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異変

「まぁ、香代さま。お(ぐし)を短くされたのですね。とっても素敵です!」

「ありがとう、ファアル」


 毎朝恒例の手のひらチェックの前にファアルに髪型を褒められた。

 昨日、ターフィルに頼んで長い髪を切って貰ったのだ。

 今はボブより少し長い、肩につくかつかないかくらいの長さになっている。あまり短くすると衣装と合わないかもしれないと、この長さで留めた。

 前は腰より下まで伸びていたので、印象はかなり変わる。

 

 イメージチェンジは好評で、彼女なりに悩んだ末のことだったので、安心した。

 不思議と頭が軽くなるとともに心も軽くなった気がする。

 

 もしかしたらターフィルの衝撃の告白のせいかもしれない。あんな大変なことを実にあっさりと話した上、あっけらかんとしていて、香代は自分の悩みがどうでも良いことのように思えた。

 香代はひとりで抱え込みすぎていたかもしれない。


 ファアルが香代の髪に気を取られている間に、いつものように手のひらを確認する。

 今日はまめもできてない。

 皮が厚く、丈夫になったこともあるが、最近のファアルは過剰な特訓をしなくなった。


 初めて魔物を倒して、少し自信がついたようだ。

 無理をしなくともコツコツと積み重ねれば、確実に成果は出る。

 土の魔術の練度も上がって、味方の足場を固めるだけではなく、敵の足元を崩して転ばせるようになった。

 堅実な貢献ができるようになり、表情も明るくなり、心なしか余裕もある。

 この調子なら旅立ちも近い。


 今日も鍛練、ではなく、街へ出かける予定になっている。

 また他国の勇者たちについての情報を集めるためだ。国王が人を送って調べているが、あいかわらず他の国では動きがない。

 それどころか勇者たちについての話すら集まらない。

 ソレイユの勇者たちも行方不明で、異常はまだ謎のまま継続中だ。


 バドルはラスボス前の最後の街なので、各国の勇者がすべて集結する。

 彼らの滞在場所や費用はすべてバドルが負担することになっているそうだ。

 随分資金がかかりそうだが、複数の異世界人がヒラールに滞在してくれれば魔物の襲撃が減る。魔物による損害を考えるととんとんくらいになるのだろう。


 王宮ではその準備を進めているが、勇者たちは来るかどうかわからないのでどこまで準備をしていいか困っているようだ。


 前と同じく四人で街に出てから二手に別れ、それぞれ話を聞いて回ったが、収穫はなかった。

 今は休憩中で、集まって遊んでいた子供たちと一緒だ。


 王子のアサドや、勇者に選ばれたファアルは顔が知られていて、子供たちに大人気だ。

 休憩と言いつつ遊んであげている。


「ゆーしゃさまひっさつわざみせて!」

「ご、ごめんなさい。必殺技はないです……」

「えぇー……」

「じゃあ俺たちで勇者さまの必殺技考えようぜ!」

「いいな! んーと、目潰しとかどうだ!」

「金的?」

「こう、剣を口に突っ込んでぐりぐりって……」

「痛い痛い痛い……」


 入り口はとても微笑ましかったのに子供たちの口から物騒な言葉ばかり飛び出してくる。

 ファアルの顔色は悪い。


「……戦闘中に、そんな小さい的を狙うのは難しいぞ」

「そっか!」

「じゃあまず足払いして、転ばせてから喉を殴る!」

「まどろっこしいから脛を砕くとか」

「むりですぅ……。できません……」


 アサドが軌道修正しようとしたが、結局物騒に落ち着いた。ファアルは白目を剥いている。

 ターフィルと香代は少し離れたところに座り、それを眺めていた。


「……楽しそうね」

「そうですねぇ」


 そうとしかコメントできない会話だった。

 ヒラールの住民たちは男女問わず戦士の経験を持つ者が大半だ。そして彼らの戦い方は容赦がない。

 自分が死なないためにはどんな卑怯な手でも使うその姿はまさに殺戮マシーンのようだ。


 気は優しくて殺戮マシーン。矛盾しているが、ヒラール住民たちを表すにはピッタリの言葉だ。

 そんな大人たちを親に持つ子供たちもその薫陶を受け継ぎ、殺戮マシーンとして着々と育っている。


「それにしても、なんの情報もないのは不思議ね。王様の手紙にも返信がないのよね?」

「えぇ。みな戸惑っています」


 魔王の出現は世界の危機なので、始めから各国は密に連絡を取り合ってきた。

 それがこのところ途絶えてしまっている。バドル以外の六国すべての情勢が不明で、市井に流れる噂すらない。


「アサド様にとったら他国の者が来ないほうが安心なのでしょうが」

「えっ、なんで?」


 勇者たちには必ずひとり異世界人がついてくる。彼らが街に滞在してくれれば、香代が留守にしても魔物の襲撃から免れる。

 魔物が出ても倒してくれるし、バドルの負担が軽くなると思うのだが、アサドは何が不安なのだろう。


「ファアル様のことを心配されているのです。聖女様の血を引き、さらに近しい容姿をされているので……」

「やっぱりファアルは日本人の血が流れているのね。それが何か問題あるの?」

「はい。異世界人に近い容姿を持つ者は彼らの特殊能力を受け継いでいることがあるのです」

「えっ、じゃあファアルも異能(スキル)が使えるの?」

「魔力持ちは異能(スキル)に目覚めることはないそうです。でもこれはバドルでの話ですから。他国には魔術と異能(スキル)、両方使える方もいるかもしれません。そういう国からすると、ファアル様もまた異能(スキル)が使えると思われてしまうでしょう」


 応用のきく魔術と特殊なことができる異能(スキル)。両方備えている人間がひとりでもいたらそれは心強いだろう。

 しかし、それは有事の話だ。基本的にクレイ・ターロは試練の時以外は平和な世界だ。そんな過剰戦力は必要ない。


「今みたいな非常時以外にそんな強い人必要?」

「異世界人がこちらに残ることは少ないのです。バドルはおふたりいますが、全員帰還して異世界人の家系がない国もあります。そういう国からすると、羨ましいことのようで」

「そうなの? もしかして、そういう国がファアルみたいな子を、誘拐したり?」

「はい。ファアル様は隠されていたのでご無事ですが、過去に異世界人の家系の子供が誘拐されそうになったことが、何度もあります」


 ファアルへの過保護にはちゃんと理由があったのだ。

 彼女の家系は三代目聖女の血を引いているらしい。しかし、その事実は他国どころか国内でも隠されている。誘拐を防ぐためだ。


「異世界人自体は神様が守ってくれるから安全なのにね」

「それは、どうでしょうか。香代様も、他国の者と接するときは重々お気をつけください」

「どういうこと?」

「異世界人が没した地は加護が与えられて聖地になるいう話はご存知でしょうか。それが原因です」


 没後の加護目当てで異世界人にハニートラップを仕掛けることがあるらしい。

 五百年前のそういうことをした国があったという噂だ。

 その異世界人は期限の五年のうちに思惑に気づいて帰還してしまった。


 ほかにも、各地にある異世界人の霊廟を盗掘し、遺体を盗み出そうとする事件もあったそうだ。

 その噂を知り、バドルでも聖人ふたりの亡骸を警備しやすい場所に移した。


 ターフィルの話を聞いて、香代は言葉を失った。

 バドルの人々が優しいから、クレイ・ターロ全体も善意の人で溢れていると思い込んでいたが、そうでもないようだ。


 それとも、異世界人との交流が、悪意を生んだのか。


 バドルへ来た日本人たちは誠実だったり、幼さ故に無垢だったりと悪意の薄い者ばかりだった。

 でも、他国でもそうとは限らないのだ。

 何しろ、地球から来ているのは香代だけで、他国の異世界人はまったく知らない異世界から来ている。

 地球よりももっと厳しい環境の異世界がないとは言えない。


 今まで意識したこともなかったが、もし会うことがあったら警戒すべきだろう。

 バドルの人々との触れ合いでかなり腑抜けてしまっているので、気合いを入れ直さねばならない。


 他国のことをもっとターフィルから聞きたかったが、アサドがそろそろ聞き込みを再開すると合図していたので立ち上がる。


「香代様! 私の後ろへ」


 突然腕を引かれ、ターフィルの背中に隠され、たたら踏む。

 アサドも険しい顔でこちらに向かって駆け出す。

 ターフィルの背中から顔だけ出すと、こちらに突進する勢いで走ってくる人物がいた。


 亜麻色の髪と榛色の瞳のファアルと同じくらいの年頃の少女だ。

 透き通るような白い肌をして、膝丈の灰色のワンピースに編み上げブーツを履き、フードのついたマントを羽織っている。

 よく知らない香代でも他国人ではないかと見た目で予想できた。


 眉を釣り上げた彼女はアサドより早く目の前に立ち――びたんっと地面に倒れる。


 正しくは地面に正座し、両手を前に伸ばした状態で身を伏せた。

 どこからどう見ても、五体投地だ。


「バドルの聖女様! お願いします! 魔王を倒してください‼︎」


 そして、彼女はそう叫んだ。

 その場に居合わせた全員が固まった。いつもむっつりしているアサドも流石にぽかんとしている。


(なんでこんなことばっか異世界人はしっかり教えるんだろう)


 世の中もっと教えなければいけないことがたくさんある。そう思って、香代は遠い目をした。

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