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楽園が蛇を招く理由

「香代ちゃーん! いらっしゃい!」


 大きな満月の下、ライラが手を振っている。

 また銀の砂丘の上に絨毯を敷き、茶の支度をして香代を待ってくれていた。

 前に来た時より明るい月に安心し、自分を見下す。今度は何故か現実と同じ姿だ。美織の体を受け入れたからだろうか。

 満面の笑顔で香代を迎えたライラの元へ歩み寄り、言われる前に絨毯に座った。


「ライラ、あの……」

「アルエットちゃんの件なら任せて! ミサが手伝ってくれるって言ってるし、うまくやるよ!」


 香代が言う前にとん、と胸を叩いて請け負った。

 アルエットの事情を聞いたあと、彼女の今後をどうするかが問題になった。

 他国の勇者である。本人が手伝いたいと言っても許されるかわからなかった。


『いっそのことバドルに移住させてしまえば良いのではありませんか?』


 そう提案したのはターフィルだ。彼は時々突拍子もないことを言う。

 アルエット自身もソレイユという国にうんざりしていたので、移住には前向きだった。

 勇者の彼女が受け入れられるかわからないまま、少しは効果があるかもしれないと香代も一緒に聖堂で祈った。すると「おっけー! 大歓迎だよ!」と言う軽い託宣が下ったのだ。


 アルエットはアサドに連れられ手続きもしたので、近日中にバドルの国籍を取得し、正式にバドル国民になれる。

 国としてはそれでいいのだが、神同士は大丈夫なのだろうか。

 勝手に他国の勇者を移住させたら怒られそうだ。

 そこらへんを心配すると、なんでもないとでも言うように笑った。


「勇者の亡命なんて前例がないけど、ないなら作ればいいじゃない!」


 やや心配になる返答である。シスコンだが、冷静なミサが協力しているとのことなので、彼女がなんとかしてくれるだろう。

 ライラは茶を淹れて香代の前に置き、菓子を勧めた。

 茶はまたしても宵闇色の液体に銀色の煌めきが渦巻く銀河のような何かで、菓子は色とりどりの宝石だ。

 綺麗だが飲食物にはまったく見えない。

 申し訳ないが今回は絶対手をつけるつもりはない。


「ねぇ、ソレイユの連中が妨害行為をしてるけど、ペナルティってないの?」


 アルエットの件は一応納得したので、気になっていることを確認した。

 魔王討伐に積極的じゃなかったからとペナルティを課されたバドルという前例を知る身としては、これでなんのお咎めもなかったら不公平に感じる


「うーん、どうなんだろう。今ちょっとしっちゃかめっちゃかでねー。ペナルティとかまだ先かも」

「そうなの?」

「うん。まだ試練の期間は終わってないのにほとんどの異世界人が帰るって言ってるんだって。

 守護神たちは帰してあげたいから代わりに別の異世界人召喚してくれって要望出してて、主神の周辺が大変なことになってるらしいよ。

 忙しいおかげでアルエットちゃんもうまくスルーして貰えると思う」

「やっぱり、アルエットさんが関わった件以外もちゃんと妨害できちゃってるんだ……。ライラは方法を知ってる?」

「ごめん、わかんない。今みんな忙しいからあんまり連絡取り合えてないんだよね」


 神々は混乱を極めているようだ。

 原因のソレイユのパーティーは幻術以外の方法で順調に各国のパーティーを崩壊させていっている。

 一体どんな手法を用いているのか。嫌な予感しかしない。


「他の国の妨害なんて前代未聞だから対応遅くなっちゃうんじゃないかなー?」

「バドルは迎え入れるほかないってことね」

「そう……。ごめんねぇ。ワタシ、大したことできなくて」

「ライラは十分よくやってくれてるよ」


 今回はソレイユのマタンという神が暴走しているだけでライラはちゃんと働いている。


「ねぇ、ライラはマタンって神のこと知ってるの?」

「知ってるよ。ジュルネの妹で一番新しく生まれた女神だね」

「え」


 ミサが前言っていたジュルネの口実に使われていた妹のことだろうか。

 ライラは固まる香代に気づかず話を続けた。


「元々ソレイユの守護神だったのはジュルネだったんだけど、主神になるときに妹のマタンに引き継いだの」

「どれくらい前?」

「一番最初の試練が終わったすぐあと! だからだいたい千五百年前くらい? 最近だよね」


 一瞬親族同士の癒着を疑ったが、ジュルネはあまり妹に関心がないとミサが言っていた。

 彼女は何故魔王討伐にこだわるのだろう。


「最初の試練のとき魔王を倒したのはソレイユだったからね。お兄さんと同じことを成し遂げたいんだよ」

「ああ、そういえばそうだったね。なりふり構わないにもほどがあるけど」

「優秀なジュルネのあとだからね〜。ソレイユのみんなに認めて貰うのが大変なんでしょ」

「別に、認められなくても神様の仕事には支障はないよね?」

「やる気の問題! やっぱりみんなに慕われてる方が嬉しいし楽しいよ。どうせ守護神やるなら楽しい方がいいじゃない!」


 確かにどうせやるなら楽しい仕事がしたいと思うのは人間も一緒だ。

 ニコニコしているライラはそれはもう充実している様子である。


「そうそう。ソレイユの最初の勇者って前の主神のプリミーティヴ様の旦那様なの」

「は……?」


 ライラから思ってもない情報の投下に開いた口が塞がらない。


「魔王を倒した褒美にプリミーティヴ様に求婚したの! 素敵でしょ?」

「いや、待って? 前の主神まだ生きてたの?」

「やだ生きてるわよ。勝手に殺しちゃ駄目」

「だって代替わりとか言うからてっきり……」


 神は不滅ではないとミサに教えられていたためそう思い込んでいた。


「あと人間と神様って結婚できるんだ」

「できるよ〜。自分の寿命を半分分けるから、神様側の寿命が縮まっちゃうけどね」

「じゃあ、プリミーティヴ様は寿命が近づいてるってこと?」

「まだ五千年くらいは大丈夫なんじゃないかなぁ。ちょっと余裕を持って主神を交代したから。今は旦那さんと新婚旅行に行ってるよ。世界千周するんだって」


(そんなにぐるぐる世界を回ったら流石に飽きそう)


 正直なところそう思ったが、クレイ・ターロの神なので飽きないのだろうと流した。

 ふと、神に寿命があるのはわかったが、どう生まれてくるのか気になった。彼らの兄弟関係はどう成り立っているのだろう。


「そもそも神様ってどういう生まれ方してるの?」

「ワタシたち新しい神は人間と同じように親からだよ。もうほとんどいないけど、古い神はこう、ぬるっと大地から湧いて出たってお父様たちが言ってたよ」

「ぬるっと?」

「そう、なんかぬるってしたら生まれてたって。不思議だよね」


 表現が抽象的すぎてよくわからない。とりあえず生まれ方には人と同じ新しい神とぬるっと生まれる古い神の二種類あるようだ。


「ライラのご両親今はどうしてるの? 旅行中?」

「消えちゃったよ?」

「え。消えるって……」

「神は死ぬと何にも残さないで消えるの。だからミサはほとんどワタシが育てたんだよ」


 なんでもないことのようにライラは言った。多分彼女のことなので、それは途方もない昔のことなのだ。


「新しい神が生まれたら古い神が死ぬってこと?」

「そんなことないよ。人間みたいに授かりものだから。

 でも、ワタシの両親みたいな古い神はもうほとんど消えちゃって、新しい神もマタン以降生まれてないから神の数は減ってく一方。

 そのうちみんないなくなるかもね」

「そんな……。神様がみんないなくなったらこの世界、終わっちゃうんじゃ……」

「そうしないための試練なんだよ。甘やかすのはやめられないけど、ワタシたちがいなくなったあともみんなには強く生きて行ってほしいから強くなって貰わなきゃ」

「そうだったの……」


 香代はずっと何故進化を促したり文化を発展させなけれはいけないのか理解できなかった。

 神が見守る美しい箱庭で安穏と生きるものたちにそういったものは不要だと考えたからだ。


 香代のいた地球では、悪魔の放った蛇に唆され、人類は知恵を獲得し、その代償に楽園を失ったと言われている。

 楽園の外の過酷な世界に生きるには知恵は大いに役立っただろうが、そもそも蛇の侵入を許さなければ、人類は楽園を去ることにはならなかった。


 今、クレイ・ターロには異世界人という蛇が放たれ、人々は禁断の知恵の実を齧り始めている。

 知恵とともにもたらされる悪意はクレイ・ターロをどう変えていくのだろうか。

 その変化を乗り越えることが本当の試練のように香代には思えた。


 地球はいつか天国に迎え入れられると言われているが、クレイ・ターロにそんな希望はない。

 神なき世でも生き抜けるよう、神々は自分たちが消えないうちに、管理できる試練で生きものたちを鍛えているのだ。


 いつか、この人が良くておかしな神々がすべて消えたあと、どんな新しい世界になるのだろう。

 香代はまったくの異邦人でいつか立ち去る立場だが、願わくば神々が願ったように強く生きて行ってほしいと思う。


「あっ、そうだ!」


 急にライラが大きな声を出すのでびっくりする。


「香代ちゃん、ごめん。言い忘れてたけど、魔王を倒したらワタシが主神の元まで運んでいくことになってるの」

「運ぶ?」

「うん。パーティー全員にご褒美があるからね。主神と会ったあとはまたワタシが王宮に運ぶから」

「えー、ラクチンだね」


 魔王城への砂漠越えは片道ですむらしい。魔王が倒せるかどうかわからないが、魔物がいなくとも砂漠を歩くのは大変なので、とても助かる。


「運ぶってどんな感じ?」

「シュパッって一瞬ですむから怖くないよ。それでね、倒したらワタシのこと呼んでほしいの」

「わかった。アルエットさんのこと頼んだときみたいな感じでいい?」

「うん! あっ、そうだ。これ食べていって! 繋がりがよくなるから」


 そう言うとライラは香代の口に宝石状の菓子を放り込んだ。

 硬質な見た目のそれはパチンと、簡単に口の中で弾けて、何か液体が広がる。


「あ、あまい……。あまい……」


 気づけば香代はいつものベッドの上でのたうち回っていた。

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