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生きる。  作者: 花音瀬笛人
一章 幻想の中へ
3/9

学生達

 密談の後、光は僕の要求した行動を的確にこなした。同級生達は目覚めた当初こそ混乱はしたが、彼の適正な説明と行動によって落ち着いている。

 今、自分達が置かれている状況を懇切丁寧に語り聞かせた為に馬鹿共が騒ぎ出すこともなく見かけ上は平和そのもの。

 右も左もわからない森の中、行動するのはまずいということで、ひとまずは全員で固まって夜を明かすことになった。交代で周囲を見張りながら眠る。しかし眠れているのは少数で大半は起きたまま。誰しもが不安を抱え、身を縮めて暗い恐怖に耐え忍んでいた。

 その様子を横目に、一人宙を見上げる。美しい星空だ。

雄大な幻月環、瞬く星々が僕の心を慰める。微かに、しかし明確に芽生える安堵。時が止まってしまえばいいのに。半ば本気でそう思っていた。

 何か事が起こる前に止まってくれたなら、私はずっと、この美しい()()の幻想に浸っていられる。 最悪の未来が訪れることもない。僕が絶望することも、彼女が傷つくことも、ない。

 それなのに——

「ぐ〜。が〜」

 時が止まるなどあり得ない。甘く心を蝕む空想は隣で眠る男のいびきで掻き消された。

 彼らがいなければ、独りであれば、美しい幻想を乱されることもなかったというのに。彼女がいなければ、私は幻想の中で果てることができたのに。沸々と腹の底で煮える怒りと湧き出た名前のない感情に蓋をする。

 原因は彼らだけれど、これを向けるのは筋違いというもので、彼らだって居たくてこんな場所に居るわけではないのだ。

 考えを振り払い、脱力して瞼を閉じる。明日はきっと忙しくなる。自分はただでさえ、体力がないのだ。眠らなければ満足に動けないだろう。

 暫く目を瞑っていると段々と眠気が迫ってきた。微睡の淵で、彼女を想う。 

 彼女は今、どんな顔をしているだろう。不安に押し潰されそうになっているだろうか。声を押し殺して泣いているだろうか。案外、なんでもないような表情で星空を見上げていたりするだろうか。

 安らかに眠っていたらいいなと思いながら、意識を手放した。




 朝、太陽とおぼしき天体の光で目が覚めた。光の感覚も天体の大きさも地球のそれと変わりない。

 指を組んで上方に突き上げ、大きく伸びをする。身体が怠い。慣れない体勢で寝たせいだろう。周囲を見渡せば他にも起きている生徒がちらほら。ほとんどの生徒は瞼を閉じたまま開く気配がない。結局は睡魔に負けた、ということだ。

 昨日の段階で分かったことが一つ。此処には教師がいない。いるのは生徒、つまり子供だけ。これを良しと捉えるか悪しと捉えるかは人によってそれぞれだが、個人的には良いと思っている。

 理由は二、三個程。教師だからと云って異世界の知識を持っている筈もない。あっちの知識は勿論あるだろうけど自分で補える。教師がいる分だけ必要な食料が増えるし、何かあった時に制圧するのが面倒だ。

 僕らは子供だが、限りなく大人に近い。力だって成人男性に多少劣る程度。これならいない方が得だ。

 少し離れた場所に光の姿を見つけて、今後の話しをする為に近づいた。

「おはよう、光」

「ああ、おはよう葵」

 いつも通りの爽やかな笑顔で、彼は応える。不安を全く表情に出さないのは流石私の選んだリーダーといったところ。この態度で安心する生徒は多いだろう。

「今後どう動くべきか、皆で会議でもした方がいいと思って」

 ちらちらと周りを確認した後、光は質問した。

「俺が『水源と拠点の確保に動くべきだ』って伝えればいいだけじゃないか? 予定は決まってるんだから。なんでわざわざ話し合いの体をとる?」

「いい? 光。人は誰かの下につけば楽だと考えるけど、全てを上に決められると反感をもつんだ。たとえ元から決まっていた事でも『皆との話し合い』で決まった、と見せかければ多くは納得する。今は話し合いで出た最善策をリーダーが選択した、という事実を作るべきだと思う」

「……よくもまぁ、そんなことが思いつくな」

 少し呆れたように、光は言った。

「伊達に本の虫はやってないよ」

 苦笑を浮かべて僕は答える。普通はこんな状況で頭なんて回らないだろうに。自分でも変だとは思っているからこその、苦笑い。

「で、いつやる? ほとんどの奴は寝てるが」

 光と言葉通り、起きているのは手の指だけて数えられる程度。今から会議をするとなると、ほとんどを叩き起こすことになる。

「過半数が起きてから。それまでは現状維持」

「時間がないとか言ってなかったか?」

「僕らはこれから集団行動することになる。後になって動けない、では困る」

「それもそうか」

 二人で近場を探索したりして時間を潰すこと数十分。漸くほとんどの生徒が起きた。夢ではなかったと顔色を悪くしたり、涙を流したりと反応は様々。

 状況を好意的に捉えている人間は、やはりというべきかいなかった。

 不安がる生徒を、光やその周囲が落ち着かせる。大半がいつも通り、の一歩手前まで心を持ち直すのに十分程度。それだけの時間を経て、結末の決められた会議(茶番劇)は幕を開けた。

 自分達が目覚めた開けた場所に光を中心として固まる。司会、議長を共に務めるのは勿論光である。

「皆で話したいのは今後どう動くべきか、だ。何か意見のある人はどんどん言ってくれ」

 意見は次々と出された。

 街を探したら——

 まずは食料を——

 森を探索した方が——

 元の世界に戻る方法を——

 何よりも先に水だろ——

 元の世界云々言ってる奴は論外として、『水の確保』という意見が出たのは重畳。目配せで光に合図をする。

「俺は水の確保って意見に賛成だな。翔太、皆に理由を説明してもらえるか?」

 私の合図を受けた光は水の確保に賛成を示し、意見を出した高松翔太に対して説明を求める。

 得意げに、翔太は語った。

 私が夜、光に話したものよりも薄い中身のものを、得意げに。

 水が摂らなければ人は数日で死ぬ、なんて当たり前の知識だろうに。そう思ってしまう僕は性格が悪いだろうか。

 翔太の説明に皆は納得し、全会一致で今日の行動は水源の捜索に決定した。第二目標として拠点にできそうな場所の捜索もしれっと付け加えられる。光が二の次でいい、と言った為に反感もなく受け入れる結果に。信頼されるリーダーって本当に都合がいい。

 探索班は四つ。十名ほどをこの場所に待機させた上で東西南北をそれぞれ担当する運びになった。

 何があるかもわからない森の中で数を分散させ過ぎるのは下策。しかし全員で行動すれば探索範囲が限られてしまい水源確保までの時間が伸びる。四班なら一班につき約十六人。これなら大丈夫だろうと判断した。

 これまた光が中心となって生徒達を振り分ける。ここで重要視される事柄は、男女比。咎める大人がいないのだ。一班の男女比を女子に傾けなければ、馬鹿をやる男がいないとは限らない。幸いにもこの学年は女子の方が人数は多い。各班、女子の方が多くなるよう調整できた。

「次、葵」

 呼ばれるまま、光の側に寄る。

「葵は俺と同じ班だ。よろしくな」

 彼が笑顔で言ったから、僕も笑顔で応える。

「こちらこそ、よろしく。光」

 勿論、偶然ではない。僕と光が同じ班になることは決定事項である。どちらの目も、奥が笑っていない。

 組み込まれる班が決まったら、その班を取り仕切る班長の後ろに並ぶことになる。

 当然僕も光の後ろに並んで、班員を確認し——思わず目を見開いた。

 シラハ、スズラン——白葉鈴蘭。

 僕が初恋を拗らせたまま、何年も距離を詰められなかった少女。この世界に来て、その顔を見て、絶望した少女。

 彼女の顔に焦点が合って、口の中に苦味が広がる。

 同じ班になったのはただの偶然で、そこに私の意思は介在していない。嬉しいか、と問われれば間違いなく嬉しいし、違えばよかった、なんて思いはないのだけれど。

 彼女の顔を目にする度、心に黒い澱が沈む。

 鈴蘭ちゃん以外は、本当にどうでもいい。惨い死を迎えようが、どこぞの邪教で生贄にされようが、本当にどうだっていい。

 ここに彼女がいなければ、僕は他の人間を置き去りにして、独りで幻想を求め飛び出したことだろう。

 こんな状況で恋心を無視できない僕は愚かなのだろうけど、見捨てるなんて選択肢は存在しない。生徒達の集団に残したら、十中八九彼女は死ぬ。近い内、死んだ方がマシという程の地獄を見て、きっと死ぬ。

 だから僕は、秩序を維持する。

 ほんの少しでも希望を残せる道は、その限界まで秩序を偽った先にしかない。

 目を逸らして、黙したまま振り分けの終わりを待つ。

 何分かした後、ようやくメンバーが出揃った。皆が皆、知っている顔ばかり。それもそうだ。小学校から顔ぶれは変わっていないのだから。

 互いをよく知っているから、自己紹介のようなものはない。光を中心に細々としたルールを決める。

 光は、弁が立つ。頭が回るし話が上手いからまとめ役にうってつけ。上役は、人を惹きつける。班員の多くが彼を慕う。彼女もたぶん、悪い感情はもっていない。

 脳裏に蘇るのは小一の頃の会話。

 誰が好き? というのを何の躊躇いもなく尋ねて、何の躊躇いもなく答えていたあの頃。

 ひかるくんは、だれがすき?

 僕の問いに、彼はこう答えた。

 ぼくはねぇ、すずらんちゃんがすき!

 そんな昔のことなんて、今更なんの影響を与えることもない。好きな人なんてとっくに変わっているのが大半で、あの頃の『好き』を引き摺っているのはそう多くない。

 僕のような人間は、多くない。

 でも、僕という前例がいるからこそ、『もし』を考えてしまう。

 もし、光が()()だったら。

 僕は、光に勝てるかな?

 ——無駄な思考だ。切り捨てろ。

 私が囁く。そうだ、今考えても、どうにもならない。浮かぶ思考を、端から捨てていく。

 最後の考えを捨て去って、現実に目を向ける。規則も粗方決まって、後は準備するだけ。持ち物なんてないから、主に心の準備だけれど。

 僕のやるべきことは決まっているし、覚悟なんてしなくても、他に選択肢などない。行動の定められたロボットのように、ただ粛々とこなせばいい。

 班が解散し、各々時間を潰すことになった。

 さて、出発まで、光と目標についてでも詰めようか。

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