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嫌な予感ほど当たる

 バドルに来て三ヶ月ほど経つが、香代はまだ王宮の全貌を知らない。とてつもなく広いのだ。

 他国の勇者たちが滞在する離宮や、もしもの際、市民が避難する場所、そして異世界人の血筋の者を匿う隠し部屋。

 そんなものを増築するにつれてどんどん広く複雑になっていったそうだ。


 晴れてバドル国民になったアルエットはそんな複雑な王宮の奥深くに隠された。本人は恐縮していたが、迅速に隠れてくれて正解だった。

 彼女が来て数日のうちにソレイユパーティーが現れたからだ。


 おそらく自国から来たと偽装するためだろう。ソレイユに繋がる街道から街へと入って来た。

 すぐに迎えを送り、彼らは王宮に迎え入れられた。

 そして、一応、同じ魔王を倒すことを志す者同士、面会することになった。


 場所は謁見の間で、彼らだけではなく国王夫妻や重臣たちも同席する。

 香代は他の三人と共に一段高い玉座の近くに立たされた。横には天蓋付きの長椅子があり、時々会う国王夫妻が仲良く寄り添い座っている。

 バドルはとにかく気安い国民性なので、こんな堅苦しい場は初めてだ。


「美織……!」

「あー、美織じゃん。あんたも来てたんだぁ。てか髪切った?」


 引き攣りそうになった顔を気合いで引き締める。

 ソレイユの聖人と聖女は、名前も顔も知らないが、体型や声から美織の恋人と友人だとわかった。


 初めてふたりのちゃんとした姿を見る。

 美織の恋人は美少女の彼女に見劣りしない身長と容姿をしていた。しかし、険しい顔をしているので台無しだった。

 友人の方は流行に敏感な女子高生らしい、オシャレに気を使っていそうな可愛らしい少女だ。


「お知り合いでしたか」

「うん、トモダチなんだ〜」


 聖女が隣に立つきらきらした美青年へ呑気に返事をする傍ら、聖人はつかつかとこちらに近づいて来る。

 香代を睨む目がギラギラしていて鬼気迫るものがある。

 何も言わずに怖い顔で近寄って来る聖人に戸惑う香代をターフィルが背に庇った。


「なんだてめぇ」

「申し訳ありませんが、香代様が怖がっています」

「は? カヨってなんだよ。そいつ美織だろ?」

「違います。わたしは斎藤香代。あなたたちのことは知りません」

「何言ってんだよ」


 苦しいかも知れないが他人の空似で押し通すことにした。詳しく説明するのも面倒だし、関わり合いにもなりたくない。


「えー! そっくりだけど……。でも確かに美織はもっと怖い感じだったかも」


 驚いた聖女も近寄ってきて香代の顔をまじまじと観察した。感想にほんのりと悪意が滲む。

 日差しの強いバドルで三ヶ月。否応なく日焼けをし、トレーニングで(ささ)やかな筋肉がついたおかげで見た目の印象は変わっている。

 例えるならシャム猫から茶トラのスコティッシュホールドほどの違いだ。決して太ってはいない。


 聖人はまだ疑わしそうに睨んでいる。聖女は納得したようで、いくつも質問を投げかけてきたので正直に答えた。

 あとでボロが出るといけないので、嘘はつかない。


「……我が国の聖女に名乗らせておいて自分は名乗りもせず、質問攻めとは不調法だな」


 アサドが冷ややかな言葉を浴びせ、聖人たちを睥睨した。目つきが鋭いので相当怖い。

 現に聖女は「こわーい」と呟き、聖人の背後に隠れる。ふたりはそれぞれ「桐島礼司」と「桜庭紗希」だと名乗った。


(玲司と同じ名前、ね……)


 まさか美織は名前が同じだけで告白を受け入れたのでは、と思って、その考えを打ち消す。

 流石にそれはない。


 自国の聖人たちを威圧されたソレイユの面々が殺気立つが、先程の美青年が一瞥で抑える。

 恐らく彼がこの中で一番身分が高いのだろう。服装も簡素たが仕立ての良いものを着ている。


「申し訳ない。すぐに国を出てしまったのでおふたりはこういう場に慣れていないのだ」

「その割にはバドルに来るのが遅かったな。シェーヴル王子」

「おふたりは徒歩での旅にも慣れていない。ゆっくり進むのが当然だろう」


 どうやらソレイユの王族であるようだ。

 憮然としたアサドに対し、シェーヴルは一見にこやかだが、目は油断なく光っている。

 王子同士は顔見知りでも、親しくはないようだ。剣呑な空気が流れる。


「アサド、やめなさい。長旅のあとでみなさんお疲れなのだぞ」

「かしこまりました。父上」

「さて、本日のところは休まれてはどうだろうか。こんな情勢故、大したもてなしもできず申し訳ないが、滞在場所の用意はできている。案内させよう」

「お気遣い、感謝します」


 バドル国王がアサドを諌め、ソレイユ一行に休むように促すと、王子たちは丁寧に一礼する。

 背中を押され、退室する聖人の視線を感じたが、ターフィルの陰に隠れてそれを避けた。




 バドルにおいて庭とはすべて中庭のことである。

 回廊に囲まれたそこはとても広く、噴水や花壇があり、日本家屋にある坪庭とは規模が違う。

 そんなスペースがいくつもあるため、王宮は否応無く複雑化して行く。慣れない間取りに当初は戸惑ったものだった。


 今はもうよく知る場所に行くだけなら迷わない。

 案内がなくとも問題ないし、王宮に危険はないので単独行動が許されていた。

 しかし、ソレイユ一行が到着した翌日から、アルナブと護衛の青年が同行している。


「おはようございます。あなたがバドルの勇者のファアル嬢ですね。昨日は顔合わせだけで自己紹介をしそびれてしまいました。

 ソレイユ国の第二王子のシェーヴルと申します」

「ご、ご丁寧にありがとうございます……。ば、バドルの勇者のファアルです。あの、すみません。わたくし、香代さまのところへ行かなければいけないので……」

「それはちょうどいい。こちらの聖女様にもご挨拶しなければと思っておりました。ご一緒させてください」

「ひぇ……。ぃいえ、あの、香代さまの私室に向かいますので、殿方はちょっと……」

「おや、そうなのですか……」

「近くまで行って待たして貰ったらいいんじゃないですか?」

「あうあうあう……」


 香代の部屋に一番近い中庭でファアルがソレイユの王子とその護衛の男に捕まって困り果てている。

 香代はアルナブたちと物陰に隠れて会話を盗み聞きしていた。


「ところでファアル嬢は国外に出られた経験は?」

「い、いえ……」

「それはもったいない。是非とも我がソレイユにお越しください。バドルに比べると寒いかもしれませんが、緑豊かな美しい国です。

 貴女のためなら私が様々な場所に案内しましょう」

「けけけけ、結構です! わたくし、バドルが好きなので! い、一緒に行くならアサドさまにお願いします!」

「ほう? アサド王子とのご関係は?」

「お、幼馴染ですが……」


 シェーヴルは他国の、初対面の女性に対するにはいささか甘すぎる声色で話している。

 ついさっきの出来事からなんの目的でファアルに近づいたのか予想通りすぎて出そうになった嘆息を飲み込んだ。


 先程、香代が部屋を出たタイミングでソレイユパーティーのひとりと思われる男とばったり出会った。

 彼は道に迷ったと言って馴れ馴れしく近づき、同道を望んだ。彼もまた初対面にはありえない距離感だった。

 なのでアルナブが「かっこいいですね!」と言いつつ間に入り、ハイテンションで質問攻めにして気を逸らし、その間に護衛が呼んだファアルの兄に回収して貰った。


 背は高いがひょろっこい青年だったので、次期大将軍と目されるファアルの兄からは逃げられないだろう。

 そのまま鍛練に参加してひょろい体を鍛えて貰うといい。ソレイユの男たちは身長があって顔はよくともみんなバドルの男たちに比べると細い。


 細身のターフィルよりも細いのだから病気を疑ってしまう。

 もしかしたらマッチョに囲まれすぎて香代の感覚が狂っているのかもしれないが、筋肉がないよりあるほうがいいのだ。


 アルエットが抜けたあと、幻術に頼れなくなった彼らは他国の勇者たちを再起不能にするため、自分たちの容姿と口先を使うようになったのだろう。

 いわゆるハニートラップだ。元から彼らは対異世界人にハニートラップを仕掛けるための要員らしいので難しくはなかったはずだ。

 バドルに来たということは南西の国以外を籠絡できたということで、もうプロ集団と言っていい手並みだ。

 

 香代は他のメンバーたちを信用している。

 アサドとターフィルが色仕掛け程度でどうにかなる男だとは思わないし、人見知りの気があるファアルはそう簡単に心を開かない。

 でも、うまくいかないと知ったとき、ソレイユ一行がどんな手に出てくるかわからないから、油断はできない。

 なるべく関わらず、むしろとっとと魔王と対峙したほうがいいかもしれない。


「本日のご予定は? よろしければ街を案内していただけませんか?」

「これから予定でいっぱいです! 一日忙しいです!」

「それは残念。ではお手隙な日を教えてください」

「お手隙な日はないです! 勇者なので!」


 いい加減、ファアルが気の毒なので物陰から姿を現した。

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