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色彩搾取の灰色世界で、不器用な魔女は鉄の騎士に命を捧ぐ 〜クロマティック・ウィッチ〜  作者: w.t.
3章 赤錆の救済

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第1節:赤い雨と、塔の影

挿絵(By みてみん)

空から降ってくるのは、恵みの雨ではありませんでした。

 舌に触れたのは、乾いた鉄錆てつさびの味。


見上げると、厚い鉛色の雲の隙間から、サラサラと音を立てて『赤い灰』が舞い落ちていました。

 それは私の銀髪を赤黒く染め、カラカラに乾いた唇をさらに荒れさせていきます。

 足元の瓦礫は、もう何時間、同じ景色のままだったでしょうか。


かつて、ここには街があったはずです。


「……はぁっ、はぁっ……重い、ね。アイゼン」


私は、アイゼンを乗せた鉄の台車を引く革紐(かわひも)を、もう一度握り直しました。

 擦り切れた手のひらの皮が剥け、じわりと血が(にじ)みます。


重い。

 2メートルを優に超える鉄の巨体は、一歩進むごとに車輪を軋ませ、私を地面に縫い付けようとします。

 振り返っても、錆びついた彼の甲冑は、ピクリとも動きません。


それでも私は、彼を置いていくことなんてできなかった。

 この痛々しい重さだけが、私が正気を保つための唯一の『愛』だったから。


これ以上、赤い灰を浴びてはアイゼンの装甲が傷んでしまう。

 私は息を整えながら、近くにあった崩れかけの石造りの建物――かつて教会か何かだった場所――へと、アイゼンの台車を引き入れました。


その、暗がりの中でした。

 ガタン、と。奥の瓦礫の山から、小さな音がしました。


「……っ!」


私は咄嗟とっさに身構え、息を殺しました。

 野犬でしょうか。それとも、まだ村の追手が……?


張り詰めた沈黙の中、暗闇の奥から、何かがこちらをじっと見ている気配がします。


(……逃げなきゃ)


けれど、疲れ果てた足はもう動きません。

 私は覚悟を決めて、赤い灰を被ったフードをバサリと脱ぎ捨てました。


瞬間、雲の切れ間から差し込んだ月明かりが、私の姿を照らし出しました。

 闇に浮かび上がる銀色の髪。そして、透けるほど白い肌。

 それはこの汚れた灰色の世界で、あまりに異質な色彩でした。


「……あ」


暗闇から、ため息のような声が漏れました。

 気配が動きます。警戒していた「敵」は、ふらふらと吸い寄せられるように、私の目の前へと姿を現しました。


そこに立っていたのは、一人の小さな女の子でした。

 大きな黄金色の瞳。

 その瞳と目が合った瞬間、ドクン、と私の心臓が奇妙な音を立てました。


不揃いに切りそろえられた銀灰色のボブヘア。

 その横髪には、ガラクタの山で拾ったであろう、色褪せた赤いリボンの切れ端が、不器用な結び目で留められていました。


泥だらけの頬。大きすぎるボロボロのシャツから伸びた、痩せた手足。

 黄金色の瞳をしたその子は、おっかなびっくりといった様子で、けれど私の姿からどうしても目を離せないようで、ぽかんと口を開けていました。


(……見られた)


私は反射的に、右腕の『黒い(あざ)』を隠そうとしました。

 また「化け物」と呼ばれる。石を投げられる。身体が強張ります。


けれど、少女の口から紡がれたのは、予想もしない言葉でした。


「……きれい」


「え……?」


「おねえちゃん、まっしろ。……お月さま、みたい」


少女の瞳には、恐怖など微塵もありませんでした。

 この灰色の世界で、誰もが「不吉だ」と忌み嫌った私の銀髪と白い肌。

 それを彼女は、まるで宝物でも見つけたかのように、うっとりと見つめていたのです。


警戒心よりも、好奇心が勝ってしまった野良猫のように。

 彼女は自分から一歩、私に近づいてきました。


「わたし、黄金(おーれりあ)。……みんなは、リアって呼ぶの」


「リアね、ここで『塔の落とし物』をあつめてるの。……おねえちゃんも、食べる?」


泥のついた小さな手のひらが、私に差し出されました。

 そこに乗っていたのは、しなびた赤い木の実。

 ――いいえ、それは木の実というより、赤く結晶化した「何か」に見えました。


――ドクン、と。私の心臓が、嫌な音を立てて跳ねました。


(……ああ。なんで、笑うの)


五、六歳ほどの、小さな体。いつも擦りむいている両膝。

 何も持っていないくせに、私を気遣う無邪気な声が、あの日のテオと重なったのです。


いいえ――私が勝手に、重ねてしまったのかもしれません。

 また、私のせいで殺してしまうかもしれない。そんな恐怖で指先が震えます。

 けれど、同時に、どうしようもない衝動が私を支配しました。


「……ありがとう、リア。……私は、マシロっていうの」


震える手で、私は彼女から木の実を受け取っていました。


「ましろおねえちゃん! えへへ」


リアは嬉しそうに笑うと、衣服についた赤い灰を払いながら、壊れた天井を見上げました。


「リアね、この『あかいの』、ぜんぶ集めてるの。おとうさんと、おかあさんが言ってたの。これはね、『塔』が『はきだした息』なんだって」


リアは、無垢な声で言いました。まるで、素敵なおとぎ話でも語るように。


「おねえちゃん、知ってた? この世界の色は、ぜんぶ、『塔』のものなんだよ。……勝手に色を持ってる人がいると、『塔』のえらい人が来て、怒られちゃうんだって。だから、おとうさんたちも、色を返しに行ったの」


――色を、返しに行った?


その言葉の響きは、幼い子供のしつけのようでした。

 けれど、この退廃した世界で、支配者が『色』を取り上げに来るという意味が、そんな生易しいものであるはずがありません。


ゾクリ、と。乾いた風とは違う、嫌な寒気が私の背筋を駆け抜けました。


「……アイゼン」


私はすがるように、冷たい鉄の巨体に背中を預けました。

 もちろん、彼は何も答えてはくれません。

 それでも、ここに留まるわけにはいかなかったのです。

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