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ネタが降りてきたので書いてみました。

 小鳥のさえずりで一人の少女の瞼がゆっくりと開いていく。日はまだ上ったばかりで狭い部屋の中は薄暗い。彼女は簡素なベッドの白いシーツを開けて床に降り、姿見の前に立つ。部屋に差し込む光ではっきりとした姿が浮かび上がる。


 少女の身体の起伏は乏しく背は低い、腰まで届く長い薄い黄色の髪に白い肌、オレンジ色の瞳を細目にして姿見を睨んでいる。そして自身の頭、胸、腰、足などに手を這わせていく。


「おおう……。これはないわ……」


 蚊の鳴くような小さくも可愛らしい声で彼女は嘆く。そして、ひざを折って床に座り、項垂れる。


「はぁ……」


 部屋に沈黙が満ちる。1日の始まりとはとても思えない雰囲気だ、むしろ世界の終りの様相だろうか。


「これは夢か幻か、それとも自分の頭がぶっ飛んだか?」


 彼女は自身に問いかける。もちろん意味のないことなど十分承知だ。そしてそんな恰好のまま30分は過ぎるのだった。


「なんとかなる……わけないじゃん」


 彼女――ルテアは気を取り直しベッドへ再び潜り込み身体をまさぐる。そして寝る前に遊んでいたゲームを思い出すのだった。


*****


 そこそこ有名なRPG”ソーサリアス”というのものがある。内容は剣と魔法の世界で、地方の片田舎から王都に上がった主人公が魔法学園に入り、ヒロインや他の仲間と共に魔物を倒して能力を上げ、最終的には復活した巨大な暴竜を倒して世界に平和をもたらすという、ありきたりな内容だ。そして特徴は可愛い美少女が多数出ることだ。そのため、”彼”も当然美少女目当てでプレイしたのだった。


 また、このゲームの特徴は各種ステータスやスキル個々のレベルはあるが、キャラクターのレベルがない事が挙げられる。各種能力を上げるにはイベントをこなしてスキルを覚え、ひたすら同じスキルを繰り返すことで能力が上がっていくのだ。そのため、人によってはマゾゲーと呼ぶ者もいる。彼は大学生のため、無駄にある時間をゲームにつぎ込んでいた。そして、昨晩寝落ちしてしまったのだ。


「はぁ……」


 彼――今となっては彼女だが、ルテアはベッドの中で深い溜息を吐く。このゲームに出てくる美少女は数多くいるが、一番の人気はメインヒロインのフィリカだ。フィリカは主人公と同じ村の幼馴染で、ブロンドのふわふわセミロングヘアーに青い目をしているスタイルの良い美少女だ。

 フィリカは品行方正、成績優秀であり、人当たりもよく回復魔法がメイン担当となる。他にも黒髪の魔女っ娘や茶髪の猫耳娘や緑髪のエルフ娘など素晴らしい美少女たちがいるのだが、フィリカの人気は高い。


 そんな人気キャラクターの影で、地味に人気を獲得しているキャラがいる。それがタロン子爵令嬢のルテア=タロンであった。ルテアは主人公と同年代であり、同じ学園に通うキャラクターであるが、学園でのイベントは全くない。その一方で、何か事件があるとルテアと遭遇し、場合によっては戦闘となることもあった。いわゆるお邪魔キャラクターである。


 ルテアの戦闘は遠距離の魔法攻撃であるが、回避能力も高く、主人公たちがまとめて掛からないと基本的に全滅することになる。また、彼女は各イベントでも特に語らず、ラスボスである暴竜戦後の戦闘で初めて敗北し、そのまま去っていくのだった。


 ルテアは常に無表情かつ無口であり、設定では身長145cmであった。そんなルテアについて”ルテア様が真のラスボスだよ派”、”主人公になびかないルテア様こそ俺たちのヒロインだよ派”、”ルテア様のジト目で睨まれつつ踏みつけられたい派”等の一団がインターネットで日夜論戦を繰り広げていたのだった。もちろん彼もフィリカよりルテア派であった。


 具体的には”ルテア様の成長を止めることで永遠の美少女が完成するよ派”である。いわゆるキチガ……変態である。


*****


「彼女の得意魔法は――」


 ルテアが自身のスペックや今後のことを考えようとしたとき、木製のドアが控えめにノックされる。


「お嬢様。本日は入学式でございます。ご支度はできましたか?」


「終わった……」


 ルテアはベッドの中で頭を抱えて丸まった。プロローグ後の最初のイベントは入学式である。たしか15歳で入学し、3年間通う設定だったと思い出す。ということはゲームスタート地点に居ることになるが、彼女の素行が全く不明であることから、どうやって動けばよいのか、そもそもどんな口調なのか不明なのだ。


「……」


「では朝食へ向かいます」


 四苦八苦して着替えを済ませドアを開けると、暗い石畳の通路に無表情の20代に見えるメイドが立っている。来ていたパジャマを脱ぎ捨て部屋の隅にあったクローゼットを開けると、冬物の制服が1着、夏物の制服が1着と白いシャツが数枚入っていた。


 仕方なくルテアは冬物の黒い長袖とスカートの制服に白いシャツ、黒いストッキングに緑ネクタイへ着替える。なおシャツの下にはブラは着けておらず、パンツは白であった。


 女装している気分になり、居心地が悪いルテアが通路に出ると、メイドは振り返らずに通路の奥へと進み始める。通路は広く大人4人は並んで歩けるだろうか。通路の石壁にはボンヤリと光る照明が点いている。


「こちらが朝食となります」


「……」


 ルテアは悟った。取りあえず黙っておけば話が勝手に進むことに。そしてその先がロクでもないことに。通路先の調理場の隅の食卓にあった朝食は、カサカサに乾いたパンに、リンゴが4分の1個と生ぬるい水だった。その後、部屋の中にあるトイレに入りいろいろあったが、何とか社会的威厳は保たれたことをここに記しておく。


*****


「でっかい家だ」


 ルテアは通用口から出てきた家――屋敷を振り返り呟いた。石造の武骨な屋敷は3階建てであり、中世の小さな城のようだ。見たことは無いが広い庭もあるようであり、3メートルはあろうかという石の塀で囲まれている。屋敷の周りにはほかにも似たような豪華な屋敷ばかりが建っており壮観だ。もしも日本ならば一大観光地になろう。


「マイルームに戻って布団で寝たい……」


 朝食後、メイドに連れられ部屋に戻り、部屋隅の机の上にある鞄を肩にかけると屋敷の裏口から追い出されたのだ。ルテアは思う、あのままベッドの中で眠っていたかったと。懐かしの1DKのマイルームが遠い昔のことのようだ。しかし嘆いてばかりでも仕方がないと判断しゲームの魔法学園の建物を思い出すも、この場所がどこなのか分からないため、道行く人に尋ねようとするが――。


「声かけようとすると皆逃げるんだが……これなんて無理ゲー」


 ルテアが通行人に声をかけると、皆目を合わせずに去っていくのだ。ジト目と小声の相乗効果で取っつき辛さが大幅にアップしているためである。そのため、人通りが多いほうへと歩いていき、知っている建物や同じ制服の学生を探して後をつけ、やっと学園へたどり着く。


 見上げた石造りの門は大きく、遠くに見える煉瓦造りの5階建ての学園も大きい。門に彫られている文字は見たことは無いが、何となく読めることにルテアは気づく。


「入学式はどこでしょうか?」


「新入生ね。入学式はあっちの講堂よ、すぐに始まるから急いでね」


 ルテアが青ネクタイ、2年生の上級生に声をかけると講堂の方を指さして説明する。なお、ネクタイの色は1年生が緑、2年生が青、3年生が赤だが、学年が上がってもネクタイの色はそのままとなる。つまり次の入学生のネクタイは赤色になるのだ。ルテアは会釈をして講堂へ向かう。この学園、無駄に敷地が広いため全力で講堂まで走って10分ほどかかることになるのだった。


*****


「――以上、皆さまがこの学園で多くことを学び。人生の糧になることを期待します。生徒会代表リュミエーラ=タロン」


 ルテアが正門から少し離れた講堂に入り、新入生が座る席の端に陣取ると入学式が始まる。新入生の人数は300人超くらいだろうか。今は生徒会代表のリュミエーラの挨拶が終わり、壇上の席へ戻っていくところだ。長身の長い輝くようなブロンドを髪を翻いして歩く様は、男性のみならず女性の視線も釘付けである。そんな中、彼は思い出す。リュミエーラが自分――ルテアの姉であることに。


「演説の最中、こっちを見て睨んでいたような気が……気のせいだといいが」


 ルテアと一つ上のリュミエーラの関係はゲーム上は不仲との設定だった。主人公がリュミエーラに話しかけ、ルテアの話題になるとあからさまに不機嫌になるのだ。そんな入学式も終わり、ルテアは教室へ移動しようとするが行先がわからない。仕方なく、周りの新入生に声をかけようとするが、皆グループを作り仲良く話している。

 気まずくなったルテアは移動する人ごみに身を任せ流されるまま――。


「ルテア、ちょっとお待ちなさい」


 ルテアは声をかけられた方向へ顔を向けると、講堂の出入り口の隅に険しい顔をしたリュミエーラが立っていた。リュミエーラは講堂の外に歩いていくようなので後を付いていくと、閑散とした場所で立ち止まった。


「貴女、よくもまあ学園まで来られたわね」


 演説とは別物の、とげとげしい声でルテアに話しかけてくる。ルテアは何やら面倒になったと判断し、そのままスルーして歩いて行こうとするが背中から声がかかる。


「この学園に入学したのはまあいいわ。でも、魔法が一つしか使えない出涸らしの貴女は、タロン家の恥であることを覚えておきなさい。もしもタロン家の名を傷つけることがあれば、私が容赦しないわ」


 そう一方的に言ってリュミエーラは去っていく。この世界の魔法の種類は大きく6種類となる。火・水・風・土の基本属性4種類に光・闇属性の特殊2種類だ。多くの属性を持つものほど評価が高く、逆に1属性のみしか使えないならば評価は最低だ。


 なお、光は回復系のレア属性であり持っていること自体が珍しいため評価が高いが、一方の闇は主に混乱・睡眠・中毒など精神的にダメージを与える属性のため、世間の評価は最悪である。もしも持っていたならば、口外しないほうがマシであるとゲーム中の会話にあったことをルテアは思い出した。


「そういえばルテアの属性は水の1属性だったか……」


 そう、ゲーム中のルテアは水属性の魔法しか攻撃してこなかった。なお、主人公は火と風、フィリカは光、リュミエーラは水と風と土の3属性持ちであり、魔法の能力も高いため将来は優秀な魔法使いになると見込まれている。


「教室にやっとついた……。お爺ちゃん様様」


 ルテアは教室がわからなかったため、廊下を歩いていた白色の作業着を着た用務員っぽいお爺さんに話しかけたのだ。お爺さんは講堂横にクラス分けがある事、1年の建物の場所をルテアに教える。1クラスは40人であり1年は8クラス、1クラス目が一番能力が高く、8クラス目が一番能力が低い。当然ルテアは8クラス目であるが。


「げっ」


 ルテアがドアを開けると、皆一斉にこちらを向いて何かを話している。教室内は大学の講義室のような黒板を見下ろすような机の配置になっている。黒板を見るとどこでも座ってよいとの記載があり、ルテアは視線を下に向けて、後ろの真中の席に座る。


 その後、直ぐに教師が教室に学園の説明をして午前中に解散となる。教師は明日の午前は身体測定、午後は新入生歓迎オリエンテーションと説明する。

 なお、魔法学園の授業のカリキュラムは大学のように自分に合った講座を受ける形になっている。試験は年2回、実際に魔法の授業や訓練の成果を披露するか、ギルドに加入してモンスターの討伐を行い評価される形だ。


「さて。帰りますかね」


 そんなことを呟きルテア帰ろうとするが、折角時間も残っているので学内を見て回ることにした。しかし手持ちの金は無いため、さっさと主要な建物を回ることにする。


*****


「おや?」


 ルテアが学園内の様々な建物を回り、誰かが噂していた今は使われていない旧校舎まで移動すると、3人の人影が校舎裏へ向かっているのを見つけたのだ。あたりは誰もおらず、既に太陽は夕暮れに向かいつつある。ルテアは好奇心から校舎裏へと足を進めた。


「――わかっています」


「だろ?物わかりのいい女性は好きだぞ!」


「ええ、そうですとも」


 ルテアが建物の影から男子生徒の背中を見ると、どうやら男子生徒2人が女子生徒1人を問い詰めているようだ。しゃべっているのは金髪の男一人のみで、もう一人の黒髪の男は黙ったままだ。対する女子生徒は銀髪の美少女、1年生代表で挨拶していた――イレーネであった。


「いい加減機嫌を直せ!綺麗な顔が台無しだぞ」


「しつこい男性は嫌われますよ」


「この……女が!」


 女子生徒が声を上げている男子生徒に反論すると、金髪男が激高し手を振り上げる。思わずルテアはイレーネの方へ駆け出すが、大声を上げている男子生徒の後ろの黒髪男がルテアの方を向き、ルテアの腕をとったと思うとルテアを地面へ押さえつける。


「こいつ!離せ!!」


「何だこの女は?」


「賊……ではないようですが。念のため調べておきます」


「そうしろ。イレーネ、その女に救われたな」


 金髪男はそのままどこかへ向かい。ルテアは黒髪男に拘束されたまま学園の懲罰室へ投げ込まれ、教師より夜遅くまで問い詰められることになる。


「帰りました」


 屋敷裏口から土汚れたルテアが家に入ると、鬼の形相のリュミエーラとその後ろに渋い顔をした男性の大人――ルテアの父親と思われる人物が1人立っている。リュミエーラは無言でルテア近寄り、頬を平手で1発激しく叩いた。屋敷の中に鋭く痛みのある音が反響する。


「何を……!」


「大変なことをやってくれたわね!ルテア!!!」


「お前が対していた相手は、このケテル王国の2王子であるライア=ケテルだ。そしてその場にいた女性はイレーネ=グロリオ公爵令嬢なのだよ。お前はもうこの家のものでない。さっさと出ていくことだ。学園の入学費用と1年分の学費は支払った。学園にもし行くことができればの話だがな。これ以降、二度と家名を口に出すな」


「ルテア、貴女は勘当されるのよ!!やっぱり妾の娘ね!」


 ゲームでも明かされなかった妾の娘の発言で固まったルテアの前にメイドが麻袋を置く。メイドが言うには着物といくばくかの貨幣が入っているらしい。そして屋敷裏口から暗い路地裏に放り出されたルテアは仕方なく麻袋を背負い、道中で見かけた公園の奥の方にある木に寄り掛かり夜を過ごすのだった。


 その日、昼食と夕食は抜きであった。

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