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ラヴィニアの狂乱:忘年会 酒 ※ロリババアは成人



 社会人をやっていると、忘年会というイベントに年に一度は遭遇する。

 職種や立場によっては年に何度も遭遇することもあるそのイベントは、当然僕にも無縁ではない。


 勘違いしないでもらいたい。

 僕は別にそういう催しがかったるいとか、面倒くさいと思っているわけではない。


 いや、もちろんこういうのはその開催者や参加者によってどんなものか大きく変わるから一概には言えない。

 馬鹿高い参加費用を払い、面倒な上司に絡まれたりしながら飲めもしない酒を強要され、戯れの説教やら何やらを聞かされるというなら絶対に参加しない。強制参加だというならその場で退職願をしたため、そのまま突き出して帰宅も辞さないだろう。


 が、幸いにも僕は個人事業主だ。

 もちろん、個人事業主でも取引先やら顧客を相手に不愉快な宴への参加を強いられる場合もあるとは思う。

 んが、さらに幸いなことに僕が誘われた忘年会の主催者は古見掛市だ。これは非常にありがたい。


 何せこの古見掛の街は、色々な意味で半官半民だ。

 市の一大業務である治安の維持も、市役所職員、警察官に消防官、自衛隊員といった公務員だけでなく、僕のような請負事業者や嘱託職員、通りすがりの正義感の強い人など、とにかく様々な人たちが一体になって行っている。縦も横も、非常に密接な繋がりを持っているので、一部署だけで忘年会という流れになりにくいのだ。実働要員だけでこれなのだから、スポンサーや提携企業なども含めれば、もはや人数の把握さえ困難になる。

 そんな大所帯での忘年会というのは流石に困難、というよりも不可能だ。


 結果、古見掛市の主催する忘年会は些か特殊な形態を取る事になる。


 まず、参加の日程が非常に融通の利くものになっている。


 市職員だけでも小さな町の総人口を容易に上回る人数だ。そんな人数を収容できる会場があったとして、宴として成立しない。だいたい、この街の運営の為に日夜多くの職員が交代で勤務しているのだから、それが一堂に会しているということは、その間市の業務がストップしてしまう事になる。


 そこで、複数の宴会場を一か月の間借り切り、都合のいい時に都合のいい会場の宴に参加するという方式を取っているのだ。

 当然参加不参加は自由。さらに参加者は公務員も民間企業職員も事業主も学生も子供もお年寄りもごちゃまぜだ。上座も何もあった者ではない。知った顔も知らない顔も区別なく車座になって適当に飲んで騒いで世間話に花を咲かせて眠くなったら各々適当に帰って寝る。


 実に気楽な会だ。

 変に気を使う必要も無いし、交友関係が広がる可能性は高いしで、僕ももう何度となく参加している。


 つまりは、僕はこの街の忘年会に慣れていた。

 慣れは油断となり、失敗の元となる。そんな普遍的な事実を、僕は今さらながらに思い知らされたのだ。 





 「あんまり固くならなくてもいいよ? 食べて飲んで喋って楽しむ場だから」

 「う、うむ。別に緊張しているわけではないのだが……」


 従者として同行してくれたラヴィニアは、慣れない場に僅かに困惑しているようだった。

 まだ宴会は始まってもいないのだが、無理もないかもしれない。

 どうもラヴィニアはこういった騒がしめの宴の経験はなさそうだし、畳の部屋というのにも馴染みが無いだろうし、何よりどちらかといえば人見知りするタイプだ。

 

 (家で待っててもらった方がよかったかな?)


 そんな考えが一瞬過るが、流石に従者をほったらかしにして自分だけ参加するというのも気が引けた。それにラヴィニアは僕の部下でもある。こういう場に慣れることも大事な経験だろうと考え直し、隣席のラヴィニアに声を掛ける。


 「ま、仕事の時ほどキッチリする必要もないから。親睦を深める為の場、みたいなものだよ」

 「そうだな。この機に挨拶ぐらいはしておくべきかもしれない」


 ラヴィニアはキョロキョロと視線を巡らせながら頷く。

 視線を追うと、見知った顔がいくつかあった。いずれも、ラヴィニアがこの街に来た時にお世話になった人達だ。手続き関係もそうだが、主に戦闘的な意味で。


 「そうそう。そういう人たちと親睦を深めるも良し、あるいは他の人と新しく交流を持つも良し。あるいは一人で黙々と飲み食いするも良しだからさ」

 「ああ。あまり慣れないが、初心者なりに楽しませてもらうとしよう」


 二人でそう話していると、今回の進行役である市の見知った職員が立ち上がった。


 「それでは、今夜も全員揃ったようなのでそろそろ始めたいと思います。まあ、既に今年五度目の参加者さえいる状態ですし、煩わしいしがらみもない会ですので堅苦しい挨拶は抜きに致しましょう。簡単に一言で済ませますので、乾杯のご唱和をお願いします」


 彼が食前酒の小さなグラスを掲げるのに応じ、参加者もグラスを手に取る。

 ラヴィニアは僕の動作を見て、一瞬遅れてグラスを取った。


 「それでは、来年度もよろしくお願い致します! 乾杯!」

 「「「「「カンパーイ!」」」」」


 大勢の参加者が唱和と共にグラスを高く掲げ、その中身を口にする。

 僕も一口分を喉に流し込み、ラヴィニアもクイと呷る。


 思えば、この時に気付いておくべきだった。


 ラヴィニアと出会ってからの数か月、僕は一切アルコールを口にしていなかった。

 基本的にラヴィニアと僕は同じ食事を取っているので、当然、ラヴィニアも一切飲酒はしていない。ラヴィニアのアルコール耐性を一切把握していないという、主人にあるまじき失態を犯していたわけだ。

 

 



 「しかし、随分とお世話になった人が集まったんだな……」


 僕は料理に舌鼓を打ちながら周囲に視線を巡らす。

 隣近所の席には、数か月前にラヴィニアとの出会いにおいて色々と協力してくれた人々がいた。


 「ヤッホー♪ お久しぶりですー」


 身体の異常を診察して対応策を示してくれた、色々な意味で危ないロリ医師。


 「……別にいいでしょう? 和室だろうと戦場だろうとドレスが私の正装ですの」


 聞いてもいないのに言い訳をする神出鬼没のガンマニア令嬢。


 「あら、また会ったわね。元気そうでなにより」


 ハンバーガーショップ店員のお兄……アネさん。


 「なんだ、おまえらも来てたのか」

 「昨年はお世話になりました」

 「「「どもーっす」」」


 古見掛市防空団ソーカル隊の面々。


 「お、見ろ。本条君が女を連れてるぞ」

 「あらららら、あの本条君がねえ」

 「タラシの素質を秘めつつ開花しなかった本条さんがねぇ……」

 「ほほぉ。秘めた性癖が特殊過ぎて自ら身を引きまくったと噂のあの男が……」


 古見掛警察署の皆さん+一言多い外野等々。

 他にも見覚えある学生や自衛隊員などがちらほらと目に入ってくる。


 僕はそんな面々に遠くから会釈したり、あるいは酒を注いだりと挨拶をしていた。

 何せ随分とお世話になった人達だし、もとより交友関係にある人も多い。流石に歩き回って接待じみた話はしなかったが、それでも十分ばかり僕の注意はそちらに向いていた。


 そして、その十分が全てを決めた。


 「ご主人、あまり酒が進んでいないようだが?」

 「うん?」


 しばらく意識が向いていなかった隣の席から掛かった声に視線を落とす。確かに、僕の席に用意された日本酒は一滴も減ってはいなかった。

 これは、挨拶に気取られていた以上に、僕がそれほど酒好きではないことも大きいのだけれど。


 「ん、まあその内に飲むさ。夜は長いんだし……」


 そう言って従者の方へと振り向いた僕は、そのまま表情を凍結させた。


 「いかん、いかんぞ? その内、その内と先延ばしにしている内に機会は失われてしまう」


 ラヴィニアは雪の様に白い肌を僅かに紅潮させ、どこかトロンとした目つきでそう言った。


 「……ラヴィニア?」


 今さらなことだが、ラヴィニアはちょっと生真面目すぎる程に生真面目だ。

 ユーモアセンスが無いわけではないし、たまに茶目っ気を見せてくれたりもすることもあるにはある。しかし、それはあくまでもたまのことだし、ちょっとした冗談の範疇だ。

 見るからに様子がおかしい程に態度を崩すことは無い。

 基本的に従者の立場を崩さない彼女が、まるで酔っ払いの様に絡んでくるなど、今までに一度たりともなかったことだ。


 「……」


 こうなると心当たりは一つしかない。

 アルコールだ。

 僕はラヴィニアの席に用意された食事に目をやる。が、ラヴィニアの席に用意された料理や飲み物は殆んど手つかずだ。唯一器が空になっているのは、乾杯の際に皆が掲げた小さな食前酒のグラスだけだ。


 「いや、これしかないじゃないか」  


 あからさまにはっきりしている原因に頭を抱える。

 自分が目を離している隙に相当量のアルコールを飲み干し、その形跡を抹消したのでもない限り、ラヴィニアはこの少量のジュースみたいな食前酒で少なからず酔っていることになる。


 「えーっと……」


 僕が反応に困っていると、ラヴィニアはスス、と僕の方に正座したまま擦り寄り、眼前のとっくりを手に取った。


 「ささ、ご主人。まずは一献……」

 「っ!?」


 瞬間、僕は雷に打たれたような衝撃を感じた。


 普段なら決してしないような、馴れ馴れしささえ感じる動きでぴたりと寄り添ってきたラヴィニアの浮かべた笑み。

 妖艶、淫靡、あるいはもう少し大雑把には蠱惑的とでも言うべきか?

 凛とした、清純さが服を着て歩いているような先程までと打って変わったそれは、明確に魔性の表情だった。


 顔立ち自体はまだまだあどけない。学生服どころかランドセルを背負っている方が自然な程の幼い物だ。

 その無垢で可愛らしい顔と、全く正反対の濃密な色気を纏ったラヴィニアの姿に、僕は戦慄さえ覚えた。  

 

 「どうした、ご主人? そんなに慌てふためいて」


 加えて、声にも普段からは信じ難い程の強烈な色香が絡みついている。

 確かにいつもの声にも艶が感じられていたが、今日のそれはちょっと次元が違う。どこか切なげな声色のくせに楽しげな、一種のサディズムさえ感じるロリヴォイス。

 

 これは、マズイ。


 考えても見て欲しい。

 十歳そこそこの可愛らしい容姿のくせに、挑発的な笑みを浮かべ、耳元に怖ろしく扇情的な声と吐息を浴びせてくるロリババアの姿を。

 それもピッタリと身体を密着させ、指の甲で頬に触れるか触れないかの位置をそっと撫でていくというスキンシップ付きでだ。


 これが自室だとか、あるいは屋外でも人気のない場所ならば問題ない。

 しかし、知った顔知らない顔が溢れ返っている忘年会の宴会場、それも車座に座っているという状況下で迫って来るロリババアだ。

 

 当然、注目の的にならないはずがない。


 周囲の人々は一切の雑談を止め、箸も動かさずにじっとこちらを見ている。

 見知らぬ人でさえそうなのだから、見知った人々とも来ればもう酷い物だ。ポケットからケータイだのデジカメだのハイヴィジョン撮影機材だのを引っ張り出してこっちに突きつけ、獲物を見つけた野獣のような顔で目を輝かせている。集音装置まで持ち歩いている人さえいるあたりがこの街の恐ろしさか。


 「ちょっ、ラ、ラヴィニア! 顔赤いよ! もう酔ってるの!?」


 僕は大きく仰け反り、座ったままズルズルと後ずさった。


 しかし、ラヴィニアは平然と距離を詰めてくる。

 ススス、と畳の上を滑るように迫りくると、再び僕の胸にしなだれかかり、上目使いに眉を八の字に垂れ下がらせて抗議してくる。


 「相変わらず意地の悪い。私を虜にしておいて、そんなそっけない態度を取るなど……」


 にわかに会場がどよめいた。

 明確な言葉を発している人は少ないが、声にならない声で歓声を上げたり溜息を吐いたりして、ニヤけた顔を見合わせる人々ばかりだ。

 野次馬牧場とかした宴会場、僕とラヴィニアは酒の肴というわけか。

 ロリ医師がケータイで柴のワンちゃんに実況しているのを視界の隅に確認しながら、僕はどうにかこの場を切り抜けようと頭を巡らすが、考えれば考える程状況はチェックメイまで残り一マスとしか思えない。


 「ラヴィニア、落ち着こう? 普段の君と比べると随分と愉快なことになってる。 ここは水でも飲んで一度冷静になってだね……」

 「うぅ、そんな事を言ってまた私を邪険にする気だな? そして遠くから一人寂しく内心で拗ねている私を鑑賞して楽しむのだろう?」

 「ひ、人聞きの悪い事を……」

 「だってそうだろう? 今だって私に意地悪をして、困る私を愉しんでいるだろうに」


 ここで僕は説得を諦めた。

 既に周囲の人々の何人かにドン引きの表情が浮かびつつあるこの状況で、悠長に説得などしていられない。そもそも口を開く度に戦略兵器級の爆弾発言をしてくれるラヴィニアをここで説得するというのは自殺行為でしかない。

 

 ではどうする?


 「ぐ……」


 このままラヴィニアを暴走させるのはよろしくない。僕にとってもラヴィニアにとっても。

 とは言え、ここでラヴィニアに黙ってもらう方法はちょっと思いつかない。実力行使で黙らせるという方法もないではないが、そういうのは嫌いだし、それこそ僕の世間体が壊滅的なダメージを負う。


 ラヴィニアは赤らめた頬をぷくっと膨らませ、僕の胸に「の」の字を書きつつもじもじとしている。

 

 やむを得ない。

 どうもさっきからラヴィニアの動向が少しずつ危ない方向に向かいつつある以上、一刻の猶予もない。


 「オッケー、分かったよラヴィニア」

 「ん~?」


 ラヴィニアは僕の呼び掛けに顔を上げる。

 妖艶な笑みから拗ねた顔と来て、今度はどこか眠そうなとろんとした顔。これが自宅でならもっと楽しめただろうにと思いつつ、僕は行動を起こした。


 「おっ!」

 「なっ!?」

 「ほほお♪」


 野次馬の皆々様が様々なリアクションを見せるが、僕は一切気にしない。


 「……」


 当のラヴィニアは、ハトが豆鉄砲を喰らった様子で目をぱちくりさせている。

 

 うん。僕だけが慌てふためいたんじゃ面白くない。ここはしっかりと意趣返しが出来た事を喜ぼう。


 「……いきなりお姫様抱っことは、随分と積極的だな」


 しかし、ラヴィニアは随分とあっさり余裕を取り戻してしまった。


 「こういう形は不本意なんだけど、まあ仕方ない。それで、僕にご不満があるようだけど、人のいない所でゆっ……くり聞かせてもらえる?」

 「ふふ、訂正しよう。やはりあなたは誠実で寛大な主だ」


 突如として展開される二人の世界に、人々は呆気に取られている。自分でもどうしてこんな展開になっているのかよくわからないけれども、なってしまっているのだから仕方がない。

 この場を収める術がないのなら、この場を脱するのが次善の策だ。


 「それじゃあ、お先に」


 僕はラヴィニアを抱き抱えたまま踵を返し、会場を後にする。


 ああ、まだマグロの刺身も茶碗蒸しも残っていたのに、と心のどこかで嘆きつつ、僕はラヴィニアを抱いたまま夜の古見掛市に消えたのだった。



 「ラヴィニアー、大丈夫ー?」

 

 僕はドア越しに声を掛けるが、ラヴィニアの部屋から返事は無い。

 響いてくるのは、悶絶ともすすり泣きとも取れる奇妙な唸り声と、どうやらベッドの上で足をバタつかせているらしい物音だけだ。


 「あまり気にしちゃだめだよー? 酔っぱらって醜態晒すなんて誰にでもあるんだから。君の場合なんて全然可愛いもんだよー」

 「ううぁああああっ、慰めないでくれ! 放っておいてくれえ!」

 「まあ、あまりしつこくは言わないけど、もうすぐお昼だから早めに出ておいでよねー」

 「食欲が無いいいいいい!」


 一夜明け、一眠りしてすっかり理性を取り戻したラヴィニアは、気の毒にも昨夜の事を覚えていた。

 おかげで朝から部屋に引きこもって苦悶しているという事態だ。正直可愛くって仕方ないのだが、顔を見れないのは非常に寂しいので何度か声を掛けているのだけれども、なかなか出て来てはくれない。


 「ま、無理もないけどね」

 

 仕方なしに僕も自室に戻り、昨夜、帰宅してからラヴィニアが見せてくれた意外な一面を治めた映像を整理すべくパソコンを起ち上げることにした。


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