第3節:重さの価値
どれくらい歩いたでしょうか。
太陽が白濁した空の頂点に差し掛かった頃、唐突にそれは起きました。
ガクン、と。
背中を引っ張られるような強い衝撃が走り、私は前のめりに転びました。
「痛っ……」
擦りむいた顎をさすりながら振り返ると、台車の車輪が、深い砂だまりに半分以上埋もれていました。先ほど吹いた風のせいで、目に見えない砂の窪みができていたのです。
「……うそ」
私は慌てて立ち上がり、台車を引こうとしました。
動きません。
革ベルトが肩の肉に食い込み、ミシミシと嫌な音を立てるだけです。押してみても、車輪の周りの砂が崩れ、かえって深く沈んでいくだけでした。
倍近い巨躯を誇る鉄塊。
このままでは、抜け出せません。
「……っ、動いて、動いてよ……!」
私は膝をつき、両手で車輪の周りの砂を掻き出し始めました。
熱い砂が爪の間に食い込み、指先から血が滲みます。それでも、掘っても掘っても、乾いた砂はアリ地獄のように崩れ落ちて、車輪を飲み込もうとします。
「はぁ、はぁ……ねえ、アイゼン」
私は荒い息を吐きながら、微動だにしない鉄の巨体を見上げました。その錆びついた兜の奥にある、光のない眼窩を睨みつけます。
「……ちょっとは、自分で動こうとする努力を見せてよ」
ぽつり、と。
私らしくもない、恨み言が口をついて出ました。動けないことなど、最初から分かっているのに。
「私ばっかり泥だらけになって……。あなたが重すぎるから、こんな……」
沈黙。
砂漠には、乾いた風の音しかありません。彼は何も言わず、何の感情も見せず、ただそこに座しているだけです。
「……ごめん。今の、嘘。嘘だから」
すぐに自己嫌悪の波が押し寄せて、私はアイゼンの冷たい足元に額を押し付けました。八つ当たりです。自分が選んだ道なのに。
どうすればいい?
このままでは、二人ともここで砂に埋もれる。
台車を軽くする?
いえ、積んでいるのはアイゼンと、私のわずかな荷物だけ。彼を置いていくなんて、論外です。
――砂が崩れるなら、固めればいい。
私は腰のベルトから、水筒を外しました。
チャプ、と音がします。
残りは、まだ半分近くありました。これがあれば、あと一日は生き延びられたかもしれない量。私の、最後の命綱。
一瞬だけ、喉の奥がきゅっと縮みました。
けれど、ためらいは、ありませんでした。
私は水筒の蓋を開け、最も深く沈み込んだ車輪の前の砂に、その貴重な液体をすべて振りまきました。
ジュワッ、と砂が水を吸い込み、黒く変色します。崩れやすかった砂だまりが、泥のように固まり、わずかな足場ができました。
「……よし」
私は空になった水筒を投げ捨て、再び革ベルトを肩にかけました。歯を食いしばり、全身の体重を前にかけます。
ギィィ……ッ!
悲鳴のような摩擦音とともに、車輪が固まった泥の上を乗り越えました。
動いた。
私はそのままで足を踏み出し、危険な砂だまりを脱出しました。
「はぁ、はぁ……やった、アイゼン!」
私は肩で息をしながら、嬉しくて振り返りました。彼を守れた。私の水なんて、どうでもいい。彼がここにいてくれるなら、それでいい。
……もし、誰かがこの光景を見ていたなら。
「重荷を捨てず、自分の命を捨てた狂人」として、私を笑ったでしょうか。
でも、いいのです。だって、軽くなったら、彼がどこか遠くへ行ってしまうような気がして、怖いから。
重さは、愛なのかもしれません。




