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魔女は直したい。 〜動かなくなった鉄塊(あなた)と明日を迎えるため、私は世界を塗り替える〜  作者: wattamen
2章 砂の海の迷い子

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第4節 死者の道標

水筒を捨てた代償は、すぐにやってきました。

 喉の渇きは限界を超え、乾いた舌が口蓋(こうがい)に張り付いています。一歩進むたびに、血の混じった砂を吐いているような錯覚に襲われました。

(……あつい、いたい、もういやだ……)

 思考が千切れた綿のように散っていきます。もう、足の感覚すらありません。ただ、肩に食い込むベルトの痛みだけを頼りに、私は砂を蹴り続けました。

 不意に、強い風が止みました。視界を覆っていた砂埃が晴れ、灰色の地平線がはっきりと見えます。

 そして、私の足元に「それ」はありました。


「……あ」


 砂山から突き出た、白い枝。

 ――いえ、違います。それは指の骨でした。

 私は思わず台車を止め、その場に膝をつきました。風化した布切れに包まれた、半ば砂に埋もれた白骨死体。私と同じように、この砂漠を渡ろうとして力尽きた旅人の残骸です。

 ここに来て初めて目にする「人間」の痕跡が、死体だなんて。絶望が、冷たい泥のように胃の底へ沈んでいきます。

 ふと、その骸骨の指先が、何かを握りしめているのに気づきました。カサカサに乾いた、羊皮紙の切れ端です。私は震える手でそれを抜き取り、目を凝らしました。

 (かす)れたインクで、震えるような文字が記されています。


『この先、単色層。赤の入場証がなければ、入れない』

『色のない者は、引き返せ。灰に還るだけ。』


 それは、かつてこの人が書き残した遺言であり、後続への警告でした。「赤の入場証」……徴収官が身につけていたような、支配層の証でしょうか。いずれにせよ、無色の私たちが歓迎される場所ではないことだけは確かです。


「……引き返せ、か」


 私は乾ききった声で笑いました。

 帰り道なんて、もうどこにもありません。私が帰る場所は、後ろの台車に乗っているのだから。

 私はゆっくりと顔を上げました。骸骨の指が、皮肉にもその「警告の先」を真っ直ぐに指し示していたからです。

 視線の先。地平線の彼方に、巨大な黒い影が見えました。

 天を突くような高い防壁と、その向こうから漏れ出る、(いびつ)な赤褐色の灯り。砂漠の闇の中で、まるでそこだけが病気で腫れ上がっているかのように、不味い色彩を放っています。

 ――灰砂街(はいさせがい)

 色を奪われた者たちと、色を欲する者たちが蠢く、単色層の街。


「……あそこだ」


 喉の奥から、絞り出すような声が出ました。

 あそこに行けば、水がある。あそこに行けば、アイゼンを直す「部品」か「色」が手に入るかもしれない。あるいは、この砂漠よりもっと酷い地獄が待っているだけかもしれない。

 それでも。


「……行くよ、アイゼン」


 私は骸骨の手から離れた羊皮紙を握りつぶし、立ち上がりました。

 右腕の黒い(あざ)が、灯りを見た私の高揚に呼応するように、ドクンと痛みを放ちます。黒が、また一歩、内側へ踏み込んできた感覚。

 でも、止まれない。

 私は再び革ベルトを肩に食い込ませ、軋む車輪を回しました。背中の彼は、何も言いません。ただ、私の命の重りとして、そこに在り続けています。


 狂人たちの街の灯りが、私の影を長く、黒く伸ばしていました。


第2章 「砂の海の迷い子」 完

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