勇者、調整前
王の声が、頭の奥にこびりついて離れない。
――おぉ勇者よ、死んでしまうとは情けない。
「……ふざけんなよ」
勇者はジョッキをあおり、勢いよくテーブルに叩きつけた。
安酒が跳ね、木目の隙間にじわりと染み込んでいく。
「もう嫌だ!!!!」
酒場のざわめきが、一瞬だけ止まった。
「なんで何度も何度も何度も……」
ジョッキを握る手に、力がこもる。
「死に物狂いで――」
一瞬だけ言葉が詰まる。
「……いや、死んでまでやってんのに」
顔を上げ、吐き捨てる。
「あんな言われ方せなあかんねん!!」
しばらく荒い呼吸だけが残った。
「“情けない”てなんやねん……こっちは毎回死んでんねんぞ……」
カウンターの向こうで、女主人はグラスを拭く手を止めもせず、ちらりと視線だけを寄越した。
「あら。だからいつも言ってるじゃない。誰か連れていけばいいって」
「それだけは嫌だ!!」
即答だった。
「俺は勇者だから、死んでも王様のとこで復活する。でも他のやつは違うだろ?教会で金取られるんだろ?そんなの無理に決まってる!!」
女主人は小さくため息をつく。
「教会だってそんなに鬼じゃないわよ。お金のない人からは――」
「その金がねぇんだよ!!」
食い気味に遮る。
「クソケチな王様は世界を救えとか言うくせに、1ゴールドもくれやしねぇ!そのせいで武器も買えてねぇ!回復も満足にできねぇ!その上で仲間を連れていけなんて簡単に言うなよ!!」
勢いのまま言い切って、勇者はぐったりと肩を落とした。
「……それにさ」
視線をテーブルに落とす。
「もし仲間死んで……復活させれんかったらどうすんだよ」
女主人は何も言わない。
「昨日まで一緒に戦ってたやつにさ……虫とか湧いたら」
言葉が詰まる。
「……そんなの、見たくねぇよ」
一瞬の沈黙。
やがて女主人は肩をすくめた。
「やだやだって……ほんと子供ね」
呆れたように言うが、その声は少し柔らかい。
「で?今回はどこまで行けたの?」
勇者は目を逸らす。
「……スライム」
「え?」
「……二体」
「は?」
「スライム二体だよ!!」
開き直るように言い切った。
女主人はこめかみを押さえる。
「また……あんたねぇ……」
「いや違うって!!前よりは倒せてるから!!前回一体だったから!!倍だぞ倍!!」
「誤差よ」
「ひどない!?」
勇者は身を乗り出す。
「てかおかしいんだよあいつら!!街出た瞬間、絶対五体で来るんだぞ!?毎回だぞ毎回!!」
「……五体?」
「そうだよ!!しかも全部倒さないと1ゴールドも落とさないんだぞ!?設計ミスだろこんな世界!!」
女主人は眉をひそめた。
「そんな話、聞いたことないわよ。スライムが徒党を組むなんて、進化の時くらいでしょ」
「俺だって夢だと思いたいよ!!」
勇者は頭を抱える。
「でもいるんだよ!!あの草むら!!街出てすぐのとこ!!あそこだけスライム密度おかしいんだよ!!」
酒場のざわめきが、少しずつ戻ってくる。
女主人はグラスを棚に戻し、ぽつりと言った。
「……もう、わかったわ」
「え?」
「何かあったら、最初の一回は面倒見てあげる」
勇者が顔を上げる。
「面倒?」
「仲間が死んだら、お金の工面をしてあげるってこと」
「いやいや悪いって……」
「勇者で昔からの馴染みだからって、毎回タダ酒飲まれる方がよっぽど損よ」
ぴしゃりと言い切る。
「うっ……」
言い返せない。
女主人は、わずかに間を置いた。
「……その代わり」
「え?」
「“契約”だから」
「は?」
さらりと言う。
「大したことじゃないわ。ほんのちょっとした取り決めよ」
「いやその言い方が1番、怖いねんけど」
「気のせいよ」
即答だった。
「気のせいちゃうやろ絶対!!」
女主人は笑ったまま、グラスを置く。
その瞬間――
酒場の空気が、ぴり、とわずかに震えた。
「……?」
勇者は眉をひそめる。
だが次の瞬間には、喧騒にかき消されていた。
「今なんか……」
「何もないわよ」
いつも通りの声だった。
「……で?」
女主人が軽く首を傾げる。
「このまま、また一人で死にに行くの?」
「うっ……」
「それとも、ちゃんと仲間集めする?」
「えーでもなぁ……」
ジョッキをいじっていると、女主人の笑顔がじりじりと距離を詰めてくる。
「お酒はもういらないかしら」
「行ってきます」
即答だった。
女主人は小さく笑う。
勇者はそのまま席を立ち、酒場の喧騒へと消えていく。
女主人は、その背中を見送った。
「ほんと、手のかかる勇者ね」
ほんの一瞬だけ。
彼女の瞳に、かすかな光が宿る。
まるで――何かを確かめるように。
「……」
だが次の瞬間には、いつもの穏やかな表情に戻っている。
そして誰も、それに気づくことはなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価いただけると嬉しいです。




