外をうろつくには短い微妙な時間だ。随分寝てしまったと反省し、旧校舎の外に出る。当然ながら辺りには人がおらず、ルテアは学園外まで買い出しに行こうかと考え歩き出した。


「あの……先輩」


「ん?」


 ルテアは正門前で後ろから声をかけられたが、別人だと判断しそのまま歩こうとしたが――。


「もう、先輩!」


 目の前に夕日に照らされた青髪のはにかんだ少女が回り込んでくる。ルテアはあまりの眩しさに顔背けてしまう。ロベリアはどうもルテアを待っていたようだ。


「何か用でしょうか?」


「はい。朝の御礼とお名前をお聞きしたくて……」


 ロベリアは少し顔を伏せて困った顔をする。美少女のそんな顔見てルテアも困った顔をする。ルテアに関わるとろくでもないことに巻き込まれる恐れがあるためだ。


「ルテアです」


「はい、ルテア先輩。よろしくお願いします」


 その後、ルテアが買出しに行くことを伝えると、ロベリアも付いてくることになる。道中に雑談でロベリアは学園外に住み込みで働いていると話してきた。そして、2人で学園外の食堂で夕食を食べることになる。夕飯は雑炊のような食べ物に肉の串焼きだ。ルテアは塩派、ロベリアはタレ派のようだ。


「そういえばルテア先輩はどちらにお住まいですか?」


「……旧校舎の休憩室」


「旧校舎……みんな、”旧校舎の開かずのカーテン”なんて言っていますよ……」


 嗚呼、幽霊が出ると噂の旧校舎。嗚呼、開かずの旧校舎。次は一体何と呼ばれるのか、ルテアは嘆息する。夕飯はいつもよりも若干しょっぱい味がした。


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