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魔女は直したい。 〜動かなくなった鉄塊(あなた)と明日を迎えるため、私は世界を塗り替える〜  作者: wattamen
2章 砂の海の迷い子

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第3節:重さの価値

どれくらい歩いたでしょうか。

 太陽が白濁した空の頂点に差し掛かった頃、唐突にそれは起きました。

 ガクン、と。

 背中を引っ張られるような強い衝撃が走り、私は前のめりに転びました。


「痛っ……」


 擦りむいた顎をさすりながら振り返ると、台車の車輪が、深い砂だまりに半分以上埋もれていました。先ほど吹いた風のせいで、目に見えない砂の窪みができていたのです。


「……うそ」


 私は慌てて立ち上がり、台車を引こうとしました。

 動きません。

 革ベルトが肩の肉に食い込み、ミシミシと嫌な音を立てるだけです。押してみても、車輪の周りの砂が崩れ、かえって深く沈んでいくだけでした。

 倍近い巨躯を誇る鉄塊。

 このままでは、抜け出せません。


「……っ、動いて、動いてよ……!」


 私は膝をつき、両手で車輪の周りの砂を掻き出し始めました。

 熱い砂が爪の間に食い込み、指先から血が滲みます。それでも、掘っても掘っても、乾いた砂はアリ地獄のように崩れ落ちて、車輪を飲み込もうとします。


「はぁ、はぁ……ねえ、アイゼン」


 私は荒い息を吐きながら、微動だにしない鉄の巨体を見上げました。その錆びついた兜の奥にある、光のない眼窩(がんか)を睨みつけます。


「……ちょっとは、自分で動こうとする努力を見せてよ」


 ぽつり、と。

 私らしくもない、恨み言が口をついて出ました。動けないことなど、最初から分かっているのに。


「私ばっかり泥だらけになって……。あなたが重すぎるから、こんな……」


 沈黙。

 砂漠には、乾いた風の音しかありません。彼は何も言わず、何の感情も見せず、ただそこに座しているだけです。


「……ごめん。今の、嘘。嘘だから」


 すぐに自己嫌悪の波が押し寄せて、私はアイゼンの冷たい足元に額を押し付けました。八つ当たりです。自分が選んだ道なのに。

 どうすればいい?

 このままでは、二人ともここで砂に埋もれる。

 台車を軽くする?

 いえ、積んでいるのはアイゼンと、私のわずかな荷物だけ。彼を置いていくなんて、論外です。

 ――砂が崩れるなら、固めればいい。

 私は腰のベルトから、水筒を外しました。

 チャプ、と音がします。

 残りは、まだ半分近くありました。これがあれば、あと一日は生き延びられたかもしれない量。私の、最後の命綱。

 一瞬だけ、喉の奥がきゅっと縮みました。

 けれど、ためらいは、ありませんでした。

 私は水筒の蓋を開け、最も深く沈み込んだ車輪の前の砂に、その貴重な液体をすべて振りまきました。

 ジュワッ、と砂が水を吸い込み、黒く変色します。崩れやすかった砂だまりが、泥のように固まり、わずかな足場ができました。


「……よし」


 私は空になった水筒を投げ捨て、再び革ベルトを肩にかけました。歯を食いしばり、全身の体重を前にかけます。

 ギィィ……ッ!

 悲鳴のような摩擦音とともに、車輪が固まった泥の上を乗り越えました。

 動いた。

 私はそのままで足を踏み出し、危険な砂だまりを脱出しました。


「はぁ、はぁ……やった、アイゼン!」


 私は肩で息をしながら、嬉しくて振り返りました。彼を守れた。私の水なんて、どうでもいい。彼がここにいてくれるなら、それでいい。

 ……もし、誰かがこの光景を見ていたなら。

「重荷を捨てず、自分の命を捨てた狂人」として、私を笑ったでしょうか。

 でも、いいのです。だって、軽くなったら、彼がどこか遠くへ行ってしまうような気がして、怖いから。

 重さは、愛なのかもしれません。

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