第4節:『鉄の柩(くろがねのひつぎ)』
嵐は、夜通し続きました。
私たちは暗闇の中で、ヴィオラさんがくれた『食料』を開封することにしました。
「……むぐ、ぐぅ……」
リアが、リスのように頬をパンパンに膨らませたまま、涙目で固まっています。口に入れたのは、ヴィオラさん特製の高圧縮栄養食。私も一口食べてみましたが、それは泥と鉄錆を練って固めたような、強烈な味がしました。
「文句言うな。エネルギー効率は最高だ。鼻をつまんで飲み込め」
「んぐっ……ふぅ。……おいしい、です。ありがとう、おにいちゃん……」
リアは必死に飲み込み、健気にお礼を言いました。けれど、その眉間には可愛らしい皺が寄っていて、次にスプーンを運ぶ手が小刻みに震えています。
カチャンと乾いた音が、狭い車内に空虚に響きました。
私はふと、視線を横に向けました。そこには、誰もいません。ただ、冷たい鉄の壁があるだけです。いつもいるアイゼンがいない。「当たり前」が、ここにはない。四人目の重みは、どこにもないのです。
「……探してんじゃねえよ、亡霊を」
私の視線に気づいたのか、ヴェールさんが低い声で言いました。
「あのデカブツはいない。ここにあるのは、このポンコツの鉄屑だけだ」
「……分かっています」
私は食べかけの缶詰を置き、車内の壁にそっと手を触れました。ひんやりとした、硬い感触。
けれど、この分厚い装甲一枚が、外の致死的な嵐から私たちを守ってくれているのも事実です。無言で、ただ私たちを包み込む鉄の箱。
「……似ていますね」
「あ?」
「不器用で、硬くて、中は少しだけ温かい。……ヴィオラさんが『柩』と言った理由が、分かる気がします」
私は指先で、壁の溶接痕をなぞりました。柩。死者を弔う箱。けれど今の私にとっては、アイゼンが戻るまでの仮の身体。
「――『鉄の柩』号。……そう呼びましょう、この子を」
「ハッ、縁起でもねえ名前だ。ま、俺たちの旅にはお似合いか」
ヴェールさんは鼻で笑い、最後の一口を流し込みました。
リアは意味がよく分かっていないようでしたが、私が壁を撫でているのを見て、真似するように小さく「ひつぎごー、よしよし」と叩いていました。
*
翌朝。
嘘のように嵐は去っていました。ヴェールさんが詰まっていた吸気口の灰を乱暴に掻き出し、エンジンを再始動させます。
ゴウッ、と車体が震え、スクリーンに光が戻りました。そこに映し出されたのは、昨日確認したばかりの「世界地図」と、外の景色です。
「……おいおい、マジかよ」
ヴェールさんが絶句しました。数値としては聞いていましたが、実際に目にすると、その絶望感は別物でした。地平線の果てまで続く、灰色の瓦礫と荒野。道などありません。ただ、死の世界がどこまでも広がっています。
「あそこまで行くのかよ。……400キロメートルってのは、数字で聞くよりエグいな」
「…………」
ヴェールさんの言葉に、私も息を呑みました。たった一晩の嵐で、私たちは疲弊しきっています。けれど、あの地平線のずっと向こうに、最初の「赤」がある。そして、さらにその先に六つの色が待っている。
その時、リアが窓にへばりつき、小さな指で遠くを指差しました。
「あそこ……赤いのが、チラチラする」
「え?」
リアの指差す先。灰色の地平線の彼方に、陽炎のように揺らめく不吉な赤光が見えました。あれが、最初の色。
ズキリ、と右腕の黒い結晶が疼きました 。その痛みだけが、私の背中を蹴り飛ばします。
引き返せば、アイゼンは死ぬ。私も、自我を失った人形に戻る。それだけは嫌だ。
「……行きます」
私は震える手で、操作盤のレバーを握りしめました。
「道がないなら、作ります。……出して、ヴェールさん」
ヴェールさんはしばらく私を睨んでいましたが、やがて大きく溜息をつきました。
「……チッ。イカれてやがる。……しっかり掴まってろよ、クソガキども」
彼は乱暴にギアを叩き込みました。鉄の柩が、咆哮を上げ、動き出します。目指すは南。地平線の彼方、赤く染まった空の下へ。
私たちの長い、長すぎる巡礼が始まりました。
第13章「灰の海、くろがねの棺」 完




