第1節:軋む鉄、乾く喉
キィ、キィ、キィ。
世界には今、この音しか存在しないかのようでした。
私の背丈の倍はある巨大な鉄の騎士を乗せ、古びた台車が悲鳴を上げています。
「……はぁ、……はっ」
喉の奥が張り付いて、呼吸をするたびに紙ヤスリで擦られたような痛みが走ります。
空は相変わらずの鉛色。太陽さえも白濁したシミのように滲んでいるのに、熱気だけが肌を焦がします。
肩に食い込む革ベルトの下は、もう皮がめくれて血が滲んでいるはずです。けれど、不思議と痛みはありませんでした。
この重みだけが、私がまだ生きているという証拠。
そして、後ろに彼がいるという、唯一の安らぎだったからです。
私は一度足を止め、震える膝に手を置きました。
振り返ると、アイゼンが、砂塗れになって鎮座しています。
動かず、喋らず、ただそこに在るだけの、圧倒的な質量。
そっと、その足先の装甲に触れてみました。
「……っ、熱っ」
火傷しそうなほどの熱さです。
かつてはひんやりと冷たくて、私の熱を冷ましてくれた鉄の肌。今は、この過酷な太陽の熱を溜め込み、触れることさえ拒絶しているようでした。
「ごめんね、アイゼン。……暑いよね」
私は水筒の口を開けようとして――指が止まりました。
中を振ると、チャプ、とあまりに軽い音がします。
(残りはあと……半分あるかな……)
次の街まで、あとどれくらいかかるかわかりません。ここで私がこれを飲んでしまえば、もしもの時にアイゼンの軋む関節を冷やす水が、なくなってしまう。
私は、渇きで張り付いた喉を無理やり鳴らして、水筒を閉じました。
その時、ふと、視界が揺らぎました。
暑さのせいだけではありません。頭の奥で、冷たい疑問が鎌首をもたげたのです。
(私は……何をしているんだろう)
一年前の記憶は、砂嵐のように空白です。
自分がどこで生まれ、なぜあの廃工房に落ちてきたのか。
なぜ、村人たちにあんなにも忌み嫌われ、殺されかけなければならなかったのか。
私には、何一つわかりません。
名前も、過去も、生きる意味さえも持たない空っぽの私。
だというのに。
「……アイゼン」
ただ、この鉄の塊に対してだけは、心臓が痛いほど脈打つのです。
重い。苦しい。捨ててしまえば楽になれる。
頭ではそうわかっているのに、指先が強張るほど彼にしがみついている。
それが「愛」なのか、それとも私に刻み込まれた「呪い」なのかさえ、今の私にはわかりません。
「……でも、いいの」
私は、誰に向けたわけでもなく呟きました。
理由なんて、後でいい。
世界中が私を「訳のわからない化け物」だと拒絶しても――この背中の重みだけは、私を拒絶しないから。
私は再び、革ベルトを肩に食い込ませました。
痛みで、思考を塗りつぶすために。
ギィィィ、と。
悲鳴のような音を上げて、私の世界が再び動き出しました。




