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魔女は直したい。 〜動かなくなった鉄塊(あなた)と明日を迎えるため、私は世界を塗り替える〜  作者: wattamen
1章 灰色の揺り籠

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第5節:咎(とが)人の選択

石が、雨のように降り注ぎました。

 カツン、ドガッ。鈍い痛みが腕に、頬に走ります。


「出ていけ!」


「化け物め!」


 かつて私を、道端の石ころのように無視して通り過ぎていた人たちが、今は明確な殺意を向けて追いかけてきます。ただそこに居ることだけは許されていた「日常」が、テオの悲鳴と共に粉々に砕け散っていました。

 ――逃げなきゃ。

 本能がそう叫びました。

 私は(きびす)を返し、村外れの廃工房の方角へ走りました。一歩、二歩、三歩。肺が焼けつくように熱い。足がもつれる。それでも、止まれば殺される。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」


 背後から怒号と足音が迫ります。私は転がり込むようにして廃工房へ飛び込み、重い鉄の扉を閉めました。かんぬきをかけ、扉に背中を預けて座り込みます。

 ドォン! すぐに扉が激しく叩かれました。


「開けろ! 中にいるのは分かっているぞ!」


 怒号と共に、ガンガンと鉄板を殴る音が響きます。私は震える足で立ち上がり、部屋の奥へと後ずさりました。そこには、変わらぬ姿で鎮座する「彼」がいました。


「……アイゼン、助けて……」


 私は(すが)るように、その冷たい足元の装甲にしがみつきました。広場で投げられた石で切れた額から、血が流れ落ちます。私の頬を伝った赤い雫が、ポタリと彼の錆びた装甲に落ち、染み込んでいきました。


 扉の向こうの騒音は、一瞬だけ止みました。その隙間を埋めるように、ひそひそとした、けれど熱を帯びた会話が漏れ聞こえてきます。


「……おい、本当にやるのか? 家ごと焼くなんて……」


「相手は、まだ子供だぞ。薄気味悪いガキだが、殺すまでは……」


 村人たちの足が止まる気配がしました。当然です。彼らはただの農夫や職人。いくら忌み嫌っていても、生きた少女を焼き殺すなんて、正気でできることじゃありません。

 けれど、その躊躇(ためら)いを、怒号が切り裂きました。


「騙されるな!!」


 自警団長の声でした。


「子供なものか! さっきのを見たろう! あんなこと、ただの人間に使えるはずがねえ!」


「だ、だけど……」


「あれは人の皮を被った『魔女』だ! 今殺さなきゃ、テオみたいに俺たち全員、怪物に変えられちまうぞ!」


 ――テオ。

 その名前が出た瞬間、空気が凍りつきました。彼らにとって、あの蘇生は救いではなく、「未知の感染への恐怖」でしかなかったのです。


「……そ、そうだ。あれは人間じゃねえ」


「魔女だ……殺さなきゃ、俺たちがやられる」


 恐怖が、罪悪感を塗りつぶしていきます。「少女を殺す」のではない。「怪物を退治する」のだと、彼らは自分に言い聞かせたのです。ためらいが「殺意」に変わる音が、はっきりと聞こえました。


 ドガァァン!! 入り口の扉が、ついに破られました。


「いたぞ!!」


「やれ、やるんだ!」


 松明を手にした村の自警団たちが、雪崩れ込んできます。ギラギラとした瞳。もう言葉なんて通じません。彼らは「正義」のために、私という「悪」を排除しようとしている。

 一人の男が、私に向けて鉄パイプを振り上げました。


「死ねぇっ!」


 私はギュッと目を閉じ、アイゼンの冷たい足を抱きしめました。

 ――その時でした。


『――■■■■!!』


 大気が震えました。私の鼓膜を叩いたのは、数百年分の錆を無理やり引き剥がすような、凄絶な金属音。

 ズゥゥゥゥン……!

 地面が揺ります。振り下ろされた鉄パイプを、横から伸びてきた巨大な腕が、無造作に弾き飛ばしました。


「な……っ!?」


 男が悲鳴を上げて尻餅をつきます。見上げれば、アイゼンの兜の奥にある眼窩に、深く、静かな『蒼い光』が灯っていました。

 ガガガガッ! 彼は私を完全に(ふところ)に入れて守りながら、暴徒と化した村人たちへゆっくりと顔を向けました。

 ただ、一歩。彼が足を踏み出しただけで、その圧倒的な質量の前に、村人たちは悲鳴を上げて後ずさりました。


「はっ、ぁ……アイ、ゼン……?」


 私はへたり込み、震える足で彼の足元にしがみつきました。見上げれば、彼は何も言わず――ただ沈黙したまま、私を見下ろしていました。

 けれど、その蒼い瞳は、私を一瞥した後、再び敵意を向ける村人たちへと固定されました。『近づけば、潰す』。そんな無言の圧力だけが、そこにはありました。


「ひ、ひぃぃぃっ! う、動いたぞ!」


「ば、化け物だ! 逃げろ!」


 村人たちは蜘蛛の子を散らすように工房から逃げ出していきます。工房の中に、静寂が戻ってきました。


「……ありがとう、アイゼン」


 私は安堵のあまり、その場に崩れ落ちそうになりました。彼がいれば、大丈夫。守ってくれる。

 そう思った瞬間――ズドンッ!!

 糸が切れたように、アイゼンがその場に膝をつき、床を激しく軋ませて停止しました。眼窩の蒼い光が、フツリと消えます。


「え……アイゼン?」


 呼びかけても、反応はありません。彼は再び、ただの鉄塊に戻ってしまいました。

 そして、外から聞こえてきたのは、先ほどよりも一層大きな怒号でした。


「離れて囲め! 中から出すな!」


「火だ! 火を放て! 魔女もろとも焼き尽くせ!」


 パリンと窓が割れ、そこから投げ込まれたのは――赤々と燃える松明でした。

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